So-net無料ブログ作成
  • ブログをはじめる
  • ログイン

気功を独学で始めました [心と体の関係]

おはようございます!

一昨日から、本を参考にして気功の実践を始めました。

始める前に読んだ機構の本は、仲健次郎さんの「病気が治る「気功入門」」のDVD
ブックスと、盛鶴延さんの「気功革命」です。
矢山利彦さんの「気功革命」は最初の部分を少し読んでYouTubeを少し見ました。

一昨日から、盛鶴延さんの「癒す力を呼び覚ます 気功革命」」を参考にして実践しています。
朝、6時から7時の間に、富士山の見える湖のほとりの広場に行って、30分以上、この本の挿絵を参照しながら実践しています。

最初の日は、せいしゅ(腕振り運動)と、たんとう功と収功というのをやりましたが、中腰になって15分じっとしているたんとう功は足ががくがくしたり、雑念に襲われたり、大変でしたが何とかやり終えて、帰ってからしばらくすると、体の中が急にものすごく暖かくなって体中がしびれたようになって、特に足の先から身体全体がしびれて来て、それが一日中続いていたのです。

気が回ったのでしょうか?そうだとしたら、凄い効果です。

そして、昨日は一昨日と同じようにせいしゅ(腕振り運動)と、たんとう功と収功をやりました。
その後は特に、一昨日のような大きな反応は出ませんで、落ち着いていました。

そして、今日は、せいしゅ(腕振り運動)のあと、動功に初めて挑戦して、本の挿絵と昨日YouTubeで見た映像を参考にしてなんとか実践し、特に香り気功をやってみました。あと、背骨をねじる気功はやり方が難しいので何とか挿絵を見て3回くらいやってみました。そのあと、たんとう功と収功をやりました。

かなり、体力を使いました。

でも何となく、面白くなってきました。
それに、今、体の中が一昨日のようにポカポカして、足の先から足全体にかけてしびれてきているようです。気が回っているのかもしれません。

三日坊主にならず、続けていきたいです。

少し気功革命の本で気功の要領がつかめたら、仲健次郎さんの本にある気功も実践を始めたいと思っています。


気功革命―癒す力を呼び覚ます

気功革命―癒す力を呼び覚ます

  • 作者: 盛 鶴延
  • 出版社/メーカー: コスモスライブラリー
  • 発売日: 2004/05/01
  • メディア: 単行本




気功革命・治癒力編―気功・按摩・薬膳・陰陽バランスを使って病気を治す・パワーを溜める

気功革命・治癒力編―気功・按摩・薬膳・陰陽バランスを使って病気を治す・パワーを溜める

  • 作者: 盛 鶴延
  • 出版社/メーカー: コスモスライブラリー
  • 発売日: 2005/01/01
  • メディア: 単行本






病気が治る「気功入門」DVDブック (伝説の気功家・中健次郎が伝授!)

病気が治る「気功入門」DVDブック (伝説の気功家・中健次郎が伝授!)

  • 作者: 中 健次郎
  • 出版社/メーカー: マキノ出版
  • 発売日: 2010/06/15
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

幼児期の親子の関係が逆転していたことが判明 [父との関係]

今日は二回目の投稿です。

もうひとつ気付いたことを書き留めたいと思います。
それは、誘導瞑想していても気づいたのですが、幼少期に父の日常的な怒った雰囲気に恐れをなして、恐怖のために自分が固まっていたのですが、その状態は、父の感情を常に気にして常に父の感情を自分自身の感情よりも優先していた、ということで、要は父が幼児のように自分中心のありのままの感情を発散させているのに対し、実際の幼児である私は、父の感情を常に優先してまるで幼児的な父に対して自分を殺して父の親のように振る舞っていた、ということです。

