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昨晩はたくさん夢を見ました [夢日記]

おはようございます。

昨晩は眠っている間にものすごくたくさんの夢を見たようです。
全部は覚えきれないので、覚えているものだけ書き留めたいと思います。
たくさんなので分けて書きたいと思います。

1.食べ物を盗まれて怒った夢

まず、最初に出てきたのは、私が何かイチジクとか、そのほかにもメロンかアボカドかそういうタイプの果物のような、野菜のようなものを包丁で半分に切っていて、それをおいしく煮て食べようと思っているようです。特にイチジクは誰かがおいしく煮たのを知って、私も同じようにしようと思っているようです。

ところが、ちょっとほかの用事でその場を離れて、ほんの少し目を離したすきに、だれかほかの人がそのまな板の上にあったイチジクなどの実を食べてしまったのです。それで、私がそれを見つけて、一方では、誰かが私のものを黙って食べたとしても、黙って許してやるべきだ、それが大人のすることだ、みたいな声が頭の中に響くのですが、でも私は、いや、黙って人のものを食べた奴が悪いのだ、これは言ってやらなければならない、という気持ちのほうが勝って、そこでその黙って私のものを食べたやつに、お前は人のものを黙って食べやがって、やるい奴だ!!と、周りに大勢の人がいる前で怒ったのです。そこには、そんな私を止めようとする雰囲気もあったようですが、私は自分の正直な気持ちをぶつけたのです。自分の中にも、葛藤はあったようですが、本音が勝ったようです。


2.高価なTシャツを買おうとしたら、売る人が消極的だった夢

次の夢は、今度は私がある場所(一見教室かセミナールームのようなある場所)で、そこにいた人からTシャツを販売されるのです。で、試着してみて、買おうかどうしようか迷っているのですが、その値段が5000円だと言うのです。で、Tシャツにしては高いなあ、と思うのですが、そのTシャツをよく調べてみると、生地の表面は赤褐色(レンガ色)の毛糸ではないのですが、太い糸のループ状の生地でできていて、両脇にポケットがついていて、普通のTシャツよりも機能的でオシャレな感じなので、珍しいと思い、5000円出してもいいかな、と思い、財布から一万円札を出して払おうとしたのです。

そうしたら、売っている男性が、これは高すぎるからやめときなさい、みたいな感じなのです。普通だったら、喜んで売りたいはずだ、と思っていたので、意外なのですが、まあ私は買おうと思っている、と言うようなことを言っているのです。


3.東京に小さなアパートを借りようとして、小学校時代の友人と会ったけど、鍵を持っている人が現れなかった夢

次に見た夢は、今度は私がまた、東京に来た時に滞在できる下宿のようなところか、アパートがあればいいなあ、と思っているところのようです。と言うのも今住んでいるところが、あまりに田舎なので、東京にアパートを借りて行ったり来たり出来るといいなあ、と思っているからだと思いますが。それで、東京に行っているようで、そこで何故か小学校時代の同級生と待ち合わせをしていて、その子が東京に借りていたとてお安い(3万円)アパートがあり、別の友人に貸していたのだけれど、その友人が出るので、そこのカギをその友人から取り戻して、私に渡すと言っているのです。そして、私はそのアパートを見て、滞在してみることができるのです。

それで、どこかのお店の前にいるのですが、私の友人のカギを持ってくるはずの人が待てど暮らせどやってこないので、私の友人はいらいらしている、という夢です。
ちょっと変なのは、この小学校時代の友人と言うのが、途中から別の小学校時代の友人に変わっているのです。まあ、夢なので、仕方ないのかも。
で、私は、3万円のアパートというと、あまりに安いので、安いのはいいけどみすぼらしいところだろうな、と思ってちょっと引いている感じです。


4.住宅街で水に潜って、それから浮上して息を継いでいる夢

その次に見た夢は、何かちょっと不思議で、普通の町中の住宅街に少人数でいるのですが、何か水に潜る訓練をしているようで、リーダー的な人が何か丸いゴムでできた小さな丸いものを二つ投げて、それを捕まえて浮かび上がる、みたいなことをしているのですが、それが、その住宅街は水の中にあり、私はその丸いゴムを捕まえた後、息継ぎをするために2~3メートルぐらい浮かび上がって、それで水の上に出てやっとそこで息継ぎができて、また、それから潜るのです。

この住宅街が水の中で、自分も水の中にいて、息継ぎをするにはずっと上のほうに浮かび上がらなければならない、と言うことに気づいて、それから浮かび上がって、水の上に出るので、それまで自分が息を止めていたことさえ気づかなかった、と言うような感じで、水の上に出て初めて息ができたのですが、それから又すぐ下の方に沈んでしまうので、また息を止めなければならない、と言う夢です。

だからまるで、私は自分が息を止めていることさえ気づかずに、その町の中にいたのです。潜る練習をして初めて、そこが水の中で、自分は今息を止めているのだ、と気づいて、上のほうに浮かび上がってみると、やっとそこで水の上に出て、空気があって、息ができた、という夢です。

これは、もしかしたら、今の自分を象徴しているのかもしれません。
というのも、これまで知らずに息を止めたまま(仮死状態で)普通に生きていたのが、実際は水の中(
無意識の中)であって、実際、息をするには浮上して水の上にある空気を吸わなければならない、というのは、まるで自分の中の無意識にずっとあった子供の部分と言うか本来の自分が、これまでは無意識で息をしないできたのが、これから浮上していかないと、本当に息をしようとしている、と言うことなのかもしれません。

