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許せない人を許さなければならないという気持ちです Forgiving the Unforgivable [赦し]

おはようございます!

今朝は起きてみたら雪が降っていました!!

外に白い雪が積もっています。といっても、土がまだらに見えていますが。
でも、いまも降っています。
急に冬に逆戻りしたみたいで寒いです。びっくりデスね。

ところで、昨日は、孫さんのビデオを見たり、その後もいろいろと、原発に反対して
孫さんが始めた太陽光発電の会社のこととか、いろいろと調べていたら、私の故郷でも
孫さんの会社のソーラーパークが設置される予定になっていることも分かりましたし、
また、電力会社などがちょっと、売電を難しくしたりし始めていることとかもわかかって有意義でした。

それでも、やっぱり、孫さんのすべての人を幸せにしたい、という熱い思いはとっても伝染しました。

あと、ニューラーフのラジオもネットで聞いていると本当に色々苦労している人がたくさんいて、
また、アドバイスも参考になりました。

それから、いろいろ私の方も最近は自分の父親への恨みがとれてきて、だんだんと自分を認めて
きていて、緊張もとれて来ていると思っていたところだったのですが、今朝の目覚め辺りから
それは昨日の夜からもう意識に浮上していたことかもしれませんが、私にとって絶対に許せない
という人のことが意識に浮上してきていて、それでも、その人のことを私が心の底から許すことが
できなければ、自分も救われないし前に進まれない、ということがわかってきているところなのです。

それは大学時代のことで、アメリカでのことで、私が今、どうしても許せないと思っているのは
日本人の友人のことなのです。

これまで、その出来事が私にとってあまりにつらくて、現実的と思えず、どうしても消化しきれて
いなかったのだと思います。
その時につらすぎて、いろんな整理できない感情を無意識に押し込んでしまい、なんとか表面的に
やっていくしかなかったのだと思います。

しかし、今本当に無意識のところで、いろいろな過去の父親との葛藤とか、母との葛藤とかの部分が
解けてきて、内なる幼児の自分の自我が父や母から離れて分化hしていると思うのですが、
その大学時代のあまりに酷いので、私の中でどうしても向き合うことができなかった相手の心に
今、向き合って自分のほんとうの思いをそこで感じようとしているようです。

実際にそれが起こった時には、自分の本当の感情は埋もれさせてしまったのだと思います。
だから、その日本人の友人に怒りをぶつけることもできなかったのです。

とにかく、自分が拒絶されることの恐怖があまりに強すぎて辛いことに直面することができなかったのだ
と思います。

昨晩から今朝にかけてその本当の自分の気持ちが出てきそうになっているのですが、それを見るのが
怖い、その本当の自分の気持ちに直面するのがとてもこわい、という恐怖が出てくるのです。

だから、その自分の本当の気持ち(惨めさ、辛さ、悲しさ、弱さ)に直面する強さが無いために、
その本当の自分の気持ちが出てこないように、避けていたのだと思います。
避ける事が、右を向くことなのです。左側に自分の本当の気持ち、本当の自分がいるようです。
そして、それを避けて知らん顔をして右を向いてそれが自分のように振舞っていたので、
自己分裂や自己矛盾に陥っていたのだと思います。

ともかく、今はその本当に私の信頼を裏切って、私にとってもひどいことをしたその日本人の
友人のことが許せない気持ちでいっぱいなのです。
それはこれまでもずっとその気持がうずいて履いたのですが、今はこれまで埋もれていた
生の気持ちが出てきそうになってきていて、生の感情が出てきそうになっているのです。
そして、その友人を本当に許すことが必要になっているのを感じるのです。

自分が本当に強くならなければ、自分を傷つけた相手を許すことはできないのだと感じています。
それは、表面では許した、と言っていても、心の底で、自分が許されて愛されている存在だ、
と思えいていないと、実際に心の底の自分の傷を癒していくことはできないのです。

自分の中の傷が癒やされて始めて自分を許した相手を許せるのではないのかな、と思っています。
そして、その傷が癒やされるためには、まずは傷をさらけ出して痛みを味わうことが必要なのかも
しれないと思います。

今、私はそれをすごく恐れているようです。でも、父親に対してもそうだったのですが、
それも、なんとか乗り越えて父親を許せるようになってきつつあるので、この友人から傷つけられた
ときの問題も、本当の自分の心の底の悲しみを味わうことができたら、そして、本当にそこで
悲しむことができたら、自分を認めて、そして相手を許して、それを乗り越えられるのではないか、
と思っているのです。