本来ならば、幼児である私は自分の感情や欲求を遠慮なく発散させて自分が家族の中心のようにふるまうのがありのままの幼児の姿だと思います。

それが、今意識に浮上している私の幼児の感情は父に対する恐怖で怯えあがっていて、自分というものを意識するよりも、父の感情を常に意識しているのです。

これではまるで、父が幼児で私が親です。
父は自分の我をどうしても通したいのです。
自分の欲求を第一にして、幼児である私の欲求は一切受け入れないのです。

そうやって、拒絶ばかりされていたために自分の欲求を出すと拒絶され手傷つけられるので、自分の欲求を出すことは悪い子のすることだと思わされて、自分の欲求を押さえつけるようになったのです。そのために自分の欲求が何なのか、自分は何を欲しているのかが分からなくなったのです。

その代わりに常に父の欲求にこたえることばかり考えて、自分の内側を意識するのでなく、常に自分の外側にいる父の欲求を優先していたのです。

まるで、親子が逆転していたのです。
これは、母だけでなく、父がものすごく私に対してそのような接し方をしていたことが大きな影響を及ぼしているのです。しかもそれが、余りに幼少期であったので、無意識に押し込まれていたのです。

マットカーンのYouTubeビデオの、How to solve inner conflict つまり、内なる葛藤をどうやって解決するか、というタイトルのビデオの中で、マットカーンが言っていたことは、自分の身体の感じ方を第一に優先しなさい、と言っていたのです。

つまり、葛藤を解決するには、身体のいうことを聞きなさい、ということなのです。それは、インナーチャイルドのいうことを常に優先しなさい、ということなのです。

まさにその通りだと思います。

私はずっと父の亡霊につかれて呪いに掛けられて自分がマヒしていたのです。

そして、自分がこうしたいという自発的なエネルギーが意識に登らなくなったために、自分のやりたいことをしようとするときに、それを止めようとする力が働いてしまっていたのだと思います。

だからその抵抗する力を除去するように、自分の本来のエネルギーを解放しないといけないのです。
そのエネルギーはすごく下の方であえいでいて耐えられないような感じになるようです。




nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

身体全体にしびれが来て動きたくないくらいでした [トラウマからの開放]

おはようございます!

昨日は幼少期から無意識に抑圧していた父の怒った感情の雰囲気の記憶が浮上してきていたことを書きましたが、あれからどうも気分が落ち着かなくなり、それはやはりそういう父に対して凄く嫌な感情が出ていたのですが、そういう感情が出てくるのがとても耐えられないという状態だったのだと思います。

蓋をしていた嫌な感情が出てきたからだと思います。
それで、しばらくじっと耐えた後で車で外出して温泉に入ったりスーパーで買い物をしたりしていました。

夜になって誘導瞑想をしてそのまま転寝(うたたね)をして目覚めたら夜中の2時半過ぎでしたが、身体が感覚的に完全にマヒ状態になっていました。
今もじっとしているとその時のようなマヒ状態になりそうな感じですが、それはどういうことか考えるに、おそらく乳幼児期にそういう父の怒った感情に日常的にさらされていたため、赤ん坊の時に怒った父の感情に体が反応して、仮死状態を作っていたものと思われます。

それで思い出すのが、ピーターラビン氏の、トラウマ反応の本です。
例えばインパラ(シカのようなアフリカの動物)が、捕食動物のチータとかに襲われたときに、捕まってしまった後、仮死状態になるのです。それは、身体が保全のために反射的にとる自己防衛反応なのです。そうして、仮死状態になった後、チータがスキを見せたとたんに正気に戻って逃げおおせるのです。

ラビン氏はその仮死状態が元に戻らなくなるのがトラウマだというのです。
それは、日常的に危険にさらされるとその仮死状態が恒常的になってしまってそれがトラウマとなるのだということです。

ともかく、私も無意識のところでチャイルドの部分(感情、自己)が固まって仮死状態になっていたのです。そのトラウマの原因となった父の怒った感情が意識に浮上してその結果その下で固まっていたチャイルドの部分の仮死状態担っていた部分が出てきているものと思われます。

