So-net無料ブログ作成
  • ブログをはじめる
  • ログイン

父をあまりに嫌悪して見たくなかったことが判明 [トラウマからの開放]

おはようございます!

私は本当に父から受けたトラウマがひどかったことに改めて気づいていますが、あまりに父がひどかったので、見たくなくて避けることに全力を尽くしていたことがわかりました。

そして私の方で、父に対する自分の感情とか、父に対する自分を絶対に認めたくなかったようです。

だから、私の方で父を避け、父を無視し、絶対に父を認めないという硬い決心をしているようです。
それは、私の中の子どもの部分がそういう決心をして、絶対のもう父から傷つけられたり、父によって痛い目にあったり、影響を受けるのはこりごりだと思って、私の方で父に対して壁を作って絶対に父が私の中に入ってこないように、防御しているようです。

しかし、その防御の下にはものすごい父への怒りとか、傷つけられた傷みとか、悲しさとかがいっぱいに押さえつけられているようです。

それを解放しないと、私の中のパターンが変わらないようなので、それに取り組まなければならないんだろう、と思っています。

それは私の男性全体に対する恐怖と拒絶になっていたことに、今朝、気功をした帰りに気づいたのです。結局、父をものすごく嫌悪して、父との関係についてあまりに幼い時にその感情を抑圧してしまったために、父との関係が原因になっていたことに本当のところで気付かなかったのです。

余りに無意識の深いところにあったので、意識に絶対に登ってこないようになっていたのです。

いまだに、まだはっきりとはわからないのですが、身体の左の方にまだあるようです。

ともかく、これまでの私のパターンは私が創り出していたのだ、ということが少し意識に登ってきているようなのです。。

というか、それはわかっていても、深いところで父親への私の嫌悪感と、父親とは一切かかわらないと自分が決めていて、父親に対する感情とか自分の見方とか、本来の自分の感情がどう傷ついていたか、あと本当はどういう関係だったらよかったのか、というたことを一切考えられなかったことが原因になっていたということが分かってきたのです。

とくに、父親にどういう風に接してもらえば私の心は開いたのか、そして満足したのか、ということが分からなかったので、とにかく父親にそれを期待することは無理だと結論して、父との関係を閉じてうわべだけで付き合うという対策を取っていたので、自分の本音が分からなくなっていたのです。

それも、その父親とうまくやっていくために、自分の幼い自我がとった防御策だったのです。
でも、そこの下の方へ行って、本来の自分の本音のところで、どういう父親だったら幼児の私は心を開くことができて、健全な父親との関係を築くことができたのか、ということに気付いていくことが必要だと分かったのです。

母親に対しても、それが少しずつ分かって、現実の母親にそれを求めても無理だということを今回思い知らされて、自分と母親を分けて見られるように少しなっているかと思うのですが、父親についても、そういうふうに、実際の父親にされたことがいかに毒だったか、つまり父の毒親の実体にもっと自分の中で気づいて、自分と毒父を分けて、本当は自分は父親とどういう関係だったら、心を開いて健全な親子関係を築くことができたのか、もし、そういう健全な父親との関係が持てていたら、自分の心はどう育ったか、ということに焦点を当てて、もう一度、私の中の父との関係によって育つはずだった自分の心を育てていかないといけない、そうしないと、男性恐怖のままになってしまう、ということに気付いたのです。

あと、ここ2,3日の間、YouTube で松尾みどりさんという人の、ビデオを見つけて、見ているのですがとても興味深いです。

日本にもこういう人がいることを発見して、びっくりしました。
ティールスワンさんのビデオをずっと見ていたり、金星人の話を聞いたりしていたこととかなり重なった見解なので、すごく参考になりますね。


nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

昨晩、眠っているときにガクンと落ちそうになりました [夢日記]

こんにちは!

