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幸福の科学(大川隆法)って面白いです [ブログ]

おはようございます

今日は、先ほど書いたゆめにっきとは別の話題のことも書いてみたいと思います。

最近色々と意識と科学(物理学、量子力学など、多次元世界)の最先端の研究とか話題を見ていて、興味の赴くままyouTubeなどで見て楽しんでいるのですが、たまたま、幸福の科学に関連する記事を見て、調べたところ、大川隆法のYouTubeが面白かったです。

中でも、アメリカのトランプ大統領について述べていることが非常に興味をそそられました。

アメリカのトランプ大統領の前の過去性が、アメリカ初代大統領のジョージ・ワシントンだというのです。

そして、トランプ大統領は、革命者だ、というのです。

非常に鋭い見識だと思いました。

また、トランプ大統領が中国の台頭を警戒していることについても、台湾やロシアへ政策に出ている、と述べていて、非常に鋭い見方だ、と思いました。

これまで、幸福の科学とか、大川隆法とか、偏見を持っていたのを悔い改めました。

非常に面白いです。






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今朝の目覚め前に見た奇妙な夢 [夢日記]

おはようございます

今朝の目覚め前に見た夢は、変わっていましたが、今、少し気にかかっていること等が出てきた夢でした。

その夢では、私の小学校からの同級生の一人が出てきたのですが、同じ同級生のサークルの中でちょっとその人の動向が不安定なので気になっていたところでした。というのも、それが極端なので、精神状態とか健康状態とか、次第に大丈夫なのかどうか、気になっていたからです。

ともかく、その夢では私の親(母?のような薄い存在)と弟(?はっきりしません。誰でもないような薄い存在)が家業を営んでいるようです。そこに件の同級生のお父さんがラーメン屋のような麺類の食堂の料理人のような仕事をしていて、そのお父さんが、私の実家の家業の事業所の中で昼食とかのラーメンを作る仕事を始めることになった、というようなことでした。

それで、ある意味では私の実家の家業で、その同級生のお父さん(ひいてはその同級生)の商売を助ける、というような構図になったような印象でした。

それが決まった後で、私はその同級生に会うのですが、その時に私がそのことをその同級生に告げると、その同級生はお父さんがそういう職業をしていることは事実だ、というのです。そして、私にその同級生のお父さんが私の実家の家業をする他に、私の実家の母や弟の住んでいる家に、その同級生のお父さんも引っ越してきて一緒に住めるようにしてもらえないか、というようなことを言われたのです

それで、私は、非常に図々しい考えだなあ、と思って、辟易している、というようなことでした。

それだけの夢なのですが、なぜそのような夢を見たのか、まったくわかりません。
ただ、その同級生のことが気になって心配していたのでそういう夢を見たのかもしれませんが、そういう関係性で夢に出てくるというのは全く思いがけないことですね。

何故?と考えてみるに、私はその同級生が私の心の中に入ってこようとしているのを感じて、、、図々しい、と思っているのかもしれません。私はそれに抵抗しているのかもしれませんね。

何となくそういうのを感じていて、警戒するように、という警告の夢かも知れません。



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情緒的近親相姦&親化(親子役割逆転)、そして昨晩の夢 [トラウマからの開放]

おはようございます!

昨日の目覚め前にも夢を見て、さらに昨日は、YouTubeで新しい言葉を見つけましたので、ブログに書こうと思っていたのですが、力が湧かなかったので、書かなかったのですが、昨晩(今朝の目覚め前)もまた夢を見たので、今日まとめて書くことにします。

まず、昨日の目覚め前に見た夢ですが、もう一日前の夢なのでかなり忘れてしまいましたが、代替のところを書きますと、過去において私と関わりのあった二人の男性が出て来て、私はその人たちと一緒にバスのような、バンのような自動車に乗って移動をしています。そこには、私がお世話をしているか何かのお手伝いをしている別の人物(外国人かも知れない)がいて、その人に対してその私と過去においてかかわりのあった男性二人が自分の仕事を手伝ってほしい、みたいなことを売り込んでいるようです。

つまり、その私と過去においてかかわりのあった男性二人はそれぞれ会社を経営しているようです。(夢の中の話です)そして、その二人は私がお手伝いをしている外国人(のような人)に自分の会社の仕事の手伝いをしてほしくて自分の会社でしている事業の売り込みをしているのです。