まるで、これまでは夢の中で生きていて、イリュージョンの中で生きていた、ということなのかもしれません。そして、今朝目覚めに思ったのは、自我はイリュージョンなのだ、と言うことです。
本当の自分はその下にいるのですが、目覚めないと、ずっと眠ったままでイリュージョンの自我が自分だと思って生きているのです。

そして、私はそういう風に本来の自分で生きていなかったことを認めざるを得ないのだろうな、と思ったのです。






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さらに縛られていた自分が浮上 [トラウマからの開放]

おはようございます

昨日から、昨晩にかけて、そして眠っている間に変化が起こっているようなので、書き留めたいと思います。各テーマに分けて書きたいと思います。

1.急激な腹痛に襲われた件

昨日は、午後になって、凍って詰まっていた(極寒のため)台所のシンクをお湯で解かして排水口の掃除をしたりして大変でしたが、そのあとで半熟卵のサンドイッチとパイナップル缶と紅茶の遅くて軽い昼食を2時過ぎてから食べて仕事をしていたら、急にお腹が激痛に襲われました。

急にお腹の左下のところが痙攣しているのか、収縮しているのか、ともかくものすごい激痛が急にきて、吐き気もして、急に気分が悪くなり、悪寒がして、トイレに行きたくなりました。

ほとんど歩けないくらいに力が抜けて、しかも血圧が下がっているような感じで冷や汗が出るようなとんでもない状態になり、まるでこのまま死ぬのではないか、と言うくらいの苦しさでした。

ここ数日、夜眠るときなどに軽い腹痛があり、その前の晩は胃痛にもなっていたのですが、こんな激痛になるのは想像外でしたが、このひどい腹痛は、もしかして食あたりかな、とも思いましたが、食あたりになるようなものを食べた記憶がないのです。それでも、食あたりに違いない、とその時は思ったのです。

そして下痢のような状態でしたが、その後、動けずに安静にしていたら、すぐには回復しませんでしたが、じっとしていたら何とか収まってきました。そして、食あたりだったらそのあとも食べ物を口にすることはできないはずですが、今回はそんなこともなく、夕食は普通に食欲があって食べました。なので、食あたりではないようです。

ネットで調べると、こういう腹痛は、過敏性大腸炎の場合が結構あるとのことだったので、今回はそうかもしれない、と思いました。というのも、私は高校生の時に下痢と便秘が交互にきて、その上に腹痛があり、医者で「大腸過敏症」だと診断されていたからです。そしてそれは、心因性のものなのです。

そして、その前の晩とか、ここ数日、すごく無意識で幼児期のこととか父のこととか出てきていてそのころの非常につらい記憶が浮上してストレスになっていたことと、そういう幼児期の親との関係が私の心身症をもたらしていたので、今、その症状がすべて出ているのではないか、と思ったのです。

そして、お腹の左下に来ていた痛みも、何となくその幼児期に父親から責められて苦しんでいる自分がそこにあるような感じでした。そして、結局痛みは治まったのですが、なんとなく、もしかしたらそれは、そこに悪霊のようなスピリットが潜んでいて、出て行く前に最後のあがきをしていたのかもしれない、などど思ってしまいました。

2.昨晩から今朝の目覚めまでに見ていた夢と今朝の目覚めの状態

今朝の目覚め前に見ていた夢がとても変わっていました。

そのうちの一つは、何か料理本のようなものを見ていて、その写真は、スイーツの写真で、クッキーかなにかの上に、薄いピンクや白の粉砂糖で作ったクリーム状のものがところどころにかけられていて、とてもきれいで美味しそうなのです。そして、何かとても楽しそうなのです。なので、私もそういうのを今度こそ作ってみたい、と思ったのです(これまで作りたいと思いつつ、なぜかできなかった)。

そして、今度は私の大学時代の友人が出てきて、彼女がアメリカの有名な由緒ある雑誌か何かに投稿をして(記事なのか、データなのか、何らかの情報提供のようです)、それが採用されて掲載された、という報告のようでした。そして、彼女にはそのお礼としてアメリカの雑誌社からチェックが2枚送られてきたのです。彼女はその二枚のチェックの写真をSNSで公開していてそれを私は見たのです。

そして、彼女にそういうことができるのだったら、私だってできるに違いない。必要なのは自分にもできるという発想だ、と思ったのです。

覚えている夢はそんな感じでした。
そして、今朝、目覚めたときには再び、恐怖が出ていて、その恐怖で身体が硬直していたのです。

そして、また、自分には価値がない、という思いに襲われていたのです。そしてその原因は、幼児期に父から常に責められていたのでそういう風に思うようになったのだ、と分かったのです。

そして、父から攻められて自分はダメだ、自分には価値がない、と思うと同時に、自分がダメで価値がないと思っていることを人に知られてはいけない、と思ってそれを隠さなければならない、と思っていることが分かったのです。

この辺のからくりは、これまで何となく感じていても、はっきりと意識されていなかったのですが、それがはっきりと分かってきたのです。そういう風に感じていたのだ、と。だから、本当に幼児期に父から常に責められ、怒られ、叱られ、追い立てられて、自分はダメなのだ、価値がないのだ、と思うようになったものと思われます。父は私を型にはめようとした、と言っていたので、それが、私にとってはそういうものすごくしつこい条件付けとなり、マイナスのセルフイメージを植え付けられ、父親をものすごく嫌って、それでも父親の言う通りにしないともっとひどい目に合うので、必死で自分を否定して父に合わせようとしていたものと思われます。それが、自分喪失になったものと思われます。