身体が完全にしびれて動かすのが嫌な感じ。なにもかも、しびれて、動かない感じ。
自律神経が影響を受けていたものと思われます。

しかし、昨日は昼頃に瞑想したときは、初めてそういう父の怒った雰囲気の中でうなだれている幼児期の自分のところにイエス様が来てくれた映像が見えてきたのです。
そのイメージの中でイエス様は青白い衣を着て(ちょっと着物のようなローブのような衣)、寝ている私のところに来て腰をかがめて手を差し伸べてくださっています。
そして、優しい言葉をかけてくださっているようです。

それで思い出したのですが、そういうイエス様が見えたのも、一昨日くらいに見たYouTubeのビデオでマットカーンが、8歳くらいの時に初めてイエス様が彼に現れてイエス様と話をして、それ以降も会って話している、というようなことを言っていたこともあるかもしれません。

ともかく私の瞑想の中でも初めて私がそのどん底まで行ってイエス様が見えたのです。
そして、感じたのは無条件に自分が受け容れられるという状態にやっと達しつつあるのかなあ、と感じたのです。それで、少し希望が出てきたのです。
愛とは無条件でない限り、愛と言えないのだと分かったのです。
その後で、夜には身体がしびれてしまったのですが。。

ともかく、また、その父親の怒りにおびえていた自分の中にさらに入って行くことだと思います。
そうすればまた何かが見えてくるでしょう。



nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

幼少期に受けた父の怒った感情の影響が意識化されています [トラウマからの開放]

おはようございます!

最近はエネルギーヒーリングのことを調べているうちに、気功に大変興味が湧いてきていろいろとYouTubeのビデオを見たり、本を読んだりして勉強しているところですが、それと同時に無意識の方も相変わらず動いていて、幼少期の記憶がよみがえっています。

この前までやはり母にバラを切られたことに端を発したトラウマの出現で主に母から受けたトラウマ記憶が出ていたのですが、一昨日あたりからこんどは父から受けたトラウマの記憶が浮上しています。

それは、言葉を覚える前の幼い頃からのもので、父がそのころから日常的にイライラしていて怒りの固まりのような存在でその怒りの感情が父のオーラになっていてその影響を幼い私がずっと受け続けていたためにそれが深いところで記憶に残っていたらしく、その父の怒った感情というか、雰囲気が、その子供のころに受け入ていたそのままの記憶として意識に浮上してきているのです。

それはもう、日常的な父の雰囲気で、私はそれをものすごく嫌って避けるようにしていたようです。
しかし、そういう父とうまくやっていかなければならないので、父に嫌われないように気を使っていたのです。その原因となる父の怒った感情が意識化されているのは、いいことだと思います。

そして、昨日と今朝の目覚めに気付いたことは、そういう父のいる環境にあって私は生き延びるためにそれに適応して自分の自我のパターンを身に着けるしかなかったんだ、と気づいたのです。
そういう愛のない、怒りに満ちた、拒絶的な親とうまくやっていくためには、自分の自我が適応してものすごく変なパターンになってしまったのです。

それが分かったとき、多重人格になってしまう人の原因も、やはり同じように自分にとって危険な人が周りにいることによってその人とうまくやっていくために自我が適応していくしかなかったのだ、そして、その適応の方法として、多重人格という自我のパターンが生まれてしまったのだ、と思ったのです。

つまりすべては、生き延びるために自我が適応したのです。そして、適応力のある人ほどゆがんだ自我パターンを身に着けてしまうのではないかと思いました。
適応力があるということは、敏感だということですが。つまり、周りへの同調力がある、ということです。

ともかく、そういう怖い、愛を自分が受けることができない父親の怒りを誘発しないように適応せざるを得なかったことが、この父の怒った雰囲気を幼児期に感じていたのだ、ということが記憶とそしてその時のままの感じとしてよみがえっているので、その原因が分かってよかったです。つまり、私の思い込みではなかった、ということであり、私の潜在意識に記憶として残っていたことが原因だったと分かったからです。

そして、マットカーンによれば、私たちが生まれてから現在までに起こったことは全て体の中の細胞が記憶しているのだと言っていましたが、そういうことも、自分の体験として納得できたのです。