その外国人は二人の話を聞いて、ある一人の人の方に多少の興味を持っていて、もう一人の方にはあまり興味を持っていないようです。それで、興味を持たれていないほうの人はうなだれている、みたいな感じの夢でした。

何故、このような夢を見たのか、と考えるに、まあそういう記憶がよみがえってきているのかな、と思います。

そして、その後昨日も、YouTubeを見ていたら、emotional incest という言葉がタイトルの中に含まれている動画が関連動画のなかにあったのです。私は今、だいぶん深いところまで記憶が戻って来ているのですが、幼児期の父親との関係がまだどうしても謎だったのですが、その言葉に、ピンと来たので見てみました。

というのも、私は父親との幼児期の関係の中でどうしても、近親相姦的なニュアンスを感じていたからです。肉体的な直接的な意味でのそれではないのですが、情緒的近親相姦、というのは私の感じていた父との関係をピタリと言い当てている概念のような気がしたのです。

そしたら、まさに私の中の謎を解く言葉だったようです。その言葉が出てくるビデオはいくつかありました。そして、その言葉と関連付けられるもう一つの言葉が出てきたのですが、それは、Parentificationとか、parentified child という言葉です。それは、子供が親にさせられた、という意味です。つまり、幼い子供が親の要求とか欲求に応えさせられる、ということで、親子の立場が逆転しているという状態です。

だから、子どもの親化ということらしいです。
情緒的近親相姦、そして、親化させられた子供、これは同じことのようです。
近親相姦は、直接的な意味では親の性的な欲求を子供によって強制的に満たすことですが、情緒的近親相姦は、親の情緒的な欲求を子供に求めて強制的に親の欲求を子供によって満たすことだということです。

どちらの場合も、子供は親の欲求を満たす道具にされるということです。
そのような子供は、普通の子供時代を送ることができなくなるのです。

そして、子供は親化する(させられる)のです。

これで納得がいきました。
幼児期の私の父との関係はまさにこれだったのだ、と分かったのです。
やっと納得がいきました。
だから、私は幼児期のときにこどもとして生きることができなかったし、常に親に焦点を当てて親の情緒的な欲求にこたえることが自分の役割だと思わされていたのです。そして、それが良い子として親にそのような役割を果たすよう強制され、洗脳されていたのです。それが特に父親からの洗脳が私の場合は強かったものと思われます。生まれてからすぐにそのように洗脳されたものと思われます。

なので、北朝鮮状態で、私の場合は特に、父親がナルシストだったのにその父のナルシズムを支援して、協力して、強化するための道具にされていたようです(まるで、北朝鮮です)。
そして、父の絶対権威を脅かしたり、父に反抗することは絶対に悪であり、そういう風に振る舞ったり考えたりする自分の心は絶対あってはならない悪である、として駆逐されていたものと思われます。
そして、父親の癇癪に耐えて、父の感情の赴くままにされるがままにされていないと生きて行かれないという、そして、父親から愛情を求められればなされるがままにしていないと機嫌を悪くされるので、とにかく、自分は父親の道具になるしかなかった、ということらしいです。

それで、自分というものは、マヒしてしまい、仮死状態にならざるを得なかった、ということらしいです。その二つの言葉と概念が出て来て、凄く納得して、次のステップに進まれそうに思いました。
父との関係はあまりに幼い時の出来事なので謎だらけだったのですが、やっとそのからくりが分かりそうになってきました。この二つの言葉がキーワードになりそうです。

あと、今朝の目覚め前に見た夢ですが、それは、一昨日(というか、前回、ブログに書いた夢)に見た夢に類似したもののようです。

というのも、今回の夢では私がまた、どこかに遠足のような感じで出かけていて、そのときに赤い手提げバッグを持っているのですが、いろいろ歩いて2~3人で途中、トイレによったりしながらどこかの町や平野を渡って、駅かどこかにたどり着くのですが、気が付いたら持っていたはずの赤いバッグが見当たらないのです。

どこかに置き忘れたらしいのですが、考えてみると、さっきトイレによったときにそこに置き忘れたのではないか、と思って、そこまで引き返すのです。
その辺で夢は終わったようです。