昨日は、ここ2、3日前位による、ものすごい恐怖が出ていたことを書いたのですが、その時に書き忘れていたことがありました。それは、そういう風にものすごい大きな恐怖が出て、それから眠りについた後、怖い夢を見た夜のことだったか、ともかくその恐怖が出てきたときだったと思うのですが、眠っているときに、ものすごい咳がまた例のごとく出たのです。

眠っている間に、ものすごい咳込んで、何度もすごい咳をしていました。
いつも、何か抑圧が取れているとき、というか、無意識下からエネルギーが出てきているとき、凄い咳が出るので、今回もそうだったと思います。そういえば、眠る前にすごく体の内側が振動したときの夜だったのかもしれません。

何か無意識のエネルギーの縛りが取れていたのかもしれません。

また、今度は昨晩のことなのですが、夜、眠っているときに眠ったままで寝床の底が抜けたような感じで、身体がガクンと下へ転げ落ちていく感じがして、凄く怖くて目が覚めたのです。本当に、眠ったまま寝床の底が抜けたような感じがしたので、身体が転げ落ちそうに感じたからです。それで、踏ん張って落ちないようにしていて目が覚めたのですが、目が覚めてみたら、ちゃんと普通に寝床の中で横になっていて、何の変わったこともありませんでした。

だから、その寝床の底が抜けて体が転げ落ちる感じは、夢の中でそう感じたようです。
しかし、普通の夢ではそんな感じはないと思うのですが、どうでしょうか。

もしかして、幽体離脱をしようとしていたのか?

分かりません。
今回の夢はどうしてそういう怖い夢を見たのか、全く見当がつきません。


nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

父親との関係のなさ、父の態度のひどさが分かってきました [トラウマからの開放]

先ほどの続きで、今日は二度目のエントリーです。

私の場合は本当にあまりに幼い時に父から怖い目にあわされ、あまりに優しさのない厳しい、怒られて批判されるという体験を繰り返し押し付けられたので、本当に自分がつぶされているのが分かりました。いい子にさせられていたのです。ありのままの子どもの部分が恐怖によって抑えられて、本当に出られなくなっていたのです。

気付いたのですが、そういう父を自分の中に取り込んでいたため、私は自分に対してものすごく意地悪になっていたことが分かったのです。つまり、父が私にものすごく意地悪をしていた、と私は感じてその父を取り入れて、それが父の気に入るいい子だと思って、自分にものすごく意地悪していたようです。

それさえも、無意識になっていたようで、父を取り入れて自分が自分に意地悪していたのだと分かってきました。

とにかく、父に関してはあまりに抑圧が強くて、無意識が大きいのです。
私の感じなのですが、恐らく父は、幼ない女の子を時分の思い通りにすることで自分の愛情欲求を満たすような、ちょっと問題を持った人だったのではないでしょうか?
ちょっと、普通の心のある男の人とは思えません。
私を全く認めなかったのだ、ということがだんだんわかってきたのです。
仕事だけに人生を捧げていて、私の心は完全に無視されていたことが分かって来て、やっとそれに対する悲しさと、淋しさが出てきているようです。

これまでは、自分を批判して、怒られたことばかり思い出して、とにかく避けたかったので、無視されていることも気づかなかったのですが、だんだんと、普通の感情が出てきているようで、子供のころの父の態度があまりに私を無視して、無関心にされていたことが分かって来て、本当にひどい父親だったことが分かってきたのです。
それで、私が非常に無関心にされて、ものすごく寂しく、悲しい状態だったのだということが分かってきたのです。

父はあまりに無関心で愛情のない態度であまりにひどい状態に置かれていたことがやっと客観的に分かってきたのです。

父の父としての欠陥と態度の欠点がやっと客観的に見えてきたのです。
私の中で、欠けていたものが分かってきました。

父による私へのマイナスの影響のひどさが分かってきたのです。




nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

再び恐怖が出て、その後怒りが出ました [トラウマからの開放]

こんにちは!