まさに、全ての記憶は体の細胞が記憶しているのだ、と。
そして、身体に残された記憶を呼び覚まして、書き換えないと、その記憶は現在の自分の体験に触発されてよみがえるので、同じパターンは変われないのだ、と分かったのです。
身体の細胞に記憶されたバイブレーションは、それを呼び覚まして、その記憶を呼び起こして自分がその虐げられた自分を愛して、受け入れて、現在の自分の意識が親としてその子供の自分の記憶を書き換えて上げないといけないのです。その子供の時に何が必要だったのかを知って、必要なもの(愛とか受入とか、コンパニオンになること、つまり判断しないでともにいること、気持ちを受入れてそのままでいいよ、ということ)そうして、内なることもが安心感を得ることが必要なのです。

そうして、安心すると、無意識に会ったものが変わるのです。

また、マットカーンが言っているのを昨日聞いて、全くその通りと思ったのですが、特に幼児期とか子供のころに、何か自分の思い通りにいかなかったときに悲しくて泣いたりしていると、親や周りの人から、Get over it! (泣くな!もういい加減にしろ。)と言われる。それが、最も残酷なことだ、と言っていて、その通りだと思ったのです。
つまり、悲しい気持ちを味わうことさえ、怒られて禁止されていたことが一番、残酷なことだというのです。

それは、父がいつも私に取っていた態度であり、弱さを否定されていたのです。
弱さというよりも、感情を否定されて怒られていた、それが最も残酷なことだったのです。

その割には、父自身はしょっちゅう怒っていて、弱い私たち(妻子供)に怒りをぶつけていたのですから、父は自分のしていることを、私たちにはしてはいけない、と言っていたことになります。

私は自分の思い通りにならないことが悔しくて悲しくて、親にぶつけることができない状況にさせられていたのに、親は好きなだけ私にぶつけていたのです。

そして、私が自分をぶつけることは自己中心だと批判されて、親が私にぶつけるのは私が悪いからだ、と全て私のせいにされていたのです。

ともかく、子供のころに父がいつも怒りを持っていた記憶と感じがよみがえっていて、それが何とか消えるように、誘導瞑想を続けていくしかなさそうです。

その父から受けた怒りによって自分がどん底に落ちる感覚が今朝の目覚めの時に出てきたのです。
それもすごい落ち込みの感情としてショックを与えられていたようで、その感情が意識に浮上するのも避けていたようですが、それが出てきたのは良いことだと思います。

特に私は父との間にすごい感情の抑圧があってものすごい重たい蓋でそれをふさいでいたので、その蓋が少しでも動いて、父から受けた記憶と感情がありのままに出てくるのは良いことだと思います。
非常に耐えがたい感情ですが。。



nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

母へのすごい怒りの下から恐怖が浮上 [トラウマからの開放]

おはようございます!

ここ2、3日くらい、母にバラを切られたことの怒りが再燃していて、昨日もものすごい錨が出て来ていたのですが、夜に誘導瞑想をして終わった後で、今度はすごい恐怖が浮上したのです。

凄い怒りが出た後に、恐怖が出るのかもしれません。
そしてその下にはまたどん底のようなところに入って行ったのですが、そこに私のこれまでずっと隠れていた自分がいたような気がしました。

そして、今朝は、またティールスワンさんのビデオを見ていると、彼女は怒りという感情はカバーの感情でその下には、恐怖とそして無力感(ヘルプレスネス)があるのだ、と言っていました。

また、無力感をなぜ感じているかというと、痛みを感じることを恐れているからだ、というのです。

何故かというと、痛みを感じることはよくないことだ、と思っているのです。
痛みを感じることは何故よくないか、というと、、、私はわかったのです。それは、幼い時から痛みを感じたときに、母親や父親から、痛みを感じるのは許されない、泣くことは許されない、と言われて育ったから、痛みを感じることは親から拒絶されてもっとひどい目にあわされる、ということを学習したために、痛みを感じることはよくない、と決断してしまったからなのです。