そのときも、持っていたはずの赤いバッグがなくなっていて、どこかに置き忘れたらしい、ということで焦ってしまう、という夢なので、前回に見たのと同じように、どこかに持ち物を置き忘れたらしい、という気づいたらなくなっている、それで、元来た道を引き返して探しに行く、という同じテーマだと思います。

考えてみるに、恐らく、私の過去に置いて私の持っていたはずの何かをどこかにおいてきてしまった、というテーマが無意識の中に浮上してきているらしいです。

なにか、自分の中の色々な大事なものを過去に置き忘れているらしいです。それを必死で取り戻そうとしているのだ、という無意識からのメッセージかも知れません。




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妹が生まれたことの影響が大きかったことが無意識から浮上しました [トラウマからの開放]

こんばんは

今朝の記事を書いたあとで、誘導瞑想をしていたらその最中にすごいことが意識に浮上して、ものすごくつらくなり悲しくて思いっきり泣いてしまい、その影響が今日一日あとを引いているようで、悲しくボーっとした気持ちが続いています。

今朝記事を書いたことがもうずっと昔のことのようです。

今朝の記事では、自分の持ち物(鍵だったり、セーターだったり)をうっかりなくして必死で探し物をしている夢をみて、それが赤ん坊の時に母親を探して求めて苦しんでいた感情に共通していることを思い起こさせた、と書いていたのですが・・・

それで、何となく、妹に対する無意識の抵抗が外れたようです。そして、フェイスブックのつながりから、妹の子どもたちや、その子供たちの現在の様子を何となく覗いてみたのです。
これまでは、なぜかそうすることに抵抗があり、私の無意識の中で見ないようにさせる力が働いていたようです。それがとれてきたのです。

そして、その様子を見ているうちに私の中で私の内側にいるチャイルドの部分がとても傷ついて行ったのです。というか、私の中で空っぽの部分は、妹に全て持っていかれたような感じがしたのです。
つまり、私の中で空っぽにされた親からの愛情は、すべて妹には与えられていたのだ、という
感じで、嫉妬のような感情と共に、自分はその部分が空っぽで、自分はそれをすべて我慢させられて、全てそれを妹に譲るように、親から強制されたのだ、という感じが浮上したのです。

私は親に愛されたい、という感情をすべて我慢させられて、それを妹にすべて提供するように父によって強制されたのです。

父がこら、と言って私に怒っていたのは、私が妹と母のところに行こうとしたときに父がそれを怒って私が行かないようにさせられていたのだということが分かってきたのです。

おそらく、妹がのどに障害を持って生まれてきたので、私は一才だったにもかかわらず、母と妹に近寄ることを父から禁じられたのだと思います。

ともかく、そうして私は一才の時に自分の甘えたい欲求をすべて我慢させられて、妹に提供せざるを得ないような状況に置かれていたことが分かってきたのです(思い出したのです)。

そして、これまでは母と父との関係しか無意識から浮上していなかったのですが、もっと大きな視点からみると、私が一才のときに妹がのどに障害を持って生まれてきたことが、突然に私が家族の蚊帳の外に置かれることになった原因を創り出していたことが分かってきたのです。

心の病を理解するには、父と母だけでなく、兄弟姉妹の存在も大きな影響を及ぼすことが初めて意識に浮上したのです。ブロックが外れて意識がさらに拡大して、より大きな絵が見えるようになったのかもしれません。家族関係のダイナミックに気付いてきたのです。

それに気づいたら、私が一才のときにどんなに過酷な環境に置かれていたか、ということが始めて分かってきたのです。そして私は一才のときに、妹がのどに障害を持って生まれたことで、親から心理的に捨てられたことが分かったのです。少なくとも私の心の中では捨てられた、と思ったのです。

そして、元々自己愛的な親なので、そんな小さな私の心を思いやることのできない親なのですから、なおさららのこと、見捨てられた感じを強く持ったものと思われます。

そして、それに気づいたら、私の中の子どもの部分は、本当に親から自分が見捨てられずにいること自体が奇跡のように感じて、自分は見捨てられて当然なのに、親の情けで捨てられずにいる、というような状態だった、少なくとも私はそう感じていたことが分かったのです。

妹が生まれて、親は妹に対して私を疎外し、つまり、父と母と妹がいてその蚊帳の外に置かれた私が、自分が家族の一員だという実感を持つことはできなかったようです。そういう事情もあって、私は自分がこの家族の一員だという感情を持つことができなくなったようです。
その時に、恨みができてしまったのかもしれません。