先一昨日のちょっと前位から、再び恐怖が出ていました。
ただ、仕事が一週間ほど少し忙しかったので、仕事を続けていました。

ですが、先一昨日の夜にものすごく恐怖が出て来て、眠る前にもものすごく恐怖が出てきていたのです。
このところ、恐怖が出てなくて安心の方へ心が動いていたのですが、またそれが落ち着いたらさらに下からものすごい恐怖が出てきたようでした。

これまでよりも、最も大きな恐怖が出てきたようで、それには幼児期に父から禁止令を徹底的にぶつけられて恐怖になり、自分を鎧で固めてしまって、底に恐怖の大きな塊があったようです。
そして、一昨日の夜はその恐怖を抱えたまま眠りについたのですが、そうしたら何か案の定というか、ものすごい怖い夢を見たのです。その夜の夢では、何か人のようなゴリラのような狂暴な動物が檻の中にいて、そこに私は傍観者としているのですが、2~3人くらいの男の人がいて、そのゴリラと何かやり取りをしているのですが、そのうちの一人の男性がゴリラに出し抜かれて、結局刃物で傷つけられたような感じでした。

その後、そのゴリラがこの檻を抜け出して、そこにいた人にリベンジをしようとして出て行った、というような夢で、私もそこに傍観者としていたので、そのゴリラの恨みを買っているので狙われるに違いないと思って恐怖に震えて、何とかして気づかれないうちにどこか見つからないところに逃げて隠れなければいけない、とおののいている、というような夢でした。

それで、一昨日の朝目覚めたときにそんな怖い夢を見て目覚めたので、どういうことか、と思ったのですが、やはり、それは幼い時に父からひどく禁止令を与えられ、モノのように扱われて、自分の自由に感じたりすることができなかったことから、父をとても人間の心を持った生きた人間として見られなくて、狂暴なゴリラのような存在としてしか見られなかったことが、記憶として浮かび上がっているのではないか、そしてそれが恐怖として埋もれていたのではないか、と思ったのです。

そして、その恐怖が強くて、しかし、その後、今度はやはり、昨日の夜あたりですが、身体の内側がものすごく振動しているような感じになって、それはそれまでの固まっていた感情が解けてきたときにそうなるようなのですが、その後で、ものすごい怒りが噴出してきました。

どんどんと、内側にためていたものが渦のように出てきているようです。

nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

パッション(情熱)が復活している兆し [自己一致(統合)するために]

おはようございます!

いまだに、私の気持ちを無視して、私が大事にしていたダマスクローズ(バラの一種)を勝手に2回にわたって切ってしまい、結局、私の大事なバラは一つ残らず台無しにしてしまった母に対するものすごい錨は噴出しています。

しかし、今日も広場で気功をして帰る時に気付いたのです。
私の中で、自分の内側から湧き上がってくるものに任せていると、自分の情熱を持てる者が何であるかが分かってくるということが。。

今のところまだ、いろいろなことに興味が湧いたり、これまで興味を持っていたことや、関心を持っていたことや過去に訪れた場所や、ともかく、無意識に追いやられていたいろいろなことが浮上して、そのままに任せているのですが、だんだんと、自分の本来の方向に流れていくようになってきているようです。

これまで完全に蓋をされて、出てこられなかった流れが少しずつ出て来て、自然にちょろちょろと流れ出している感じがするのです。

今もそれを止めようとする力も働いていますが、それは本来の自分がそうしているのではなく、父や母の命令で操作せられていたん名残でそうなっているのだと思うので、それが分かって来て、ますます無意識の自分を掘り起こしていきたいという感じです。

そうすると、本来の自分が持っていた情熱とは何であったかが、分かって、どんどんと本来の自分が出てくるようになる気がします。

やっと、自分が底のほうにあって、その流れというか、バイブレーション(波動)が意識に浮上してきているようです。

気功も健康法として毎朝やるのが良いように思います。

あと、今朝は、ジョン・スタインベックのビデオを見て、やはり私はアメリカの文学に関心があることを思い出しました。



nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

愛されるのでなく、所有(憑依)されていたことが浮上 [トラウマからの開放]

おはようございます!

