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父との関係で非常に深く傷つけられていたことが判明 [トラウマからの開放]

こんにちは

昨日は、誘導瞑想をしているときに、時間をかけて瞑想していると、だんだんと深いところから無意識の底の方に眠っていた父から受けたひどい仕打ちの記憶がよみがえって来て、その時の傷ついた感情や傷みが湧き上がってきていました。

そして、思い切りその痛みを感じて泣くことでその深いところに眠っていた痛みが癒されていくのかな、と思っています。

そして、父に対して自分を我慢するのではなく、本当に悲しかったら悲しい感情を今ここで味わって表現していくことで、自分を我慢するのではなく、本当は父に対してどういう感情を抱いていたのかを思い出していくことが必要なようです。

つまり、感情とは流れるものであって、その時その時の感情を出していれば、恨みや傷は残らないのに、父が幼児期のその私の感情に我慢できないために私に我慢させていた、ということになるのだとおもいます。そして、我慢した感情はそこで流れが止まってしまい、そのためその感情が無意識に残って後々までその痛みとかが恨みとなって残ってしまうのでしょう。

そして、感情はそこで固まってしまい、頑固になって、父への感情も憎悪とか、罪悪感とか恥とかそういう固定した感情になってしまうのでしょう。

今、その時に戻って父に傷つけられた時の記憶と感情を味わってその時の辛さを存分に味わって泣いてみると、それは耐えがたい感情ではありますが、それによって固まっていた感情が流れ出して、かたまっていたものが解けだしているようです。

ともかく、今分かるのは、父は私に対して子供のころから絶対に私の気持ちを尊重しなかった、ということです。そして、私がどう思っているか、全く関心がなく、ともかく、自分の気持ちだけで私を動かそうとして支配していたということです。

つまり、私がどう思おうと、何を欲しようと、私の意向を尋ねることは全くなく、私は自分の意思を持った人間として扱われていなかった、ということになります。

子供と言うものでも自分の意思があり、感情があり、自分の気持ちや感情で生きているのだ、ということを理解していなかったものと思われます。そして、父や母の気持ち次第で支配されていたものと思われます。

そして、今回出てきたつらい記憶は、小学生になってからのことで、お正月に私の大好きなテレビ番組が夕方から始まるのを楽しみにしていたところ、その番組が始まろうとしたときに、父が、テレビをずっとつけっぱなしだと、テレビが壊れるから切りなさい、と言われて、私はずっと一日中楽しみにしていた番組だったので、父の命令に逆らった所、父からすごい怖い顔で怒られ、追いかけて来てほほを手のひらの項でたたかれたのです。

その記憶がよみがえって来てどんなに悔しい思いをしたか、そして、どれほど父がひどい人であったか、がその時のままによみがえってきたのです。

ともかく、それまでも父は自分のいうことだけが正しくて、私の意見や欲求は子供のいうことには意味がないとして、まったく関心がなく、私は父から愛されたという記憶は全くなく、ともかく、バカにされ相手にされていなくて、それまでにもすでに父から恥や罪悪感を植え付けられて、私のいうことや欲求や考えは全く価値がない、と言う風に扱われていたので、私の中では父とのコミュニケーションをとることなど全く望むべくもなく、自分の意見をはっきりと述べるなどということは、父との関係であり得なかったのです。

父は全く私のいうことや考えることには、価値を置いていなかったのです。

だから、私は父に対して、何故私はこの番組を見たいのか、とか、この番組だけ見たらその後は切るとか、そういう交渉をするという考えさえも浮かんでこなかったのです。

とにかく、父は私と話し合って解決する、という考えは全くなく、自分が言うことが絶対に正しいという独裁者だったのです。だから、社会で生きて行くうえでの人間関係の基礎と言うものを学ぶことは全く不可能だったのです。

ともかく、それが乳幼児期からずっとそうなので、父との間に、私は自分と父との間を持てなかったのだと思います。

父はまさに、自分のことしか見えない、自己愛性人格だったのでしょう。

ともかく、そういうひどい記憶が浮上しているので、父との間で傷ついていたことをありのままに思い出して、本来の自分を取り戻すことが必要なのだと思います。

あまりに、私が父に合わせすぎて、父をかばい過ぎているのが問題であり、父を良い、理想の父親としてどこかで幻想を持たせられて、マインドコントロールされていたのから、目覚めなければならないのだと思います。