ともかく、それに気づいたら、妹や妹の子どもたちに対するすごい恨みのような、怒りのようなものが噴出してきたのです。これまでそういう感情は出てきたことがなかったのですが。。

それは、妹は私にとっては聖域であり、決して犯してはいけない領域だとして理解していたからです。しかし、そのこと自体、その幼い時の親から押し付けられた洗脳によって条件づけられた結果であって、私の本来の子どもの部分の感情は隅に追いやられて、いい子を演じさせられて、いい子の自分が自分だと思わされていただけだったことに気付いたのです。

そして、自分は何と、いい子であることがベストの美徳であると思わされていたことか、ということが分かったのです。しかし、それは親が自分たちの都合を私に押し付けて、私は親から洗脳されて、親の都合のいいようにされていただけだった、ということが分かったのです。

ともかく、本当は私の子どもの部分の本音の部分は、出てこないように隅に追いやられ、親から拒絶され、父から怖い顔で怒られて、決して妹の前で自分の甘えを出すことが許されない、という状態に置かれてしまったのです。そして妹の前では私は決して自分の欲求を出さず、良いお姉さんであることを強要されて、淋しくてもじっと我慢することが当たり前とさせられたのです。

だから私の本当の気持ちは出せなくなってしまったのです。そして、自分を出すことは恥ずかしいことだ、という感情を持つようになってしまったのです。
そこから、自分の思っている本音を出せない、という状態が作られていったものと思われます。

それは本当に悲しく、つらいものだったようです。その自分の本音が分かって、そういう風に親から仕向けられ、本当の自分が拒絶されて、自分で作った偽の良い子の自分が親から受け入れられて、そういう自我が形成されていったのです。しかし、本音の自分が出てきたらあまりにひどい仕打ちを受けていたことが分かって、ものすごい辛い気持ちが出てきたのです。

そして、その我慢させられた自分に対し、妹は両親から心配され、愛情を注がれたものと思われます。
その間、私はずっと自分の甘えたい欲求をすべて妹に捧げていたものと思われます。いい子として。
その結果が、現在の現実に表れているのだ、と思ったのです。

しかし、その後で、ものすごい怒りが妹とその子供たちに対して出てきたのですが、その感情が出てきたことは良かったと思ったのです。何故なら、その恨みと怒りの感情は無意識の中にあったために現在の私に無意識に影響を及ぼしていたのだと思いますが、それが意識化したらもう無意識に影響を及ぼすことはなくなると思ったからです。

つまり、意識すれば、無意識にあったときのような波動はなくなるからです。

ともかく、そんな障害を持って生まれた妹の存在が私の親との関係や妹との関係性に及ぼしていた影響や、私のメンタルに及ぼしていた影響は、非常にあまりに大きかったにもかかわらず、それを一切、意識していなかったということ自体、驚くべきことです。

それは、影響があまりに大きくて、しかし、幼児の自分としてはそれに対処する能力がないために、つまりその影響の大きさに圧倒されて、処理することができず、すべてその自分の感情と記憶を無意識に追いやったのだ、としか思えません。

それがまさに、トラウマの定義ではないでしょうか。

つまり、一才で妹が障害を持って生まれたこと自体、私にとって大事件であり、それによる環境の変化によって私はトラウマを受けたのだ、ということです。

これまで、そんなにはっきりと分からなかったのですが、今それがはっきり分かったのです。

ともかく、そのトラウマに向き合うことはものすごくつらいことですが、思い返せば、前回、もう8か月前になるのですが、最後にメンタルクリニックへ行ったときにも、母が妹の子どもに対してよくしていることで私の妬み心が出てきたことを話したのを思い出したのです。

その時の先生の反応は、居眠りでしたが。。。
なにか、そこからも私のまだ本当には気づいていなかった妹に対する葛藤が浮上しかけていたのかもしれません。それがいまはっきりと分かってきたのです。根っこが一切の時にあったことが。その時に我慢させられたことが問題だったのです。思いっきり泣いたり駄々をこねたりできなかったことが問題だったのです。あまりにいい子過ぎたのが問題だったのです(いい子にさせられたのです。恐喝によって。まるで北朝鮮のように)。

この部分を癒していかないといけないことが分かってきたのです。













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遺失物を必死で探す夢をみました [トラウマからの開放]

おはようございます!