それで、自分が痛みを感じていても、感じることはよくないと思いこまされて、痛みを抑圧しているうちに傷みが感じられなくなってしまったのです。

それだけではなく、どんな感情も感じられなくなって感情がマヒしてしまったのです。

その原因は、原初の痛みを感じることはよくないという、親からのメッセージによって感じることはよくないと、自分に言い聞かせているからなのでした。

でもそれが、逆に痛みをひどくしているのです。痛みを感じることに抵抗することが痛みを増幅しているのです。

だから、原初の痛みを感じることはよくないという思い込み(親の洗脳)から自分を解放してあげないといけないのです。

傷みを感じることは良いのです。
傷みを感じるのに、笑っていること自体がくるっているのです。

私を以前カウンセリングした牧師も、その考え方が間違っているし、私の父もその考え方が間違っているのだと分かりました。
つまり、痛みを感じるのは良くない、という考えです。
それが間違っているのです。

痛みを感じるのは良いことなのです。

でないと、自分の本当の感じ方が分からなくなってしまうのです。




nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

アラインメントが意識されてきている感じ [トラウマからの開放]

今日のエントリー続きです。

先ほど、誘導瞑想をしていて初めて、私の中にやっとアラインメントとはこういうことか、というのが意識に浮上してきました。

というか、これまで私の人生はあまりにバラバラで断片化されていて、私の人生はこうだ、と一貫して叙述することができなかったのです。

私の人生を通したナラティブがなかったというか。

それがやっと、私の人生を一貫するテーマが見えてきたかな、っという感じが浮上したのです。

これまではあまりに私の人生の初期に母と父から自分というものが否定されて自我が断片化されてしまい、本来の自分は愛されなかったという悲しみのために自分の人生が終わっていたのですが、そこから自分の人生を一貫して、何かガイドのようなものによって私の人生が導かれていたのではないか、というのが分かってきたのです。

余りに自分の人生はバラバラでどこをどう歩いてきたかわからなかったのですが、つまり無意識に歩いてきたのですが、それが何らかのガイドによって導かれて、無意識のうちに自分のテーマが流れていたことに気付いたのです。

今のところそれが意識化され始めたかな、という感じだけなのですが、それが進んでくると自分の人生のナラティブができると思います。
それが自分があるという状態なので、底に進んでいくことを期待しています。








nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

この世は幻影(イリュージョン)だった? [目覚めの気づき]

おはようございます!

最近、夜眠ろうとして寝床に入ると、なぜかいろいろな思いが錯綜して入り乱れて、さらにそれにいろいろな感情やエネルギーが湧き上がって来て眠れなくなり、諦めて再び起き上がって本を読んだり、ということが重なっているのですが、昨晩もそういう状態になってしまいました。

それで、そいう言うときは無理に眠ろうとせずに諦めて本を読んでいると、眠たくなるのでその時に寝床に着くと眠れるのでそうしていますが、このところほとんど毎日か、一日おきくらいにそういう状態になっています。

昨晩はそういう状態になって、2時ころ起きて、本を読んでしばらくして眠ったのですが、昨日あたり、またまた面白いYouTubeのビデオを見たりしていて気功にも興味が湧いてきているのです。。ヨガにももちろん興味が湧いていますが。。

それで、昨晩眠った後、今朝の目覚めの後にふっと頭に登った気付きがあるのです。
気付きというか、ふっと頭に浮かんだ思いですが、それは「この世は幻影(イリュージョン)」だということです。

つまり、眠っている間に、眠っている状態の方が現実というか、本当の世界で、目を覚ました後の状態というのは、幻影(イリュージョン)だ、という感じ足したのです。

それは、眠っている間は無意識の世界にいて、そこで生きているわけですが、その間に夢を見たりアストラルの旅をしているのだと思いますが、そちらの世界の方が現実感があると思ったのです。
なので、目覚めたときに、意識の世界は幻影だ、と思ったようです。
まさに、これまでの世界観がひっくり返ったということでしょうか?