相当のマインドコントロールを受けて幻想の中で生きるように支配・操作されていたのだと思います。




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昨晩も朝までほとんど眠れませんでした [トラウマからの開放]

おはようございます

昨晩は、眠る前にもいろいろと無意識が動いて、特に体の左側から幼児期の父親の怒った顔のイメージと下から出てきている本来の自分の子どもの部分との間ですごい葛藤があったので、そのことはこのブログにも書いた通りです。

そして、誘導瞑想をして、うつらうつらして、それから寝床で眠ろうとしたのですが、全く眠れませんでした。その無意識からの噴出するエネルギーの力があまりに強かったのです。

そういう風に無意識からすごいエネルギーが出て、葛藤しているときは本当に眠られないことが多いです。

それで、寝床で色々と出てくる感情や思いや忘れていた記憶の浮上をそのまま味わっていたのですが、本当にひどかったです。特に、父親からの禁止令とか自分が拒否されて押さえつけられていたことの記憶が出てきていたからです。

また、ティールスワンさんが言っていたのですが、「私があなたのためにしてあげるから、その見返りにこうしてください。」というのは、愛ではなく、取引だ、と言っていましたが、まさに幼児期の私と父の関係は、そういう取引になっていたのだ、と分かったのです。そして、私の方からも、本当はありのままの自分を受け入れてもらって、ありのままの自分で父との愛に基づく関係を持ちたかったのだと思いますが、あまりにありのままの自分が否定され、拒否され続けたために、そして、そのありのままの自分を批判されて、決して受け入れられなかったために、私は父と取引の関係を持つしかなかったのだ、と分かったのです。

それが、幼児期に私が親から教えられた人間関係の基礎だったのです。
それが、現在に至るまで私の人間関係になっていたのだ、と分かったのです。
というか、親密な人間関係とはどういうものか、親から習うべきことを習うことができなかったのだ、と分かったのです。

そして、幼児期という初めての人間関係で、自分の感情を認められず、自分自身を常に批判され、拒否されていたために、親との関係も、取引関係になっていたのです。父親の言う通りのことをすれば、認められるけれど、ありのままの自分では認められないので、とにかく、自分を偽るようになってしまい、偽の自分で父親と接するようになってしまい、父の気に入るようにして、家に置いてもらって、食べさせてもらわなければならない、というまるで捕虜のような生活になっていたのです。

まさに、これがストックホルムシンドロームのようなものだったのだと思います。北朝鮮状態です。

それで、父との間に、暖かい人間的な感情が湧かなかったものと思われます。
そして、むしろ、本音の所ではものすごい父への嫌悪感と、憎しみと怒りが溜まっていたものと思われます。そして、それがひどくなって、その自分を押さえつけていたので、自分の中のものすごい怒り(殺意に匹敵するくらい強い怒りと憎しみ)を感じることが怖いので、それが恐怖になっていたものと思われます。

ともかく、ありのままの、嘘のない自分と相手との間で、人間関係の基礎を習うべはずの生まれた家庭の中で、自己愛性人格障害(診断されていませんが)の親に徹底的に自分を否定されたために、本来の人間関係の基礎を習得することができなかったのだ、と分かったのです。

それは、愛と親密さに基づく人間関係であり、自分を偽らなくてもいい人間関係の基礎をそこで習うはずだったのが、習えなかったのだ、と分かったのです。

そこで、自我が分裂して、自分で自分を偽るようになってしまったことが分かったのです。
それには、父の影響もものすごくあったことが改めて分かったのです。
何故なら、父に対しても幻想を抱いていて、父は良い父であって欲しい、父は私を愛していると信じたい、という子供の幻想があったために、本当の父の姿(欠点)に目をつぶって、父をそのまま認めて、逆に自分が間違っている、という風に、本来の自分の感情にうそをついていたからだ、と分かったのです。

それは本当にひどいことです。自分の本当の感情ではなく、父の感情が正しいのだ、と思わされて、父が私の人格の中に入り込んでしまって、父が私の身体を動かすようになっていたからです。

そう、父の感情によって、私の感情のコントロールがされていたことになります。
だから、私の身体の自律神経が参ってしまったのだと思います。
あまりに、自分の本来の身体の反応を抑えて、父に合わせていたから、自分で自分の身体さえもコントロールできなくなったのだと思います。自律神経がくるってしまったのです。

だんだんと、そのからくりが分かってきたのです。



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幼児期の父からの影響の大きさが判明 [トラウマからの開放]