今朝の目覚めと、昨日の朝の目覚めの前に、立て続けに私が自分の持ち物をどこかに置き忘れて、あるいは落としてしまい、後で気づいてそれを必死で探す夢を見ました。

そして、今朝の目覚めにはそれがどこから来ているか分かってきたように思います。

まず、昨日の朝の目覚めの前に見ていた夢は、私が車のキーをどこかに落とすか忘れるかして、見つからなくなり、必死で探す夢でした。キーをなくしたことに気付いて、焦って探しても見つからないので、周りにいた人にも訴えて、探すのを助けてもらおうとしているようでした。

そして、今朝の目覚めの前に見ていた夢は、私がどこかの町に住んでおり、自転車に乗って駅へ行って駅から電車に乗ってどこかへ行き、帰りに再び駅から自転車で戻ろうとしているのですが、駅で自転車のかごに自分の持ち物特に、青色のセーターのような上着を入れたまま去ってしまい、あとからそれを思い出してそのセーターを取り戻そうとするのですが、見つからなくて焦って探し回って、近くにいた人たちに探すのを助けてもらおうとして色々聞きまわっている、という夢でした。

続けて自分の大事なものを失ってしまい、それを必死になって探し回っている、という夢を見たのです。

そして、今朝の目覚めには、その苦しい状態は、恐らく私が赤ん坊の時に感じていたものだったようだ、ということが分かったのです。そして探しているものは、母親です。あるいは、自分の苦しさを和らげてくれ、苦しい状態から救い出してくれる愛着対象です。
つまり、赤ん坊の時、苦しくて泣いた時に、母が近くにいるにもかかわらず、決して一度も私をあやしに来てくれなかったときのことが思い出されているのだと思います。

そうして、赤ん坊の私が母を求めて泣いたり、淋しかったりして泣いたりしても、母から決して愛情を与えられたり、私の苦しい母を求める気持ちが応えられて穏やかになるようになだめたりされたことが一度もなかったのです。

ともかく、私の母を求める欲求は無視され続けていたのです。
だから、それが重なるにつれて私は母に自分がないても答えてもらえないのだ、という結論を導いてしまい、自分の欲求をもはや素直に母に出すことをしなくなってしまったものと思われます。

つまり、もはや自分の素直な欲求が何なのか、さえ自分の中で感じられなくなってしまい、さらにそれによって、自分というものが感じられなくなってしまい、自発的な感情が意識に登らくななってしまい、その欲求や感情は無意識に追いやられて埋もれてしまったものと思われます。

ここから、母に対する怒りやうっぷんや不満が鬱せきしてしまったものと思われます。

そして、自分という感覚がなくなってしまったのです。
その代わりに、母のこの私の感情や欲求をすべて無視するというひどい仕打ちへの怒りが無意識の中で溜まっていったものと思われます。

母は、私の物理的な必要を義務的に満たせばそれでいいと思っていたようで、それさえも、自分はやりたくない、といやいややっていたのではないでしょうか。ともかく、義務感だけなのです。
喜びがなかったのだと思います。
私は邪魔者、よそ者のように扱われていたのだと思います。
だから、私の中で自分の親が本当の親とは思われなく、自分はこの家の子どもだという感じが育たなかったのだと思います。ともかくこの家の子どもであるという自分の境遇を認めたくなかったものと思われます。それで、そういう自分の境遇を受入れられなかったのです。

そういう母の態度から、私の中で母への嫌悪感と、自分の欲求を満たしてくれない母への怒りと、それでも自分の欲求を満たされるために母に甘えなければならないという、母に対するアンビバレンス、つまり葛藤が生まれたものと思われます。

そのアンビバレンスは父に対しても同じようにあったようで、ただ、父に対しては自分が距離を取ってぜったに本音を出さないという方法を選んだようです。私の方で父を拒絶したのです(あまりに石頭の父には絶対に自分の気持ちを分かってもらえず、怖いし、これ以上傷つきたくないため)。

母に対しては、そこで自分の怒りがあまりに大きくて、怒りを抑えることは無理だったようです。
ただし、本当に小さな赤ん坊の時には、そうして自分の気持ちに応えてもらえないことで、一定の諦めに達してしまい、本当の深い気持ちは無意識に行ってしまっていたようです。