私はともかく幼児期に父からも母からも批判されるばかり、拒絶されて怒りをぶつけられるばかりで、自分というものが育つ余裕が与えられなくて、親の言いなりにされ、親にとって都合のいい良い子にさせられて、本来の自分は無意識の深いところでうずめられていたことがますますわかってきているのですが、

今朝、新たに気づいたことは、とりあえず、母の場合は、母自身が自分というものを持っておらず、自分を否定して、自分を卑下しているのですが、ともかく、父と母が恐らくそれぞれの親から愛されなかったことによるコンプレックスを幼児期の私にぶつけていたのだろう、ということが分かってきたのです。

つまり、私の幼児期に父も母も自分のコンプレックスのままに怒りや批判的な態度を私にぶつけていたのだということです。ということは、父や母が私に対してとった態度は、私自身とは全く関係ない、ということです。

今朝の目覚めに感じたのですが、母が私に対してとっている態度、そして私の幼児期から子供時代にかけてものすごく私に対して批判的な態度で、わけもなく怒りをぶつけてきていたのですが、つまり、私に責任のないことで私を責めていたのですが、それは母が私と関係を持っているのではなく、母の無意識の中にある母の母や父との関係からくる記憶や感情を私にぶつけていたにすぎないのだ、ということに気付いたのです。

だから、母は私との関係を持ったことはなく、常に、母の中の親との関係を私に投影して私に怒りをぶつけていたのだ、ということが分かったのです。

つまり、私は母の投影の対照だったのです。幼い頃から。だから、母が私をなんだかんだと責めたり、批判していたのは、まったく私には責任ないことであり、まったく関係ないことであり、母は自分の無意識の中で独り相撲を取っていた、ということが分かったのです。

だから、私が傷つくことは必要ないのだ、と。
それは、意識的に層気づいたのです。ただし、無意識的な記憶の中ではまだ感情が埋もれているので、怒りや、傷つく気持ちはまだあるので、まだそういう怒りや悲しさは出るかもしれませんが、それが出るままにしておくと、いろいろな気づきがこういう風に出てくるのでそれはいいことだと思います。

そうして自分を責める母や父の本当の動機が分かって、からくりが分かってくれば、父や母の怒りは私に向けられていても、本当は私には関係ないのだ、(特に幼児期や子供時代には全く関係なかったことなのだ)と分かって、それによって、本当の自分が許されて出てくることができるのだと思います。

また、幼児期からそういう風な形でしか親から接されなかったので、私の中で本当の愛が分かっていなかったのが分かってきたのです。つまり、親は私を所有する(コントロールする、自分の思い通りにする)ことによってしか関係を持てなかったので、私にとってはそういう関係を親の愛だと自分に言い聞かせて、いい子になって愛されようとしていたのです。

しかし、それは親の都合によってコントロールされることによって愛を感じようとして、逆にこちらもいい子になることによって愛されるように、親をコントロールしようとしていたのです。そして、逆に言えば、親は私を自分の所有物のように扱っていたのです。そして私はそういう偽の愛の形しか学習できなかったのです(もちろん、無意識の世界の話です)。

それで、私がアメリカの学生時代に私がとても愛された、と感じた相手とは、つまり私を所有しようとした相手だったのであり、私はそういう縛り付けられる愛が愛だと勘違いしていたのかもしれない、と少し気づいたのです。

つまり、愛とはどういうものか、本当に知らなかったのです。
そして、自分を愛することも知らなかったので、何が愛なのか知らなかったのです。
愛とは相手を所有して、自分に縛り付けることだと勘違いしていたのです。

ともかく、親からひどい一方的な支配関係を強いられていたために、ひどいゆがんだ見方を植え付けられてしまっていたのです。

それが、トラウマボンディング(トラウマ的な愛着)を生み出していたのです。

棄てられる恐れによるしがみつきと、ブラックメール的な支配です。

がんじがらめにされていたのです。

ともかく、恐怖によって動かされていたのです。

ここからさらに解放されていきたいものです。







nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

父と母からマインドコントロールされていたことが浮上 [トラウマからの開放]

おはようございます!