ともかかく、父親からの条件付けは無意識の深いところにあったので、出てくるのが本当に大変で、しかも、自分が父親からそういう風に徹底的に責められて、罪悪感を持たされ、自分には価値がないと思っているという事実を受け入れるのはとても難しかったことが分かりました。

なぜなら、必死で父の要求にこたえて怒られないようにしないといけないので、父の要求に答えていい子になろうと必死だったからです。なので、怒られて自分には価値がない、と思っている本当の自分を見ることはできなかったのです。いい子でないと父に受け入れられないので、ダメな自分という部分の意識は完全に排除され、疎外され、自分からも嫌われていたものと思われます。

やっとこの辺の分裂していた自分の意識の根源が出ているようですが、今、その部分が意識に浮上しているために、一層、そのころの父の怒った顔によって自分が恐れを抱いている感じと父に怒られて怖がっている自分の感じが浮上しているのです。今その時の感じがそのままよみがえっていいるのです。

その時に相当恐れていたものと思われます。それでその時の怒った父への恐怖がよみがえっているのです。これは本当に根強いものがあり、それだけ父は私を型にはめようとしてスパルタをしたものと思われます。まるで、軍隊のように。信じられないですが、幼児にそんな仕打ちをしたのです。

ともかく、その事実が分かって、その時の場面に戻っているので非常にショックですが、それが浮上していることは、それが解放されるためには必要だと思うので、いいことなのだと思います。







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昨晩、初めて自分のライトボディーが見えました [トラウマからの開放]

おはようございます

ここ数日、仕事が入って忙しくなり、誘導瞑想も限られた時間だけやっていますが、無意識は常に動いているようですので、時々は瞑想して、溜まったエネルギーを開放しないといけないようです。

昨日の夜は、眠ろうとして寝床に入っていると、久しぶりで、母にバラを切られたことですごい怒りがわいてきて、もうその怒りはなくなったかと思っていたのですが、そうでもなくて、一つポケットが買い移封されたら、またどんどんと下の方から閉じられていたポケットが開いて怒りが出てくるようです。

その後、急に胃が痛くなり、耐えられなかったのですが、以前もそういうことがあり、牛乳を飲むと良いというのをネットで見て試したら効果があったので、今回も牛乳を温めて飲んだらやっぱり効果があり、その後ぐっすり眠れました。

眠っている間に、夢を見ているような、また、何か無意識が動いているような感じがあり、その中で、初めて自分の中のライトボディー(光の身体)が見えたような気がしました。

そして、目覚めたときに、またものすごく体の左側の肩のあたりが痛くて、さらにエネルギーが左側に向かって入っていこうとしているようでした。今もその感じが続いています。

そして目覚めたの前に見た夢を覚えていました。
その夢がまた、これまでとは違って、昔私が見ていた典型的な夢のような感じでした。
というのも、夢の中で私は何か学校の生徒で、その学級の中の委員のような立場で、先生からその学級のための仕事というか雑用をすべて任されていて、一人でそれをこなさなければならないようなのです。それが私の役割になっていて、それを時間までにやらなければならないのです。

そのやるべき仕事は3つくらいあって、私はそのうちの2つをやっていたのですが、残りの一つが抜けていたので、非常に焦っている、という夢でした。
その時の精神状態は、大勢のクラスメイトの中で私だけがたくさんの仕事をこなさなければならないという重責を課されていて、私はそれに疑問を挟むこともなく、自分の義務を果たさなければならないという強迫観念のようなもので、それができなければ自分でなくなる、みたいな強迫観念に駆られてその仕事をやり遂げようとしてストレスになって焦っている、という状態でした。

目覚めてから、なぜこんな精神状態になっているのか、と考えてみるに、恐らく幼いころ、幼児期から父親や母親に、責められ、怒られ、ああしろ、こうしろ、と重たい荷物を課されてそれに反抗することもできずに(反抗するともっとひどい目に合うので、すべてを自分の小さな肩にしょい込んで重荷を背負って、自分の責任を果たそうと必死で、しかし、それができないし、失敗することもあるので、そうすると怒られるし責められるので、ともかく、怒られないように、責められないように、焦ってやっていたのだろう、と思ったのです。

それが、私の幼児期の常態だったのだと思います。つまり、常に親から追い立てられていたのです。
それで、焦りまくっていたのだと思います。

また、感じたのは、親が常に、先のことを思い煩い、心配して、不安であったために、その未来への不安が私にも乗り移っていたのだ、ということです。親は常に今に集中することなく、未来の心配のために追い立てられるようにして生きていたのです。だから、リラックスすることもできず、イライラしていたのだと思います。そのエネルギーが私に乗り移っていたのだ、と分かったのです。

イエス様が、「先のことを思い煩うな」と言われた意味が本当に分かってきたのです。
そして、「幼子のようにならなければ天国に入れないのだ。」と言われたことも、やっとなぜそうなのかが分かってきたのです。
幼子の心はすでに天国なのだ、と。だから、幼子のほうが正しくて、大人は間違っているのです。
というか、先のことを思い煩っていた、ということを私自身が気付いていなかったのです。
先ほど、誘導瞑想していたら、そのことが分かってきたのです。私は先のことを思い煩っていたのだ、と。そしてそれは自我の作った(親のエネルギーが押し付けた)幻想(イリュージョン)だったのだと。