その赤ん坊の時に無意識に埋もれさせてしまった自分の中の子どもの部分が苦しい状態のままで埋もれていたのですが、その苦しい状態が意識に浮上してきているようです。それが、この夢になって出てきているようです。

その苦しい状態の中に、私の本来の内側から自然に湧き上がってくる欲求とか、意図とか、自分の意志とか、感情とか、すなわち、おのずと自然に湧き上がる生きるエネルギーが閉じ込められていたのが、そのブロックが取れて来ようとしているのだろうと思います。

だから、苦しいけれど耐えていくことが必要だと思います。
首が左に回らなかったのも、そこにすごいブロックがあったのだと思います。
そしてそのブロックはこういうことだったのです。
父や母によって、ありのままの自分のエネルギーが出てこないようにされていたのです。





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ミラーニューロンが大きく関与していたかもしれません [トラウマからの開放]

おはようございます!

ダン・シーゲルさんがYouTubeビデオで見た中で話していたことで、幼児期に共感性が生まれるうえで、その役割にミラーニューロンが関わっている、と言っていました。

それで、赤ん坊は、お母さんの笑顔を見ることが一番の喜びであり、お母さんの笑顔が見られることは、自分がOKだと受け入られてて、承認されているということを感じられるのだ、というのです。

そしてもし、お母さんが悲しそうな顔をしていたら、赤ちゃんもその顔を見ているうちに泣き出してしまう、というのです。

それは、赤ちゃんの中のミラーニューロンが働いているからであり、そのミラーニューロンが共感性を生み出す源なのだ、ということです。

先ほど、誘導瞑想をしていてまさにそのことが分かってきました。
赤ん坊のころの記憶に戻って、その部分が傷ついている、というか、不在であることが分かってきたのです。

母はほとんど私に笑顔を投げかけることはありません。
いつも目をそらしています。
そして、私の方を見て笑顔を見せることは決してありません。

ともかく、赤ん坊の時には養育者の笑顔が必要なのだ、ということは、赤ん坊の中にミラーミューロンが働いているので、そのミラーニューロンに笑顔を見せて、自分が承認された、という合図が必要なのです。

それが、自分は愛されている、という感情を生み出し、自分はOKだという自己肯定感を生み出すのです。

ミラーニューロンのことをもっと知る必要があるようです。

私が感じるに、幼児期に自分が不安を感じたときに、泣いて父や母にその不安をぶつけて、なだめてもらおうとして安心を求めていると、父と母から「泣くな」とか、嫌な子だ、という拒絶をされて、それが繰り返されることで、私のミラーニューロンにとってそれは耐えられなくなったのだと思います。

何故なら、泣いているから慰めてなだめて欲しいのに、拒絶され、怒られるとなだめられるどころが、ますます悲しくなり、泣きたくなるからであり、そうすると、ますます、泣くなと言って怒られるので、ミラニューロンとしては耐えられないので、むしろ、母や父にミラーニューロンを向けることを一切避けるようになったのだと思います。

つまり、父と母に対して、ミラーニューロンが壁を作って、感じないようにした、つまり、父と母に共感することを一切やめたのだと思います。

ミラーニューロンが選択して、父と母を除外したのだと思います。
ともかく、幼児期の幼児の生理で、すべては生理反応なのです。

そんなことが分かってきました。
私が意識的に意図的に行っているというよりも、生理反応として起こっているのであり、生理化学反応なのです。

だから、いくら頭で、理性で、大人になってから、こうすればいいよ、と言われても変化が起こることはあり得ないのです。
頭で分かっても変われないのはそのためです。

それで、リサが誘導瞑想を癒しの方法として熱心に作って利用している陰に、彼女は、ブルースリプトンの説をベースにしてやっているようです。

ブルースリプトンの言っていることはいまいち、私にはピンとこないのですが、リサさんの誘導瞑想はその辺をカバーしているように思えるのです。

誘導瞑想の中で、幼児期に私が愛されたと感じられたのは、近所のおばあさんだったのですが、非常にかわいがられたという記憶があり、そのおばあさんと比較して、父と母の環境が非常に厳しく感じられた記憶があります。

でも、そのおばあさんは共感を持って私を見ていてくれたのだと思います。だから、ともかく私の根本で求めていたそういう、ミラーニューロンが求めていた笑顔というものを心の中に取り入れていくことが必要だと思ったのです。