こんばんは

今晩は二度目の投稿ですが、先ほどの投稿で書いた通り、ともかく、誘導瞑想でどんどんと左側に入って行っているのですが、それに対してそれを阻んでいるのが、幼児期にいつも私に対して批判的な態度で起こっていた父が出て来て私を批判しているイメージなのです。

そして、身体の左側の筋肉の中に住んでいるみたいに、すごい力で私を押さえつけて左に行かせまいとしているのです。

に父から怒られたときの嫌な感じがその時のままの感じで出てくるようです。

また、その父の怒った態度が伝えるメッセージは、常に「お前であるな」という私の人格そのものを否定しているメッセージなのです。父の怒った態度、批判的な態度は、私が私であることを全否定して、父は私が私であることを絶対に許さないぞ、というメッセージなのです。

これは、私が生きていてはいけない、というメッセージです。
だから、幼児期に私は父に対して自分を殺していい子になっていた、という記憶があるのは、そういう傷つけられたことによって、そうなったのだ、ということが分かります。

その父のメッセージのあまりの強さに驚くばかりです。

そして、私がありのままであろうとするときに、父がそれを怒って、私を全否定して、絶対に許さないという態度で臨んでいることは、私にとってはとても耐えることのできない現実として感じられていたようです。

それで、それ以降の私の父に対する意識とか、感覚とか、感情とか、意志とか、すべてが変わってしまったものと思われます。総てがウソになったのです。

そういう、私の本来の自分と父のそれを否定する態度がこんなにも、無意識に根付いているということは、私と父との関係が無意識の深いところで本当に異常であったということが分かります。

ともかく、父との関係は私にとってはウソっぽく、関係がなかったのですが、自分であるな、と否定されて、正常な関係が持てるはずがありませんから、それが根本になっていたのだ、と分かってきたのです。

そして、その根本のところが今、無意識から浮上してきているのだと思います。

だから、父との関係は最初から持てなかったのです。育つ土壌がなかったということが分かってきました。

父との関係が、非常に異常であった、ということを認めることが必要だということなのです。
あまりに幼い頃のことなので、本当に訳が分からず、苦しんでいたのです。

それが、分かってきたので、ともかくひどい父の態度が根底にあったことがはっきりと分かって来て、父との関係がおかしかったのは、私のせいではない、ということを根本的に叩き込んで、ともかく、私の記憶の中に染みついている、私を否定する父との対決をしてその父を突き破っていくことが必要なのだと分かってきました。

それにしても、左に行けば行くほど、その私に対抗する父のすごい怒りが左側から出て来てそれを止めようとしているのですごく大変なのですが、その抵抗があるために苦しいのでその抵抗を解消していくしかないのだと思います。すごく苦しいし、対決するのは嫌だけれど、そうするしかないようです。


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幼児期に親密さを体験しなかったことが問題 [トラウマからの開放]

こんばんは

ティールスワンさんのYouTubeのビデオで非常に参考になったので書き留めたいと思います。

それは、子供のころに親密さを体験しないと、自分の本当の感情を親から受け止めて共感されないことによって、深刻な世界観の分裂が起こるということです。

つまり、子供は自分の感情を、誰か自分以外の人(通常は親)から認められて、共感される、つまり、自分の感じていることをそのまま反映してもらう(ミラリング、鏡のように映し返される)ことで、自分という意識が芽生えるのだ、ということです。

それは、ダン・シーゲルさんも、ミラーニューロンという話の中で話していたと思いますが、同じことだと思います。

それだけ、子供の感情をそのまま受け止め、共感することが、子供の中の自分という意識が生まれるために必要だということです。

もし、そのミラリングがなくて、無視されたり、あるいは自分の感情に対して批判されたり、拒否されると、子供の中で自分の感情と、親の感情との二つの世界に分裂が起こってしまい、子供は二つの世界で生きるようになってしまう、ということです。つまり、これがいわゆる自我の分裂であり、乖離であり、cognitive dissonance (認知的不協和)が起こる、ということだと思います。

ティールスワンさんのビデオは以下で見られます(英語です)。

https://www.youtube.com/watch?v=6ySslgXITkk

私の中では今、左側のありのままの自分の部分に移行しているのですが、そちらに向かおうとすると、幼児期からずっと怖い顔で私を怒っていた父の批判的な態度と言葉と怒った顔がイメージとして出てきたそれを止めようとするようです。