リサさんの言っていることがだんだんと分かってきました。

それで、エックハルトトールのパワーオブナウにつながるのだと。
子供は今を生きているのです。だから、天衣無縫で天真爛漫で、楽しさに満ちているのです。

私の中で親から課せられた間違ったこの世の思い煩いで捻じれた心をもとに戻したいのです。




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抑圧されていたのは純真無垢で無邪気な子供の部分だとわかりました [トラウマからの開放]

こんにちは

今日は昨日よりもさらにもっと寒い一日となっているようです。
昨日は夕方から町営温泉に行って、湯けむりの中で温まって来ました。
というのも、久しぶりに仕事が入ったので、仕事を始める準備をしてきたのです。

昨日は、70年代に人気だったアメリカのテレビ番組のパートリッジファミリーの全エピソード完全版のDVDが先日アメリカから届いたので、そのうちのシリーズ1のいくつかのエピソードを見ていたら、誘導瞑想をする時間がなくなりました。それで、眠る前に少し瞑想をして眠りました。

そして、今日は午前中、瞑想をしていたらまた、色々なことが浮上してきました。
そして、幼児期から父親にひどく怒られたり、がみがみ言われたり、言う通りにしないと怖い目にあわすぞと脅されて強制的に服従させられていたことから、父親との関係を完全にシャットアウトしていたのですが、それに対して、本来の自分をよみがえらせるために、自分が自分の親になって、「こんな父親のことは気にすることはない。あんなのは、無視して自分自身になりなさい。」と言う風に自分で本来の自分の子どもの部分にエネルギーを与えていたのです。

しかし、そうしているうちに幼児期の記憶の中で、父親がそのころ、近所のダムにウナギを釣りに行っていた記憶が浮上したのです。その釣りのためには、暗いうちに出かけて、ランプをつけてその明かりによって来るウナギをつっていたらしいのです。そのウナギを釣って来て家の中でバケツに入れていたのを見た記憶が浮上しました。

そして、父も心の中に子供のような無邪気な心があったんだろうな、と思ったのです。しかし、それを思うとそれが私の心の傷に触れていたくなるのでそういう風に考えないで、父はひどい無慈悲な人間だ、と考えるように自分で仕向けているようです。というのは、もし、父が私と同じように無邪気な心を持っていると思って近づいて自分の無邪気な心を出すと、必ず父に拒否され否定され怒られてひどい目に合うと思っているからのようです。きっとそういう体験を何度もしているので、父はひどい人で私の無邪気な心を絶対に理解できない硬くて石のような、人間の心を全く持たない、鬼のような存在なのだ、人と思ってはいけない、と自分の中で決めているようなのです。

だから、父に絶対に心を許さないようになったようです。父に完全に心を閉ざしたようです。
そして、父を見るときに絶対に人間として認めないで、あれは人間の心を持っていないのだ、と思って完全に壁を作って避けているようです。

しかし、初めて今朝の瞑想の中で、もしかしたら、父も昔は魚釣りをして楽しむような無邪気な心を持っていたのかもしれないな、と思いました。でも、そう思ったらものすごく泣けてきたのです。なぜかわかりませんが、泣きたくなることは感情が解放されているので、いいことだと思います。何かそんな小さの幼児期に父のことで抑圧しなければならなかったものがあったのだと思います。

そして、本来の自分の感情を認めるのはものすごくつらいのだと思います。

そうしているうちに、だんだんと分かってきたのです。
そういう私の幼児期の心の中にあったのは、純真無垢で無邪気な子供の心だったのだ、と。
それが、そういうイノセントな子供の心を受け入れられない父親(今は父が浮上しているので)の非情な対応によって、傷つけられ、汚されて、怒って、心が捻じ曲げられてしまい、ひねくれてしまったのだと思います。
本当は純真無垢であったはずのものが、親によって台無しにされてしまったのです。

ですが、だんだんと私の中のその幼児期に親によって捻じ曲げられる前の純真無垢な子供の心が浮上してきているように感じます。

そしてそれと同時に、かつてアメリカの大学でアメリカ文学を学んだときに、作家のドレイサーの「シスターキャリー」という小説を読んで、シスターキャリーと言う女性のそのイノセンス(純真無垢)な心にものすごい感動を覚えたことを思い出したのです。

それは、永遠のテーマなのかも。
そして、また、これがソールリトリーバル(魂の取り戻し)なのかもしれません。

ともかく、シスターキャリーをまた読んでみる必要があるかもしれません。


シスター・キャリー〈上〉 (岩波文庫)

シスター・キャリー〈上〉 (岩波文庫)

  • 作者: シオドア・ドライサー
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1997/06/16
  • メディア: 文庫




シスター・キャリー〈下〉 (岩波文庫)

シスター・キャリー〈下〉 (岩波文庫)

  • 作者: シオドア・ドライサー
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1997/06/16
  • メディア: 文庫



『シスター・キャリー』の現在―新たな世紀への読み

『シスター・キャリー』の現在―新たな世紀への読み

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 中央大学出版部
  • 発売日: 1999/09
  • メディア: 単行本



『シスター・キャリー』の現在―新たな世紀への読み

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  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 中央大学出版部
  • 発売日: 1999/09
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幼児期の無邪気な自分を思い出し、愛おしくなりました [トラウマからの開放]