気功は毎日続けていますが、今日は仕事が入っているので、いつもよりも少し短めにしました。
それでも、続けていることに意義があるということなので、続けていますが、だんだんと気の感じが少しずつでもわかるようになっているかも。。

それと、誘導瞑想を長時間続けることで自分の中がほぐされているようです。
そして、今朝、気功をした後で気づいたのですが、私の中でブラックボックスになっていた父との関係で私のありのままの自分が完全に抑圧されて無意識になっていたために、ずっと自分の感じ方が親の押し付けた価値観によって、それが私の価値観だと思わされていたことに気付いたのです。

つまり、今朝気付いたことは、弟との関係にも影響することですが、幼児期に父と母から言葉ではなく態度によって植え付けられた親の感情をまるで幼児の私が自分の中に植え付けていたことが分かったのです。

幼児というのは、親の意識または無意識の思いを批判的に見るのではなくて、そのまま自分の中に取り入れてしまうものだということが分かったのです。

つまり、私の場合は、父が商売をしていたため、男の子が欲しかった、というのをなぜか幼児期に知っていたのです。それが事実かどうかは別として私はそう思い込んでいたのです。

また、母の考えとして、男は絶対に女より上だという男尊女卑の考えにしがみついており、弟が生まれたことで私は弟よりも下の存在になるのが当然、という家族の考えを当たり前のように受け入れていたのです。しかしそれは、考えてそう結論したのではなく、知らないうちに無意識の中でそういう母の考えを受入れさせられていただけだったのです。私は意識的には母の考えを否定していても、無意識的に、幼児の段階で母のそういう考えを受入れていたのだ、ということがわかってきたのです。

それに気付くと同時に、これまで私が弟にも遠慮していたことが分かってきて、これまでの私の考えの中で私自身の存在がまるで価値のないものであるかのように、考えて、弟に対しても自己主張しなかったことが分かってきたのです。

それは、家族の中で、母が価値観を取り仕切っており、私の価値はないと宣言されていたようなものだったのだということが分かってきたのです。

自分でそれが分からなくなるほど、洗脳されて、マインドコントロールされていたのが分かってきたのです。あまりに、自分の自己価値というものをつぶされていたのが分かってきたのです。それで、自分で考えるということを放棄させられていたことが分かってきたら、またそのことに対してもすごく怒りが湧いてきているのです。




nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

ものすごい怒りが噴出 [トラウマからの開放]

こんにちは

今日は二度目のエントリーです。

誘導瞑想をすればするほどいろいろと無意識が出てくるのですが、父に関しては本当に私のなかで自分と一体化(抑圧による)していたために、父との関係がブラックボックスになっていたので、その部分を意識化しようとしているのです。

それで、今日も誘導瞑想をしていたら、またまたものすごい怒りが体の左側からものすごく噴出していて本当に耐えられないくらいなのです。

怒りが出る前は、ものすごく気持ちの悪い感じが左側で続いていて、もしかしてこれは、父との関係で私が幼児期に感じていた痛みがそこにあって、その痛みを避けようとしているのがそういう気持ち悪いという感じになっているのではないか、と思いました。

ともかく、何故感情を抑圧してみないようにしているか、というと、そこに痛みがあるので痛みを避けるためなのだ、ということが明らかになっているのです。
そして、解放されて感情が出てくるためには、その痛みのなかに突入して痛みを感じなければならないのだ、ということはわかってきたのです。

それで、そこにじっとしていたら、このすごく耐えがたいものすごい怒りが噴出して耐えられないほどきつくなっているのです。

この怒りはやはり、痛みが根っこになっているのでしょうね。
傷みを覆い隠すために怒りになっているのか?