相手を許すということは、相手のしたことを正当化することでは決してありません。
相手のしたことは今も、絶対に正当化することはできないと思います。
ただ、自分の心のなかで、相手への恨み、つらみ、許せない気持ちを解消することが
必要なのです。多分、それもこれまでの父の場合と同じで、傷ついているのは幼児の部分の
自分だと思います。だから、その幼児の部分(生の感情)の部分に対して、大人の自分、そして、
理性的な自分、という部分が成長して意識化されてきたらだんだんと大局的な視野が開けてきて
その出来事に対する見方が変わるのではないか、と思っています。
それをリフレーミングというような言葉で表している人もいるのかな、と思います。

要は、これまでの固まった見方、つまり、自分が被害者としての見方しかできなかったために
相手を許されなかったのですが、それがだんだんと見方が柔軟になって、いろんな見方が
できるようになって視野が広がると自分を客観的に見らrて、被害者の自分から脱却して
もうその出来事にたいするおそれがなくなって行くのではないか、と思います。

昨日の夜の時点では、この出来事はあまりに自分に対して屈辱的であり、自分が惨めで
恥ずかしくて、とてもメンタルクリニックの先生にさえ言えないような気持ちだったのです。
あまりに自分が屈辱的に思えて。

でも、その見方が間違っているのだ、というのを昨日聞いたニューライフのラジオで
「カルト」に関して話されていた言葉の中に見つけて、トラウマを受けている人にはすべて
当てはまるのではないか、と思ったのです。

それは、トラウマを受けている人は、自分が誰かにされたこと、自分に起こったことが屈辱的に思えて
それを人に話たりすることを非常にためらう、隠そうとする、というのです。
それはまるで、その出来事が自分に起こったのは自分に責任がある、と思っているかのようです。
しかし、カルトでは、子どもたちを虐待するのですが、そのこともは自分に責任がある、と思って
育ってしまう、そして屈辱的なことをされたことを人に話せなくなってしまう、というのです。

誰かを告発する、ということができなくなっているのです。
すべて、自分に起こったことは自分が悪いからだ、と自分のせいにしてしまう傾向がある、というのです。

これは、私の中の今のおそれに似ているようです。
自分の責任にしていれば怖くないけれど、一旦、相手がしたことを告発する、ということになれば、
とても怖くなるのです。

それが、バウンダリーがはっきりしていない、ということかもしれません。

ここで、私が今しようとしていることも、その友人と自分との間の境界線がはっきりしていなくて
自分の主張がはっきりできなかったのを、友人と自分との間の境界線をはっきりさせて、
起こった出来事をもう一度辛くても見なおして、全てを自分の感情と頭とを働かせて
整理し直すことが必要なのだと思います。
そして、最終的にはその友人を許してこの問題を乗り越えなければならないのです。

今も、私は確かにこの問題をまだ乗り越えていないのだ、ということを認めることから
初めないといけないと思います。

ニューライフのラジオでは、カウンセラーの一人である、Dave Stoopさんが
「Forgiving the Unforgivable (許せない人を許すには)」、というタイトルの
本を書かれていてよく、番組でも推薦されていますので、また、機会があったら読んでみたいと思います。
(邦訳はまだないみたいなので、英語ですが)

ただ、今の私としてはこういう本を読んだからといって、自分が変わらない状態なので、
今は自分の内側から湧いてくる無意識から浮かんでくることを手がかりにして
神様に任せて、聖霊様に任せて、許せるようになっていくしかないと思っています。
頭で自分が変わることはできないからです。


Forgiving the Unforgivable

Forgiving the Unforgivable

  • 作者: David A. Stoop
  • 出版社/メーカー: Vine Books
  • 発売日: 2003/04/01
  • メディア: ペーパーバック



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悔い改めて癒される? [赦し]

こんにちは!