それだけ、私は父からありのままの自分自身の感情に対して批判的な態度で接されたのかと改めて驚きます。
父は私の小さい頃、私を「枠にはめようとした」と言っていました。
そして、父自身、子供のころから「いい子だった」と言っていましたから、私に対してもいたいけな幼い子供のころから、子供らしさを許されないで、批判的な言葉と態度で私を枠にはめようとして、私は自分をありのままに感じることができず、父の強制的な権力主義によって、徹底していい子にさせられたものと思われます。

こんなにも父の怒った態度と顔と批判的な声が残っているのは驚くべきです。

そのために、左側の子どもの部分と言うか本来の自分の感情のところで、「自分はダメだ」という否定的な自己イメージに陥って、自分が弱くなって存在しなくなったものと思われます。

さらに、その上に母からも見捨てられていたため、私の左側のハートチャクラにある私自身の感情が、親密さを幼児期に体験して味わうことができなかったものと思われます。

それは私が幼児期に切実に求めていたのに、味わうことができず、何度も挫折させられ、失望されられていたものと思われます。
それで、最後にもう求めることをあきらめたものと思われます。
そして、それを求めないでいい子になって親に気に入られるように自分を右向きに変えて、親子役割逆転したものと思われます。

幼児期に親密さを体験できないということは、親の暖かさや親の保護を感じられなかった、ということであり、それによって、自分と言うものさえも失ったということです。

とにかく、ひどい話です。
それでも、何とかその左側にある自分を掘り起こして、父の怒った顔と態度を突き破って自分に到達して、その自分に対して優しく接して、自分にコンパッション(同情、共感)していくことが何より大切なのだと思います。

これまで、取り入れた父のために、あまりに自分に対して批判的な態度で接して、父のイメージを取り入れて自分で自分を批判していたのだと思われます。

とにかく、その古い親の呪縛を解いて、自分にコンパッションをもち、自分に優しくなることが一番大切なことだと思います。

それにはやはり、誘導瞑想なのか。。。



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自分の本来のエネルギーが左側の下から出てきているのかも。。。 [トラウマからの開放]

おはようございます

昨日はクリスマスでしたね。
そして月曜日でした。

私は先週は土曜日の朝まで仕事をしていたため、昨日は午後から町営の温泉に行ってきました。
そこで、最近であった人がいて、何故かなれなれしくされるのですが、その態度に違和感があり、
それでも押しが強いので受け入れていたのですが、どうも、私のその何でも受け入れる態度にも問題があるのではないか、という気になってきました。なので、今後は気を付けて、境界線を設けて、被害に遭う前に避けた方がいいのではないか、と言う気になってきました。
というのも、その人は先に私をイベントに誘っておいて、自分の都合で自分は行かれなくなったのに、私に連絡をしてこなくて、前の日に私が連絡すると、急用ができたので行かれなくなった、と返事があり、ともかく、そういう人だったのか、と思い、今後は気を付けないといけない、と思ったのです。

それで、昨日たまたま町営温泉で出逢ったので、どんな急用があったのか聞いてみると、自分の都合で娘の誘いに乗って温泉に行っていた、と言うのです。しかし、私が連絡するまで何も言ってこなかったので、そういうことなら、急用ではないし、こちらとしてはもっと早く連絡してほしかった、と思ったのです。

しかも、自分の都合で私との約束を変更したことについて全く謝ることもなく、自分が温泉で娘とどんなに楽しい時を過ごしたか、という自慢を延々とするのです。

そして、その後も、その町営温泉でお湯につかりながら話したのですが、余りに自分がすごいというような発言が多くて、辟易したのですが、私はどうしても、相手に合わせる癖がついているようなので、その人も調子に乗っていろいろしゃべっていたのです。しかも、私の状況について、色々ああでもないこうでもない、と判断して、周りにいる人に勝手にしゃべるのです。どうも、彼女は自己愛性人格なのかもしれない、と思いました。

その時は表面上は嫌な顔もせず彼女に合わせていたのですが、私の深いところでは傷ついていて、でもそれをこれまでの癖で隠していたのかもしれません。

というのも、その後で、昨晩から今朝にかけて彼女の態度が気になてとても嫌な気分になってきて、彼女を避けたい、と言う気になってきたからです。
少なくとも、今の私の状況では彼女はおよび出ないかな、と。
勝手に私の人物判断をされて、しかも周りの人にペラペラ私のことを判断してしゃべるし、自分のことは自慢話ばかり出して、私は彼女には本心で話すことができないと思ったので、この人は避けた方がいいのではないか、と思いました。私が無理に合わせて付き合うほどのこともないかな、と。