ともかく、このすごい怒り自体、耐えがたいものではあります。だから、この怒りも抑圧していたものが出ているのでしょう。

父に対してはともかくものすごく幼い時に徹底して抑圧させられているので、本当に無意識になってブラックボックス化していたので、それだけ激しいものが隠されているのかもしれません。

すごくきつくなっているのです。

しかし、今日は、アメリカのフロリダ州のキーウェストにハリケーンが来ているというニュースを見て、ヘミングウェイを思い出して、そのドキュメンタリーを見たりして、学生時代に学んだことを思い出したりして、そういう思い出が出てくるのは、また少し記憶が解放されているのかなあ、とは思います。

また、誘導瞑想後もずっと気持ち悪い感じと頭痛と肩こりになっているのですが、これはずっと古い昔に埋もれていて、すっと動かしていなかった部分を動かしたために、埃が待っているような感じです。
部屋の中でもずっと手を付けずに放っておいた場所を掃除しようとすると埃が舞って嫌な過去の埃が出てくるものですが、ちょうどそんな感じなのかもしれません。

そして左側からは、ずっと子供のころ継続的に父から受けていた嫌な感じ、父の批判的で怒っている雰囲気、その父の嫌な感じの記憶が浮上しているのです。

そういう父のいつも怒っている雰囲気を私が本当に嫌だと感じていたこと、それは父に対して絶えずそういう感じを抱いていたという記憶が浮上しているのです。
父のいやな雰囲気を振りまいているイメージが嫌な感じと共に湧き上がっているのです。

それはずっと手を付けずに動かされなかったものが浮上している、ということでしょうね。
本当に自分で見たくない、そして関わりたくない父の記憶というものが出ているのだと思います。
それはそういう父の雰囲気を思い出すのが嫌だからなのでしょう。

本当に何につけ批判的で、不機嫌な父を嫌っていたものと思われます。
父は、鬼のようにコントロールフリークだったものと思われます。






nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

父が居間のゾウ(elephant in the living room = 誰もが見て見ぬふりしている問題児)だった [父との関係]

おはようございます!

昨晩は、眠る前に父から抑圧を受けていた記憶を取り戻そうとしていたたら、またまた母にバラを切られたことの怒りがものすごくこみあげて来てそれと同時に、怒りと悲しさがこみあげてきていました。
怒りは私のバラを切った母に対するものが引き金ですが、父からも私の感情とか自分の意志というものが完全に否定されていたので母だけでなく父に対する怒りも一緒になっていると思います。

ともかく、そうして今朝目覚めたときに感じたことは、我が家では父だけが自分の感情を持つことができて、父以外の家族は(特に私は)自分の感情を持つことを許されていなかったのだ、自分というものを持つことが許されていなかったのだ、ということに深いところで気づいたのです。

あまりにひどい暴君であり、兵隊のような育て方をされていたことが分かったのです。

ともかく、私の中には父への恐怖がものすごく根深く植え付けられていて、父は絶対君主として君臨しており、そのいうことには無条件に従うことが要求されていた、ということが記憶に浮上しているのです。

恐怖政治を敷かれていたのです。

そしてその父は、「自分はいい人だ、模範的な父親だ」と思っているので、その父のイメージを壊さないように、おりこうさんにしていなければならなかったのです。そして、父のいうことはすべて正しいとして受け入れなければならなかったのです。

その時すでに私は自分の気持ちを父に分かってもらおうという試みを何度も否定されて、諦めの境地になっていたものと思われます。そして、そんな真実が見えない父は、めくらであり、裸の王様だと思ってバカにして、本気で関わるのをやめて、表面的にご機嫌を取っておくという作戦でいっていたようです。

あまりにひどい、自分にうそをついて、父には絶対に本当のことを言ってはいけない、と思って父をだまし続けていたのです。(父の望むようにしていたのです)

そして、父と関わることは一切やめて、父からどんなに無視され、拒絶されても、もはや傷つかないような仮面(よろい)をまとうようにして適応していたのです。

そんな父はあまりにかわいそうですが、そうするしか仕方がなかったのです。

まさに、父こそがリビングルームの中の象(誰もが認識しているが、話したくない、無視している重要な問題)であり、厄介者で、皆が無視して、恐れて、適当にご機嫌を取っていたという哀れな存在だったことが分かります。