今朝も目覚めの時に、ものすごく苦しい気持ちになりました。

でも、その苦しい気持ちを味わって、しばらくして起き上ったらまた新しい気持ちになりました。

それは、これまでいろいろな出来事があって、いろいろな人のことを恨んでいたと思うのですが、その人たちを
赦して受け入れる気持ちが出てきたのだと思います。

ある意味、余裕が出てきたのかも。

昨日もいろいろとアメリカの聖書教師たちのメッセージを聞いていて、やはり、許すことが自分にとって一番
大切だということが分かったのです。

でも、これまでは自分が弱すぎて許せるような状態でなかったのです。

それから、この前実家に帰った時に、自分の気持ちを抑えるのはよくないと思って自分の感情に従って
ぶつけてしまったのですが、マリリン・ヒッキー牧師はやはり、そういう風に自分の感情に従うのは
よくなくて、聖書の言葉に従って、怒りをぶつけないように、と言っていました。

私も、今後は聖書の言葉に従うことだ、と思ったのです。
自分の感情に従って怒りをぶつけるのは、あとで後悔するからです。
そして、そのことについて、今、すごく後悔しているからです。

それから、今朝目覚めに思ったことは、やはり私はこれまで聖書の言葉とか神様の導きとかに対して、
中途半端な気持ちだったから、先へ進めなかったのではないか、ということが分かったのです。

だから、ついたり離れたりしていたのです。

本当に神様を求める人を神様は祝福してくださるからです。というふうに聖書に書いてあるからです。

今わたしは本当に悔い改めるように導かれているのです。
自我がしっかりしていないと、本当に悔い改めることもできないですね。

でも、少しだけ軽くなっているかもしれないと思います。
これまで、重たくて自分が前に進めなかったのです。

でも、少しずつ体の左側から自分が出てきているような感じもします。
そして、今朝は起きた時に、行動することだ、と思ったのです。
行動することが大切なのだ、と。

わからないけれど、こういう気持ちになってきたのも、きちんと薬を飲んでいるからかな?

よくわかりませんが、少し、きちんと薬を飲んでみることも大切かもしれないですね。
これまで、毎日きちんと飲まなくなっていたので。

それは、薬のせいか、なんなのかわかりません。
癒されているのか、、、。


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心が洗われています [赦し]

 こんにちは!!

 たいへんお久しぶりのエントリーです。

私は アメリカの視聴者参加型のクリスチャン・カウンセリングのラジオ(今はテレビも)をずっと何年ものあいだ

インターネットで聞いています。とても人間関係につて、また自分自身の反応パターンで、人間関係を損なっている

ところとか、いろいろな気づきがあり、大変助かっています。

 この番組は1時間ですが、そのあいだに数名の人が電話をして相談をし、スタジオにいる、通常2~3人の

クリスチャンのカウンセラーが相談に答えます。そのカウンセラーの中には、有名な「境界線」という本を

書いたふたりの著名なカウンセラーも含まれていますし、とても参考になるとともに、また、聖書的な理解も

深まります。 

英語がわかれば、その他にも、アメリカからたくさんのクリスチャンのテレビやラジオや教会や集会のメッセージなども

インターネットで直に聞くことができて大変助かります。

 私は、とりわけ、このニューライフライブで役に立っているので、その番組の考え方を少しでも紹介したいな、

とおもい、ブログを始めました。アメブロで、タイトルは、「クリスチャン・カウンセリングのバッジーちゃんのお部屋

というサイトです。

 よかったら、聞いてみてください。英語の元のビデオを最初に聞いてもらって、私が日本語で要約しています。

一度に要約すると大変長くなるので、数分ずつに区切ってやっています。

 [exclamation][スペード][黒ハート]

 ところで、夏の季節になってきましたね。

ネットサーフィンをしていたらミスパリのエステメニュー、口コミ、料金、店舗、評判というサイトを見つけました。

 

エステで健康的にやせる、そして、健康管理をすることは大事だな、と思っています。

 心と体は一体ですからね。

それではまた。

 


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親を赦すことができるためにはGrieve the loss [赦し]

 アメリカの視聴者参加型のクリスチャン・カウンセリングのラジオ、New Live Live からはたくさんのことを学んでいる。

 [ひらめき]

 今日、考えたのは、赦しについて。 

 特に、父親を赦すことが私のテーマであるが、父親から子供の頃、やさしく愛されたというよりも、怒られるのを恐れていた。

 私の愛されたい方法で やさしく愛されなかったことで、父を赦せていないと同時に、恐怖におののいていた。

 それで、心を父に対して閉ざしていた。そんな父を赦せない状態が深いところで続いていたらしい。

  そんな父を赦せるためには、New Life Life のカウンセラーの教えによれば、 Grieve the lossという概念がある。

 つまり、自分の求めた父親の愛が与えられなかった、それを与えてくれる父親をもてなかったことに対する喪失を悲しむことなのだ。それを我慢していたために、ありのままの父を赦せなかった。。。

 その、父に求めるものを父が与えてくれなかったことを心底から悲しむことで、その気持ちを乗り越えていける、というものだ。

  それが、私に必要なことのようだ。 

 

 

 


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