ともかく、そういう風な反応が私の中から出てきているということは、これまでとは違って、私の中眠っていた、そして無意識だった子供の部分、つまり人格の中心の部分が目を覚ましてきているのではないか、と言う感じがするのです。

昨日も、町営温泉で人と接してから帰った後に気付いたのですが、私のその中核の部分は、すごく自分に対してマイナスな感情を持っていて、「自分はダメだ」「自分は価値のないダメな存在だ」という非常に自分に対して否定的な感情があって、マイナスのセルフイメージなのです。

おそらく、幼児期の親からのマイナスメッセージを受けて落ち込んでいる子供の部分がその時のままで意識に浮上しているのではないか、と思います。

なので、そのマイナスの弱い自分のイメージからそれを健全なセルフイメージにして肯定的なセルフイメージに変えることが必要かな、と思います。

また、そういうセルフイメージが浮上するとともに、かつてある人が「自分は子供の時に問題児だった」と言い、そして、ある時、やはり自分は「悪い子だ、」と思った、と話したことがあり、また、その人が自分の問題を曝したことがあったことを思い出したのです。

そして、その人がその時に話した気持ちが今、やっと少しだけ分かったような感じがしたのです。
私はそういうマイナスのセルフイメージをあってはならないものとして、押し込めていたように思います。だから、そういうマイナスのセルフイメージが無意識だったので、それを変えることが難し型のだと思います。

で、やっとその本当の自分のところで非常にマイナスのイメージの弱い自分がいて、それが親(父親)から怒られてその親を取り入れて非常に自分に対して批判的になっている(親のイメージがそうしている)ことが分かってきたので、さらにその批判的な親を小さくして、その下にいる「自分はダメだ」と思っている子供の時の自分の感覚を呼び覚まして、変えて行くことが必要だと思ったのです。

そのために、ますます自己認識をするビデオを見て、やはり、変わるには今のところ、誘導瞑想が一番効果的かな、と思っています。

そして、下にいる子供の部分の自分が強くなってきたら、外に出て人と接したり社会に出て行って、そこでまた色々学べるようになるかな、と思っています。

それまでは、自分をあまり周りに惑わされず、隔離して育てることを第一にした方がいいかな、と思います。







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幼児期の情緒的なニーズが満たされなかった子供の記憶が浮上 [トラウマからの開放]

おはようございます。

昨晩はまたまた大変な無意識の動きがあり、ほとんど朝まで眠ることができませんでした。
朝方少し眠ったようなので、今何とか起きて普通にしています。。

ともかく、昨日は時間があったので、午後とそれから夜眠る前にも誘導瞑想をずっとしていました。
そして、誘導瞑想をした後、夜寝床につく前にものすごい怒りが母に対して出てきたのです。
そして、再びバラを切られた怒りとともに、これまで私の大事なものを私の許可なく勝手に母が捨てたことに対しての怒りが出てきたのです。それはものすごい怒りで、これまで出てこれなかったものが出てきているようでした。

そして寝床についてからは、母だけでなく父に対してもものすごい怒りがでてきて、これまで子供の部分で抑圧していた自分の自我を侵害されていたことへの怒りが火山のように噴出していたようでした。
世の中で、よく思春期の子供などが両親を殺してしまったりする事件がありますが、まさにそういう気持ちになるのが分かるようなそんな怒りと憎しみの固まりが出てきたのです。

ともかく、その怒りをずっと感じて、そしてその感情を出していたのですが、そうしているうちに、今度は幼児期の記憶が浮上したのです。それは、幼児期に私が親に対して求めていた自分の感情に共感して受け入れて欲しいという欲求が親から無視されて、その欲求が満たされたことがない、という記憶です。

その時の幼児期に感じてたそのままの自分の感情を受け入れて欲しいのに受け入れてもらえない状態の欲求不満に陥って苦しんでいる子供の時のそのままの自分が出てきたのです。
その時の記憶がそのまま出てきたのです。
それは幼児期から子供時代にかけて、ずっと私が繰り返し感じて体験していた状態です。

つまり、幼児期の情緒的なニーズが満たされなかったのです。
そして、そのニーズを持つこと自体、親から無視され、拒否され、拒絶されていたので、その自分の感情をそのまま受け入れて、なだめて欲しいという欲求は不満のまま無意識の下に入り込んでいたようです。