こんばんは

今日は非常に寒い一日でした。天気予報によれば明日は今日よりももっと寒くなるようです。
こういう時は、誘導瞑想をして過ごすのが一番かも。。

ともかく、相変わらず、今日も一日、誘導瞑想をして過ごしました。
そして、午前中、誘導瞑想をしていると、幼児期に私が自分でいろんな「うそ歌」を作って歌ったいるうちに、ある一つの歌を作ったことを思い出しました。

その歌は今も覚えているのですが、私の家は田舎の田んぼの中の家で、とても自然が豊かな所にあったのです。そして、自然の生き物と身近に生活していたのです。
そして、屋根にスズメが来て遊んでいるのを見て、自分がスズメになった気持ちでその歌を作ったのです。

歌詞は、「お屋根の上で遊んだよ~ ぴょんぴょん跳ねて遊んだよ~」というもので、極めて簡単ですが。それに、節をつけて歌うのです。それが私が幼児期に作った歌だったことを思い出し、それを作った幼児期の自分と言うのは、自分がスズメになった気持ちでそんな歌を作ることができるくらいに、無邪気で純粋だったのだ、そしてスズメと自分が一体化できるくらいに何と言ったらいいか、自然な心を持っていたのだ、と思ってとてもそれが愛おしくなったのです。そしてまた泣いたのです。。

そういう心は、人間の大人の社会の世界観からは全く異なる世界です。
どんな社会的な思い煩いからも切り離された、自然の子供の心であり、世界観です。
そういう心が私の幼児期にはあったのだ、と言うことを思い出したのです。
イエス様は、「空の鳥を見なさい。「種も蒔かず、 刈り入れもせず、 倉に納めもしない。 だが、 あなた方の天の父は鳥を養ってくださる。 」(マタイ6:26) と言われたことを思い出しました。

だから、幼児期の私はイエス様の言われる通りの心を持っていたのだ、と思って、そういう心が私の中にあったことを思い出して、その幼児の心の自分と再会できたような気がして、その幼児の心を持っていた幼児期の自分がとてもいとおしくてたまらなくなったのです。それで泣いたのですが。。

ともかく、そのころの幼児の自分を思い出すことができたのです。
それが自然の子どもの自分なのだと思います。
やっと出てきてくれたのかもしれません。
社会の子の親に適応した子供ではなく、自然のありのままの子どもの心です。これが、スピリチュアルな世界とつながった自分の心だと思います。

そのあとも、誘導瞑想をしていたのですが、身体の左側にまだ悲しい気持ちがあるようで、そちらに沈んでいくような流れがあります。そして、今これを書いていたら、今度は幼稚園の頃の記憶が浮上しているようです。まるで、自分がその頃にもどって、その幼稚園にいるような気持ちです。

幼稚園の頃の自分に戻っているようです。そして、幼稚園にいるようです。
心の目でそれが見えるのですね。不思議です。目で見ているわけではないのに、心にその景色が浮かんで、自分が今そこにいるような感じで、時と空間を超えているのですね。

瞑想をしているとそうなるのですが、今はこれを書いていたらそうなっています。
スピリチュアルな人や本では、今の3次元を超えると、そこは時間と空間を超えた世界だ、と言われています。夢もそういう次元を超えた世界らしいですが。もしかしたら、瞑想をたくさんして、3次元を超えた世界に近づいて行っているのかも。

ただ、頭の中でそうなのですが。実際にその場にいるような感じになるのです。

ともかく、自分の波動(周波数)が変わってきているのかもしれません。
そんな感じがします。


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幼児期の父親からのプログラミングの書き換えに取組中 [トラウマからの開放]

こんにちは

昨日もまた一日中、誘導瞑想をして、色々な記憶が浮上して泣いていました。
子供の頃に抑圧していた感情や、懐かしさでいっぱいの感情が出てきて、切り離されていた子供の頃の自分に再会できたことで、溜まっていた感情が解放されたような感じがしていました。

しかし、夜になると今度は非常に深い落ち込みの感情が出てきて、耐えがたくなりました。
それはまた体の左側の下のほうにどんどんと自分の感情が沈んでいくような感じで、悲しさに包まれ、絶望感がわいてきて、自分のもっと深いところにどんどんと落ち込んでいくような、鬱のような感情に包まれていったのです。

それで、また、本当にこうして自分の中にどんどん入って行っていつか本当に改善するのだろうか、という疑いの心もわいてきたのです。そして、左側の下のほうに沈んで落ち込んでいく感情を自分でさばいているのに気づいたのです。つまり、こういう落ち込む感情は持ってはいけないのだ、と。

しかし、やはり自分のありのままの感情を裁いているのがもともとの問題なのかもしれない、と思いなおして、落ち込むなら落ち込むのもいいのだ。これは、単なる感情であって、どんな感情も悪い感情と言うのはなくて、どんな感情もありのまま出せばいいのだ、と思い直しました。やはり、幼児期の感情が出ているのかもしれず、幼児期に父に裁かれて落ち込むのは当然だし、悲しむのも当然なのだ、と。

そして、昨晩眠る前には、自分がこれまで思い込んでいたことが間違っていたのではないか、と思い始めたのです。

それは、幼児期や子供時代に親が私の欲求や感情に共感して受け入れてくれなかったことを私はひどく恨んでいて、私は親から悪意を持っていじめられたのだ、親は私を全く愛してなくて、私を敵視していたのだ、と思っていたのです。そして、親は悪意を持って私を傷つけたのだ、と思って、私はすごい被害者意識になっていたのです。