また、その乳幼児期に自分が不安を感じたときに、安心を求めて行く場所となるべき母親とか父親がいなかったことが、あるいは、板としても怖い顔をしていたり、泣くなと言われたり、気持ちを受け取ってもらえず共感してもらえなかったりして、自分の感情を思いっきり出せなかったことが、自分の人格の根底がない、という状態を創り出しているようです。

まさにそれが、アタッチメント(愛着)の欠如を生み出したようです。
アタッチメントは、そういう不安を感じたときに行ける場所、出会ったはずですが、その場所がない、とうことが、基盤がない、自分を作り上げる土台がない、母体がない(マトリックスがない)ということになっていたようだ、ということか、瞑想中に実感として分かってきたのです。




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ワルシャワ大学に留学している夢を見ました [夢日記]

おはようございます!

今朝の目覚め前に、久しぶりに夢を見ていて、それを覚えていました。

その夢で印象に残っているというか、覚えているのは主に後半ですが、どうやら念願かなって海外の大学へ留学したようで、それが東欧の国のようでどうやらポーランドのワルシャワのあたりらしいです。

そして、大学に入ってそこには小学校時代の同級生だった友人も行っていて、ともかく、二人で一緒にバスに乗るか何かで大学から少し離れた街中に出かけたようです。

そして、街中を歩いて、それからバスに乗って大学の寮に戻って食事をしなければならない時間になったので、バスに乗ったのですが、降りる所を間違えたようです。

それで、ともかくあたりを見渡してみると、タイムズスクウェアみたいな名前の町の中の場所があってその看板が見えるのですが、そこは大学から離れた場所のようです。

ともかく、歩いていると、大きなデパートの前の道に出くわしました。そのデパートには色々な近代的な素敵なものを売っていて、目を楽しませてくれますので、私は道に迷ったけれどこんなデパートがあるのが分かってよかった。また、後日来てみよう、と思います。

しかし、帰りの方角が分からないので、アイフォンの地図で自分の位置と大学の位置を調べてみようと思っていると、一緒にいた友人が、地元の人に聞く方が早いと言ってその辺にあったスタンド風の店にいたおばさんに聞いてみるのですが、おばさんに、私たちがワルシャワ大学の寮に戻りたいのだ、というと、大学の方に電話をつないでくれて、私の友人が電話で説明しているのです。それから、私が電話に出て、私はワルシャワ大学の寮に住んでいて、そこに戻りたいのだ、というと、私が大学の寮に在籍していることを確認して、それから、帰る方法を教えてくれたようです。

夢はそこから飛んで、既に大学か、大学の寮に戻っていて、何か知らないけれど、私たちはみんなの前で表彰されて褒められているのです。

そして、私は、ワルシャワの皆さんの親切や、未知の世界で皆さんに親切にされて感謝している、というところで夢は終わったのです。

そして、具体的にはワルシャワのお店のおばさんや大学の関係に感謝しているのですが、敷衍して世界中の自分の知らない人々の親切(愛)に感謝している、という気持ちで目覚めたのです。

これは、私としては画期的な夢のように感じました。

東欧のワルシャワとは、私にとって未知の世界を示しています。興味がないことはないけれど、あまりなじみのない世界で、東欧なので少し不安な国であるにもかかわらず、出かけて行ったということ。

そして地元の人との触れ合いを通してその地元の人々の温かさに触れて自分が受け容れられる体験をしたこととか。

それに対して感謝している、という気持ち。
これは、外の道の世界に対してポジティブな気持ちが浮上しているということかもしれません。

一方で、昨日あたり、私の自我が幼児期に父親の拒絶によって、崩壊してつぶされていた、ということにもはっきり気付いたのですが、これについてはまた別のエントリーで詳しく書きたいと思います。



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「自分がない」という状態がどうして発生したか分かりました [トラウマからの開放]

こんにちは

しばらくこのブログに書かなかった間に、ものすごく信じられないくらいに苦しい状態を通っていました。

おそらく、本当に記憶にないくらい幼い頃に父親からひどく叱られたり、怖い顔で怒られたりしていた頃に、父親を根っから嫌って、父を避けて、父不在の自分の世界を作っていた自我が死んで、その下にあった本当の自分、つまり父親にひどく叱られたり、怖い顔で脅されたりしたときに味わった本来の子どもの部分の自分の感情を感じる方向に進んでいったため、その怒られたときに感じていたそのままの辛い感情とか体の反応が出ていたものと思われます。