本当の人間的な本音の交流ができず、ただ、お金を家に持ってくるだけの存在になっており、父がそれを望んでいたので、私はそんな父を救うことはできなかったのです。

そして、父を救うことができないから、私は父と本音のかかわりを持つことはできなくて、仕方なく適応していたのですが、あまりに幼児期に恐怖にさらされていたのでストックホルムシンドロームとトラウマによって自分が断片化してしまっていたのです。

ともかく、父をかばい続けていた自分を正直に見つめると同時に、その自分から見て父はどういう人だったのかを、正直にありのままに認識することが必要だし、それに対して本来の自分はどう感じていたのか、その自分のありのままの感情を呼び覚ますことが必要なのです。

それには、やはり、誘導瞑想をたくさんすることが効果的なように思います。


nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

父からの自己愛的な虐待を受けていたような気付きが浮上 [父との関係]

こんにちは

今日は二度目のエントリーです。

いまだに、父からの怒った感情をぶつけられている記憶が浮上しているので誘導瞑想をして、徹底的にその中に突入していってその記憶を消去したいと思って、今日も誘導瞑想をしたのですが、そうしているうちに、私の中で父に怒られて覆いかぶさられていた状態の内側に沈んでいた自分が意識の下の方から浮上して、その上に、父が覆いかぶさっていたことが意識に浮上しました。

そうして、その下にいる自分と、それを押さえつけようとして覆いかぶさっている父という二人の関係が意識に浮上してきたのです。

それが私の幼児期の私と父との関係だったのです。
これまで父との関係はないと思っていたのですが、その根源は、ごく幼い時に父によって私というものが完全に覆いかぶさられて意識下に隠されてしまったからのようです。
だから、その父と私の関係の部分は私の中でブラックボックスになっていたのです。
私の中では父との関係はなく、父が私の人格の中心に陣取っていたのです。
まるで、憑依霊のように。だから、父がお化けのように見えていたのです。とても人間には見えなかったのです。

ともかく、幼児期にそれだけ父からひどい扱いを受けていたことが意識に浮上してきたことは良いことです。
幼児の私の心が完全に父によってつぶされて、殺されていたのですから、それはそれは、ひどい関係だったものと思われます。

その記憶が出て来て、幼児の私の心があまりにひどいストレスを父から受けていたその時のストレス感がそのままに浮上しているのです。

それは、父が私の境界線(バウンダリー)を完全に侵害して、私の存在は否定されていた状態なので、幼児の私のストレスたるや相当なものだったようで、やっとそれが意識に浮上してきて、ものすごいストレスが浮上しています。

そして思ったことは、それが大人同士の関係だったら、父は一個の人間である人格を持った私に対してどんなにひどい相手であったか、どんなに人格を無視した非人間的な相手であったか、ということが分かるのです。
つまり、私は人間として扱われていなかったのです。モノのように扱われていたのです。
それはこれまでも記憶としては浮上していましたが、実際にモノのように扱われてどんな感じだったかというそのままの感じは今初めて浮上しているようで、それはものすごいストレスになっていたことが今初めて分かっているのです。

人間であれば、相当のストレスを感じるのであって、幼児だから感じないというものではないのです。
言葉で表現したり、逃げたりできない分、相当のストレスを抑圧してため込むことになっていたのを思い出している感じです。
その記憶はその時のままに無意識の中に記憶されていたのです。すごく不思議な感じです。
ともかく、そういう父と私の関係が分かって来て、父の態度があまりにひどかったことが分かってきたのですが、そのような父の態度によって受けた傷は、自己愛性の虐待と言えるのではないかと思ったのです。

父の態度、そして、私が父から受けたものは、自己愛性の虐待、という風に考えることができるのかな、と考えています。

その時の私に対する父が自己愛性人格だったのではないか、と考えて調べてみることにしようと思っています。

そういう私への虐待は、自己愛性人格による虐待だったのではないか、と。















nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。