つまり、そのニーズは答えられないと、その欲求不満のまま無意識に埋もれてトラウマとして残ってしまうようなのです。

だから、欲求に答えなければそれで済む、というものではないのです。
情緒的なニーズは答えられなければならないのです。

その大切さを理解しない親に育てられたために、私自身が自分の情緒的なニーズを意識できなくなってしまったようです。

つまりその幼児期に求めていた情緒的なニーズにこたえて欲しいという部分が人格の中から欠落してしまい、無意識に押さえつけられてその部分が空洞になってしまっていたのです。

そこに空虚感とか、淋しさとか、虚しさというものが生まれたようです。

それが昨晩その幼児期の満たされなかったニーズの記憶が浮上して、そこにあった空洞が埋められたような感じでした。これまでその満たされなかったニーズが無意識だったためにその子供の部分のニーズに自分で答えることができなかったのだと思います。

ともかく、昨晩はそうしてその記憶が浮上した後も、全く眠られず、無意識がすごく動いていて、いろんな無意識に埋もれていたような記憶が出て来て、小学校時代のこととかも思い出しましたが、さらにその後夢を見て、その夢の中で私を愛そうとする人が現れたにもかかわらず、その人が非常にケチであることが判明してがっくりしたところで、それと同時にどん底に突き落とされた感じになって目が覚めて、そうしたら、身体が完全にしびれて動かないくらいにマヒしていたのです。

この身体全体がマヒして動かない感じは、時々なりますが、恐らくこれまで仮死状態だった子供の部分が意識に登って来て生き返ろうとしているのかな、と思います。

ともかく、昨晩は本当にひどい状態で、誘導瞑想を続けていてよいのか、いけないのではないか、と思うほどでしたが、でも、おそらくそういう風に私の場合は自分がマヒしている状態が重篤なので、それを生き返らせるのも、それくらい大変なのではないか、と思います。

無意識を意識化するのだから大変だし、自分が埋もれていたのを掘り起こすのだから、それも楽にできるものではないのだろうと思います。



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子供(幼児)はじゃまだという扱い(思い)を刷り込まれていたことが判明 [トラウマからの開放]

こんばんは

今朝の目覚めにも、新たな気づきがあったのですが、なかなかその気づきを言葉にして表すのが難しいために、ブログにそれを書くのが億劫になるのですが、それでも自分の感じていることを言葉で表す努力をするのも、自分の中の感じていることを表現する練習になるかと思いますので、思いつくことを書いてみたいと思います。

今朝の目覚めに気付いたことは、私の父と母の家で私が幼児期に育てられたころの家の中の雰囲気というものが、小さい子供はじゃまだ、と言う雰囲気で、しょっちゅう父からも母からも仕事のじゃまをするな、と言う風に追い払われて邪魔者扱いされていたことです。父も母も家で商売をしていたのですが、その中で子供である私は、お客さんよりも常に後回しにされて、自分は邪魔者だという扱いを受けていたことです。

それと関連して、今朝の目覚めで出てきたことは、昨年の年末に実家に帰ったときに母と話していて花の言葉に引っかかったのですが、それは、母が本当は孫の世話をしたくなかったのに、父から無理やり孫の世話をするように押し付けられた、と言うようなことを言ったのです。商売をしているために、弟と弟の嫁さんは、父と一緒に、街中にある店に出て働かなければならないので、孫の世話は母の役割になったわけです。でも、母は本当は嫌だった、と言うようなことを、唐突に、脈略もなく口にしたのです。

それで、私は本当に母の考えていることは理解できないし、母の行動は不可解で理解できないことが多いのですが、なぜ突然に脈略もなくそういうこと言ったのか、分からなかったのです。
それが、今朝の目覚めの時に、結局私の幼児期に感じていたことと重なったのです。
つまり、父は小さな子供を仕事のじゃまとしてみていて、その邪魔者の世話は母に任せる、という考えなのだ、ということです。

それで、私は自分の意識のさらに裏側に、邪魔者として扱われていた幼児期の自分の心があることに気付いたのです。
そして、母からも邪魔者として扱われていたのだということです。というか、母には子供の扱い方が分からなかったのです。自分も子供のままだからです。