それを感じるのが嫌なので、父を丸ごと避けていたのだと思いますが、それがつまりは防御を築いていたので、その防御が自我になって偽の自分を作っていたのでその自我が折れて、本来の子どもの感情の部分に突入するということは、これまで避けていた父に対し、回れ右をしてその台風の目の中に自ら突入するような感じだったのだと思います。

そうしないと、本来の自分に戻れないと分かっていたからです。

何故なら、本来の自分がいるべきところに、その幼児期の怒った父がどっかと座って私の代わりに私に、ああしろ、こうしろ、と命令し続けていることになるから、それは、私の中心を父に奪われてしまっているようなものだからです。

まだ、完全にそれを奪回したとは言えませんが、今朝の目覚めに、やっとタイトルのように、自分がなかったという状態が分かってきたのです。

まあ、その本来自分がいるべきところに、誰もいなくて、空っぽになっていたのが今分かってきたのです。

だから、そこにエネルギーを与えて、自分をよみがえらせてそこに自分を作っていかなければならないのだ、と思ったのです。

そして、そこに本来なら自分ができているはずなのに、できなかったということが分かってきたのです。

そして、本当ならそこに自分というものがあって、自分はこの父親とこの母親から生まれて、この町に生まれてそこはこんな状態だった。とか、父はこんな人で、母はこんな人で、私はこんなことを感じていた、とか、説明できるはずなのに、そのように説明できる自分がそこに存在していないのだ、ということがはっきり分かったのです。

この状態が「自分がない」という状態なのだ、ということが分かったのです。

それは、例えば、昨日YouTubeでアメリカのニュースショーを見ていて、司会者が自分の父親がブルーカラーで、自分はいろんな職やアルバイトをしてきた経験がある、と話していたのと比較して、わたしはそういう風に自分を客観的にみることのできる自分が存在していない、と感じたのです。

それは、自分を作ることができなかったからなのだ、と分かったのです。

自分がない、ということは、自分を育てることができなかった、ということであり、自分がないから、父や母との関係もなかったのだ、ということです。

あるいは、父も母も嫌っていたので、関係を持ちたくない、と思っていたために、自分と父母の関係を考えることさえも嫌悪感で避けていた、と言えます。

今も、自分と父、母との関係を考えようと思っただけで、ものすごい嫌悪感と吐き気がして考えたくない、と思って拒絶してしまうようです。

それだけ、父を嫌っていたし、母を嫌っていた、ということだと思います。

ところが、それだけ嫌いな父と母であっても、表面上はいい子のふりをしてその父と母の子として気に入られるように、父と母の気持ちを受入れて波風立てないようにやっていたのですから、自分の中にものすごい無意識の葛藤があった、ということです。

本当は大嫌いで避けたくてたまらなかったのだということが本音だったということをやっと認められるようになったようです。

この本当の気持ちを整理して、自分の本当の親との関係を自分の中で組み立てていくことが自分を育てるということだ、と分かってきました。
それは、自分と自分の外の世界との関係を構築する、ということです。
これまでは、自分がなかったので、その関係が構築できなかったのです。だから、自分を説明することができになったし、自分で自分はどんな人なのか、さっぱりわからない、という状態だったのです。

あと、この自分がない、という状態について内側に気付きが生じて、今年の前半に読んだり、YouTubeで見ていた、ダン・シーゲルさんの言っていたことがよみがえったのです。

それは、乳幼児期にアタッチメントが構築できなかったとき、その子どもの中で、自分というものがバラバラに分解してしまうのだ、ということです。
まさに、私はそういう状態になっていたのだ、ということが改めて確認できた感じて、まさに私はそういうことだったのだ、とはっきり分かったのです。


脳をみる心、心をみる脳:マインドサイトによる新しいサイコセラピー 自分を変える脳と心のサイエンス

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  • 作者: ダニエル・J・シーゲル
  • 出版社/メーカー: 星和書店
  • 発売日: 2013/12/16
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)





しあわせ育児の脳科学

しあわせ育児の脳科学

  • 作者: ダニエル・J・シーゲル
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2012/05/09
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)




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