それが、少し間違いではないかと思いだしたのです。つまり、親は悪意を持ってそうしていたのではなくて、ただ、そうせざるを得なかっただけであって、それは、私の問題ではなく、親の問題なのではないか、ということです。だから、少しその親の私に対するひどいと思われた態度と私のとらえ方との間にギャップがあったのではないか、と思ったのです。

言い換えると、これまでの私のとらえ方は、被害者としての子どもの感情だったのですが、少しそれを大きな視点で、客観的に見るように意識が変わってきているのではないか、と言うことです。

だから、少し自分の視点が変わっているように感じたのです。いや、これは少しではなく、大きな視点の転換の始まりのようにも思えます。

そして、今朝の目覚めには、またすごい恐怖が出ていたのです。それはやはり、記憶がないくらい幼いころに、父から自分の自然な感情と欲求を否定され続けていたために、自分が自分の体を去って、自分の体の外に出て行っていることを感じたのです。つまり、父にされたと同じように自分を見捨てていたのです。そして、自分の体の中は空っぽになっていて、自分は父親の感情と欲求を取り入れて、自己防衛していたのだ、と改めて感じました。

これは、発達性トラウマの特徴らしいです。YouTubeのビデオでDevelopmental Trauma(発達性トラウマ)というタイトルのシリーズビデオの中でもそのように言っていました。

そして、今朝も誘導瞑想をしていたら、やはり幼児期に父親が私を枠にはめようとしていた、と言っていた通りに、幼児期の私は、父親の欲求に答えることが自分の生まれた使命だと思い込んでいたことが分かったのです。

そして、非常に幼い頃に、私は父親の延長のように思っていて、私が生きる目的は父の欲求に答えることだと思っていて、父の仕事の跡継ぎにならなければならない、と思っていたのです。2,3歳
だったので信じられないくらいです。

ともかく、そのころの父は、私を完全に支配していて、私は父を完全に取り入れてその欲求にこらえなければ生きて行かれない、怒られるのはいやだ、怖い、というので、自分を完全に見捨てていたようです。そして、本当の自分は奥のほうで死んだふりをして、じっとしているのです(今もそうです)。

それはまるで、動物が捕食者に襲われて死に直面した時に、死んだようになって動かなくなるのと同じようです。これは爬虫類の脳もかかわっているのかもしれません。

ともかく、深い潜在意識の中で、幼児期の私は父の欲求に答えることが自分の使命だとプログラミングされて、本来の自分は出て来てはいけないとされ、自発性を殺すようにプログラミングされていたようです。今、このプログラミングを解いて、自分が本当に自分の感情や欲求を感じて、それに従って生きるようにプログラミングを作り変えなければならないのだと思います。しかし、それは生来のプログラミングなので、そちらが自然なので、自然に帰ればそうなるのだろうと思います。

なので、父から与えられたプログラムンは、父中心に書かれたものなので、それを私中心のプログラミングに変えなければならないのだと思います。










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エネルギーが身体の下から上に向かって動いているようです [トラウマからの開放]

こんばんは

今日もほとんど一日、空いた時間には誘導瞑想をしていました。
そして、やはり、どんどんと子供時代の色々な記憶とともにそれに伴う感情が出てきて、思い切り泣いて発散する、ということを繰り返しているようです。

そして、子供時代の風景や家の中の様子や、繰り返し味わった気持ちとか、幼児期や幼い子供時代に見ていたものとかが出てきて、それが非常に懐かしい感じで、正にその時に戻った感じになり、もう一度そこに戻りたい、というすごい懐かしさで泣いたり、しています。

そしてまた、本当はそういう子供時代には親がそこにいのだけれど、本当はその幼い子供の頃にあの家に住んでいた頃、親にもっと甘えたかったのだ、という気持ちが湧き上がって来て、またまた思いっきり泣く、と言うようなことになっています。

これは、もしかしたら、本当は親に甘えて愛されたかったのだ、という満たされなかった欲求やニーズというものが出てきて、それを得られなかったことに対して悲しんでいるのかもしれません。
でも、その時にあったニーズまたは欲求と言うものが無意識に埋もれてしまっていたけれども、それが意識に浮上して、その満たされなかった欲求のために泣く、ということはその鬱屈したエネルギーを発散するうえで、すごく必要なことなのだろうと思います。これまでは、甘えてはいけない、という風に自分の本当の欲求を否定していたわけですから、そのブロックがとれているということだと思うからです。

それでも、まだ体の左側にどんどんと進んで入っていこうとするエネルギーがすごくて、どんどんと左に入って行っています。それが無意識のブロックを破って進んでいることになるのでしょう。

そして、さっき初めて感じたのですが、これは体の中のエネルギーが下から上に向かって動いているような感じなのです。チャクラが下から順に上に向かって開かれているということなのかもしれません。

人間のエネルギーには、下向きと上向きがあるようですが、抑圧がとれると上向きになるのかもしれませんし、チャクラが開かれると上向きになるのかもしれません。

そうして、最後は頭の上のクラウンチャクラまで開かれるのかもしれませんが。。。


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父との問題は親密な関係を築けないことにつながっているのかも [トラウマからの開放]

おはようございます

昨晩眠る前に、ティールスワンさんのYouTubeビデオで、True Self vs. False Self というのを見たのですが、まさに今の私の状況にぴったりでした。