ともかく、私の意識の裏側、つまり体の左側の背中の後ろの方に、その邪魔者にされた子供の部分がいることが分かったのです。

昨日の午後にものすごい咳が出たときに実際に息を吹き返したものと思われます。意識に登ってきているのだと思います。その子供の部分は、自分は親からじゃまにされ、出て行くことを許されず、親の仕事のじゃまになるから引っ込んでいなければならない、と思い込んでいて、存在することも許されなし、自分が価値のある大事な存在であり、自分も価値を生み出すことのできる存在なのだ、とは思えなくて、自分は何の価値もない、存在することさえできない、嫌われた存在なのだ、と思い込んで小さくなっているようなのです。

それで、これまでは意識にさえ登らなかったのです。

しかし、今、誘導瞑想をしていると、ますます左の肩の裏の方にエネルギーが入って行って左の肩の下の腕の皮膚のうえが今度はヒリヒリしているのです。
それはどういう理由か分かりませんが、ともかく、記憶は体の中に残っているのは間違いないようです。

ともかく、幼児期のいろんな記憶が体の中から、特に左側の方から脊中にかけて出てきているようです。左の身体の中に本当に赤ん坊のころからの記憶として、自分を押し込めて、落ち込ませるような力が働いているようです。

そこに、愛のエネルギーを送ることが必要なのだと思います。









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誘導瞑想中にまたすごい咳が出ていました [トラウマからの開放]

こんばんは

午後から誘導瞑想をしていたのですが、すごくまた身体の左側の筋肉が突っ張られて痛くなっていました。誘導瞑想をしながらうつらうつらしていたのですが、またまた以前のようにすごい咳が立て続けに出てきました。

おそらく、ハートチャクラとか、喉のチャクラが詰まっていたのが解放され用としているのかな、と思います。
ともかく、親からされてたのと同じように、自分が親を取り入れて自分の中のインナーチャイルドを出てこないように管理して、ありのままであることを許さないで、ひどい目に合わせていたものと思われます。

親からされたひどい仕打ちを、親を取り入れて自分のチャイルドにひどい目に合わせていたのです。

本当に幼児期に親からされたひどい仕打ちの記憶が体の中に残っていて、それがいまだに親にされた通りに自分にし続けているのだと思いますが、本当にひどい話だと思います。

下の方からその虐げられていた自分が息を吹き返しているのかもしれません。

だから、凄い咳が出て来て、息を吹き返しているのかもしれません。


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母から私は自分を持つことを拒否されていたことが判明 [トラウマからの開放]

おはようございます

今朝の目覚めにも出て来て、先ほど、誘導瞑想を30分ほどして、また出てきたのですが、それは、生まれてこの方現在に至るまで、母は私が自分を育てようとすして出てくる芽をことごとくつぶしてきた、ということです。

今朝の目覚めにまず気が付いたのは、母がこれまでずっと今に至るまで、私の持ち物を勝手に捨てていることです。そしてそのことについて私は一切知らされず、気付いても、「捨てたのか。仕方がない。」と言う風にあきらめさせられていたことです。

それについて、不満を持つことは会っても捨てたものは仕方がない、取り返しもつかない、ということで、諦めていたのです。

しかし、今朝の目覚めに気付いたことは、それが本当はいかに私を傷つけていたか、そして私の個人としての人権をいかに損害する者であったか、そして私の自分意識がいかにそれによって育たなくされていたか、ということです。

また、それによって、母から自分が分離できなくされていた、というこことです。
私が自分を主張して母に抗議しても、母はそれに対して気分を害して、自分が傷つけられた、と言う風にそして、私がおこったことに対してまるで私が悪い人間で、母に対して残酷な人間であるかのような扱いをされるのです。

だから、私は自分が母にされて嫌なこと、自分の個人の権利を侵害されても、自己主張することがいけないことのように思いこまされていたのです。そして、自分を責める母の声に自分を殺されて、自分はほとんど意識に登らないようになっていたのです。

母が勝手に捨てたものはすべて私にとっては大事なものだったのです。
そして、その大事なものは私の人生に幸せをもたらしてくれるものなのです。
そしていつまでも大事に取っておきたかったものであり、捨てるにしても自分の意志で決定して管理したいものだったのです。

つまり、私は自己管理の楽しさを母から奪われていたのです。
母は勝手に私を管理していたのです。だから、私は自分の意志と言うものを育てることができなくされていたのです。

まさに、この前の、私の育てているバラを勝手に殺されたのと同じことです。
つまり、母のそばにいたら絶対に私は自分の大事なものを育てることができない、ということであり、私は自分で自己管理をする楽しさや、自分の人生を作る楽しさ、そういう喜びを持つことができない、ということです。