それは、人間関係で親密な関係を持つことができるためには、本当の自分で相手と関係を持つことが必要なのですが、機能不全家族の中で育っていると、本当の自分(すなわち、自分の本来の感情、子供の部分の感情)が親によって拒否されて否定されているため、その親を取り入れた自分が自分の感情を否定し、抑圧しているので自分自身が自分を疎外してしまい、本来の自分との接触を失っているので、本当の自分で相手との関係を持つことができないのだ、ということです。

それは、まさに私が幼児期に父親から完全に自分を否定されて、常に父に怒られるのを恐れて自分を捨てて父に適応していい子になっていたために、本当の自分が父親に受け入れられることはないのだ、と判断して、自分で自分を否定していたので、本当の自分で父親に接していないので、もちろん父親との親密な関係は築かれなかったし、父親から愛されたという気持ちも全く持てなかったのです。常に父の前では自分を殺していなければならなかったからです。

なので、幼児期の父との関係がそのようであったために、私の本当の自分は自己疎外されてしまい、無意識に行ってしまい、決して出てくることができなくなってしまったのです。そのため、それ以降に、大人になってからも、特に父親を想像させる異性との親密な関係を持てなくなってしまった、と言うことだとわかりました。

そして、今朝の目覚めでは、初めてこれまで決して意識に上らなかった本当の自分が左側に浮上してきているのを感じたのです。それに対して、右側にこれまでの偽の自分(父親に適応していた自分)がいたようですが、その力関係が逆転してきていて、左側の本当の自分が基本人格として自立していこうとしてきているように感じました。多重性人格障害(今では解離性同一性障害と言うようですが)の場合、本来の自分は基本人格と言うような言い方で表現されていますが、要は生まれた時のありのままの自分と言うことだと思います。その自分と言うのは本当に深い無意識の中に眠っていたのだと、改めて思います。

そして、誘導瞑想をしていると、今度は小学校の卒業式の風景が出て来て、同級生が卒業式の後で講堂から出て行きながら、声に出してえ~ん、え~んと泣いていたのを思い出したのです。そして同級生の多くが男子も含めてみんな泣いていたのです。私は泣かず、なんでみんなあんなに泣いているのだろう、と思っていたのを思い出したのです。しかし、その子供時代のことを懐かしく思う感情とともに、悲しさがこみあげて来て、その卒業式は子供時代からの別れの節目だったのだ、と言うことにだんだんと気づいて、その子供時代が終わることに対してみんな泣いていたのだ、というのが分かってきたのです。そして、私もその時の状況に共感し、それが子供時代との別れだったのだ、という感情が湧き上がって、悲しさがこみあげて来て泣いていたのです。

もしかしたら、やはり私は悲しさに対しても、感情を抑圧しており本当の自分の子どもの感情が湧き上がらないように、すでにその時になっていたのかもしません。だから、親との関係において本当の子供らしい子供時代を満喫していなくて、親からありのままの子どもの自分を受け入れられ愛されていなかったために、子供のありのままの感情を表現できないままに子供時代を終えなければならなかったのかもしれません。そして、中学に入ってすぐに挫折が訪れたのだと思います。

ともかく、その子供時代と言う、光り輝くような時代から卒業しなければならないという、そして、楽しかった小学校や同級生から離れて、これまでの生活から別れを告げなければならない、という卒業式の風景が出てきたのだと思います。

ともかく、これまでに十分発散していない子供の頃の感情がどんどん出ているものと思われます。




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こんどは幼児期に私が欲求を出して父に怒られ拒否された記憶が浮上 [トラウマからの開放]

こんばんは

今日は午後は市営の温泉へ行ってきました。
そして、温泉につかっていると、また母にバラを切られたことで悲しさがこみあげて来て、また少し涙ぐんだりしていました。

それから、家に帰って誘導瞑想をしていると、またすごく、もう生きるのがいやだ、生きたくない、というすごく耐えがたい感じがわいてきたのです。そして、それを我慢していると、また子供の頃の記憶が浮上してきたのです。

それは、幼児期(あるいは、小学生くらいの時)に家族でどこかの町へ出かけたときに、昼食をとることになったときのことです。私は洋風のパーラーみたいな、あるいはファミレスみたいなところに入りたかったのです。それで、そのレストランに行きたい、とねだったのです。しかし、父は私の希望に対して頑としてそれを拒否し、ダメだと言い、抵抗する私をまたいつものすごく怖い顔と声で叱り飛ばして、怒って、無理矢理に自分の入りたい日本食の食堂みたいなところに私を引きずって行ったのです。

その時の悔しさと悲しさはいつまでも記憶として残っていたのですが、今回の誘導瞑想でその時の記憶と感情が浮上して、またその時の自分にもどって再び泣いていました。本当に食べることについても、私の希望が全く聞かれず、父の希望が絶対に正しいのだ、という態度をとられていたのです。

なので、親は私が幼い時に持った欲求に対して全く理解が示されなかったのです。
だから、私は自分の欲求が喜んで受け入れられる、あるいは、少なくとも理解される、という体験がないのです。私の欲求はそれはそれとして、理解を示され、受け入れられるか考慮されるか、話し合って決める、とか、諭される、ということもなく、頭ごなしに理由も説明することなく、拒否して、それに抵抗すると、怒って絶対服従させられる、という本当にひどい状況に置かれていたんだなあ、と思います。