母は私が幸せになって欲しい、と口では言っていても、行動では、私の幸せになるチャンスを勝手に奪っているのです。

母は私に乗っかって生きていたのが分かってきました。
ともかく、それが分かって来て、これまで子供のころからいかに母から私の喜びを奪われていたか、そして、それを抗議することもできず、もし、抗議したら、私が母を責める悪い子だ、と言われるか、あるいは、母が怒るか悲しむか、いずれかなので、私は母とは別の自分の感情を持つことができなかったので、そのことによっていかに本来の自分が傷ついているか、が分かってきたのです。

そのために、誘導瞑想をしていると、その痛みがものすごく出てくるので、耐えられないほどの痛みになるのです。
だから、その痛みを味わうのはものすごくつらいので、それを感じることを避けて、本当のことを見ないようにしていたものと思われます。

つまり、母はものすごく信じられないくらいに痛い母だったのです。

母が「痛い」とは本当にひどいことで、実際に自分がどんなに母から痛い目にあわされて傷つけられていたか、どんなに母が自己愛性人格障害のひどい人だったか、が分かってきたのです。

特に長女の私に対して母は自分の母親を投影して怒りをぶつけていたのかもしれません。

そのことによってどれほど、私が傷つけられていたか、そして自分を持つことができないことでどんなに痛い目に合ったか、分かってきたのです。


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今朝の目覚めに子供のころから母から受けた仕打ちが左の肩にのしかかってことが判明 [トラウマからの開放]

おはようございます。

今朝の目覚めには、子供のころからずっと母から受けていた自分を押さえつける力というか、否定的な母の態度によって、自分が押さえつけられていたことが、身体の左の肩の上にものすごくのしかかっていて、その左の部分の下の方にいるはずのハートチャクラの部分の子どもの部分が完全にものすごい力で押さえつけられていたことが出てきました。

その力はものすごく強くて、上からものすごい力で押さえつけていて、それと同時に、子供のころから母に拒否され、バカにされ、見下され、罵声を浴びせられ、価値を否定され、存在を否定され、完全に人格を否定されていた記憶が出てきたのです。

それはものすごい毒の感情であり、母のカルマが全部私の上ののしかっかて私を支配しようとしていたことが分かったのです。

そうです、その母のそういう自分の悲しみや辛さを私にぶつけることによって、つまりそれを子供である私のせいにすることによって、自分のやりたい放題、自分勝手にふるまって、それを私に受入れさせて、そのうえで、子供の私に愛情を渡さないことによって、私を愛情乞食にして、私を支配していたのです。

そのからくりがやっと私の子どもの部分が少しずつ意識化されることでわかってきたのです。

それは体の中に実際の押さえつける力として働いているのです。
そこに、母からひどくさげすまれ、バカにされ、冷たくあしらわれた記憶が閉じ込められているようです。
しかも、母はそれを自分で否定しているので、それを指摘されることに耐えられないので、子供の私は自分の感じていることを表現することさえできず、母が実際にそういうひどい態度をしていて、私が傷ついていることを私自身が自分に隠さなければならず、自分で自分にうそをついて、母のしていることはそんなに悪いことではない、当たり前のことなので、自分が我慢しなければならないし、自分が我慢して母を喜ばせなければならない、という奴隷のような立場に置かれていたのです。

それでも、母をかばって、母のために尽くしていたのです。
信じられないくらいに、ひどい状態に置かれていたことが分かってきたのです。

母がそんなにひどい人だと信じたくない、という子供心がそうさせていただろうし、子供のころに感じていた感情が全て引っ込んでいたので、それがどんなにひどく傷つけられるものだったかが、記憶から消えていたものと思われます。

しかし、体の中にはその記憶が残っていたのです。

すべて、体の中に記憶されているのです。
まさに、色々な本で言われている通りです。

ともかく、左側にものすごく自分を押さえつける力が働いていたことが分かってきました。
そうやって、左側の身体全体がマヒしたものと思われます。

ともかく、さらに左側の自分の子どもの部分にエネルギーを送って、自分がその子供に対して、母から浴びせられた、お前は価値がない、と言うメッセージを180度転換する、あなたは大切な価値のある愛するべき存在なのだ、と言うメッセージを与え続けて行くことが必要なのだということがますますわかってきたのです。







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