本当に子供の頃はひどい扱いを受けていたものだ、と思いますが、それがどんなにひどい扱いだったかが感情として出てきているようです。
父は私を怒らせるようなことを何度となく繰り返していたのだ、と。
それが感情を伴って記憶に浮上しているのです。
聖書では箴言のなかで、子供を怒らせてはならない、とありますので、本当に父のやり方はひどかったのだ、と思います。そして、そのひどさの中で傷ついた心を無意識の中に抑圧しなければならなかったのだ、と思います。
また、そのあとも、恐怖が出て来て、さらに下のほうにある何かの感情が出てこようとしているのかもしれません。

ともかく、幼児期から子供のころにかけて、父の横暴な態度はひどかったので、ずっと恐れていたので、その恐れていた父に押さえつけられていた自分の中の反発心が浮上しているのかもしれません。

本当にこのプロセスは非常につらいものがあり、本当にこれでいいのだろうか、と思うくらいです。

ただ、もしかしたら、これまで感じられなかった部分が感じられるようになっているかもしれません。

そして、今、ものすごく心が痛いのですが、もしかしたら、ハートチャクラまで到達してきているのかもしれません。今は、つごくつらくて、頭の中がそのころの幼児期か子供の頃に戻っていてぼーっとしている感じなのです。そして、ハートが痛い感じ。ハートまで感覚がよみがえってきているのだったら、良いことなのではないか、と思います。

あと、少しだけ自分のハイヤーセルフの感じが意識に浮上してきているのかな、と、今日初めて感じました。

ともかく、今はものすごい悲しみの感情がでてきていて、まるで悲しみの大海に投げ出されたような感じです。

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さらに幼い頃(赤ん坊~3歳)の記憶が浮上 [トラウマからの開放]

おはようございます

今朝の目覚めでは、これまでとは違った、まるで赤ん坊が泣こうとして泣けずにくっくくく・・
と言っているような感じと、身体の左側の肩甲骨と腕のあたりのすごい痛みとで目覚めました。

すごく苦しい感じと、左側の肩と腕の痛みでした。それで、また、午前中に誘導瞑想をしていました。
そうしたら、今回はやはり、これまでよりもさらに幼い赤ん坊のころの感じが記憶に浮上してきて、おそらくそこで母にほったらかされていた感じなのではないか、と感じました。

そして、誘導瞑想を続けているとだんだんと左側のほうの下のほうからエネルギーが湧き上がってこようとしているのを感じまししたが、そこに痛みがあって、やはりその湧き上がるエネルギーと言うか感情を出そうとしたときに痛みがあってそれを止めていたのではないか、と思いました。

そうしてさらに瞑想を続けていると、今度は私が生まれた直後から3歳くらいまででしょうか、特に生まれた直後から2歳くらいまでの時に大変かわいがってもらった近所のおじいさんおばあさんの家の風景が記憶に浮上したのです。

そして、その家の入口からその優しいおばあさんとおじいさんがいつも座っていた居間が見えるところに自分がいて、その部屋の中のおばあさんとおじいさんがいるのを見ている自分の目でその景色を見ているのに気づきました。

その時の自分がその場いる状態に時間を越えて連れ戻された感じです。そうしたら、急にそのおばあさんとおじいさんがいる部屋に着たとたんにその時のままで泣きたいような気持が湧き上がって来て、またしたたかそこで泣いていたのです。

それは、幼い子供が親と離れていたのが、親に再会したときに急に甘えたい気持ちが出て来て悲しくなって泣くようなそんな感情です。そして、そのおじいさんも優しかったのですが、特におばあさんに私はすごくなついていて、おそらく、赤ん坊から2歳くらいまでは、母よりもこのおばあさんのほうに私はなついていたような気がするのです。

そして、私はそのころ、ずっとそのおばあさんが私の本当のおばあさんだと思っていたのです。そして、母からは厳しい態度をされるのに対して、そのおばあさんは非常に優しくて私の気持ちを理解してくれていたので、そのおばあさんのほうが私にとっては本当の保護者のような存在だったことを思い出したのです。

そして、乳幼児期にこのおばあさんには甘えていたのを思い出したのです。また、おじいさんも優しかったのです。そして、そんな幼い時にそのおじいさんとおばあさんは、親代わりと言うくらいにかわいがってくださっていたのです。

そして、少し大きくなってからも、どこかに出かけるたびにお土産として、私には雑誌の「幼稚園」と、妹には「めばえ」とか、を買ってきてプレゼントしてくださっていたのです。

そして、私はその後は、親の元で育てられて厳しくされて感情を出せなくなったために、そのころの甘られる環境に自分がいたころの感情が抑圧されてこれまで無意識から出られなくなっていたものと思われます。

さらにまだ左側に痛いところがあって、感情が出ようとするとその痛みのために出るのが滞っているのだと思います。まさに、感情を出そうとすると父に怒られ、母に見捨てられることが重なって、感情を出すこと(自分を出す、自己表現すること)は痛みを生み出すことで、周囲からマイナスの反応を生み出すことだ、というプログラミングをされていたからだとわかったのです。そして、感情を出せなくなった、つまり自己表現できなくなった、つまり、自分という意識がなくなった、そして喉のチャクラが閉じた、と言うことだと思います。

しかし、本来は、泣くことや自己表現することは、それ自体がすごく解放されることであり、発散することなので、快感なはずなのです。だから、本当は、泣いたり自己表現したときに、それを快く受け入れられ、ポジティブに反応されることで、快感を得られる行動であるはずのものを、マイナスの反応による痛みによって止められているので、非常に窮屈なのです。

だから、本来は発散と快感を生む行為なので、それが自然なので、ブロックを破ってそちらの方向にエネルギーが向かっているのだと思います。



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