あと、書いているうちに思い出したのですが、昨晩眠る前に誘導瞑想をしていてそのまま眠ってしまっていたのです。このところいつも夜に瞑想しているとそのまま眠ってしまっているのですが、しばらくして目が覚めたのです。
そして、その眠っている間に夢を見ていたのです。
その夢の中で、私がいつもYouTubeを見て学んだり、利用している誘導瞑想のビデオを制作しているリサさんが出てきたのです。その夢の中で私はリサさんのセミナーのようなものに参加しているようです。

そして、その講演が終わった後で彼女が私のところに心配してきてくれたのです。
というのも、私は彼女のYouTubeのビデオのコメント欄に先日、投稿して彼女がコメントに返信していたので、その私の投稿によって私が母からひどい目に遭って苦しんでいることを夢の中の彼女は知っていたからなのです。

それで、心配して話しかけてくれたのですが、私は、彼女の誘導瞑想のビデオを見て助かっている、ということを言ったのです。そうしたら、彼女は、「そう、効果があるのね。」と言って納得したのです。私は彼女が私に彼女の有料のコースを受けて欲しいのかな、とちょっと思ったのでした。

ともかく、彼女は私については安心して去っていったようでした。

こういう夢を見たのも、モルダバイトのおかげでしょうか?
分かりませんが、、、。

あと、気功のビデオを見ていたら、日本の役者さんで30日間食事をとらなかった人がいて、その人は非常に興味深い人だということが分かりました。

すごく、スピリチュアルな世界に通じているようですね。

榎木孝明さんですが。




nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

やっと愛を受入れ、感じることができそうになっているようです [トラウマからの開放]

こんにちは。

今日は二度目のエントリーですが、先ほど誘導瞑想をしていてやっと私の中で、過去の記憶を振り返って、これまでは拒絶されたというマイナスの感情、そして恥の感情しか感じられなかった過去の記憶の数々において、初めて、というか、より広範に私はそれらの人たちから愛されていたんだ、という感情が湧いてきたのです。

というか、これまでの私は拒絶されたのだ、というマイナス感情がとマイナスのセルフイメージが180度逆転して、私は愛されていたのだ、というプラスのセルフイメージに変わってきたのです。。。

最終的に拒絶されたのは私の中のマイナスのエネルギーが解消されていなかったために相手にぶつけてしまった、というか、相手の愛を私が受け止めることができなかったからなのだ、という風に理解して、相手の愛を受け入れることができるようになったのです。

これがどうしてもできなかったために恥の感情になっていたものと思われます。

やっと、左の方に長いトンネルの出口が見えてきた、そしてその出口に出てきている感じです。

モルダバイトは手に握っているととても暖かくて、いい気持になるのです。
気のせいでしょうか?

でも、本当に気持ちが良くなるのは事実なのです。
暖かくて、石から愛が感じられるのかもしれません。

やはり、モルダバイトはハートチャクラを開く石だとも言われているので、その効果が早速現れているのでしょうか?





nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

昨晩の夢はスピリチュアルなクラスに出席 & モルダバイト [夢日記]

おはようございます。

昨晩というか、今朝の目覚めには面白い変わった夢を見ていました。

その前に、昨日購入した天然石について報告します。
先日から、エリック・パールさんの「リコネクション」の本を読んでいて、その前にYouTubeで色々なビデオを見ているうちにこの人のヒーリングに興味を持って本も買っていたのです。
この本は先日から読み始めると非常に面白くてスピリチュアルなことを色々と今年になってYouTubeで調べて色々話を聞いていたおかげで、この人の言っていることが理解できるようになっていたせいかもしれませんが、これまでいろいろと調べて来て、Teal Swanさんなどの話もたくさん聞いていたせいか、非常に皆の言っていることが一致しているし、私自身のこの苦しい経験を通して体験していることにも通じていると思っているのです。

そのエリックさんの体験の中で、モルダバイトという天然石の話が出てくるのです。
それで、いろいろとまた調べて、私もこのモルダバイトに非常に興味を持ち、今の私にこの石が必要だと思うに至って、ネットで色々調べて購入して昨日その石が届いたのです。

モルダバイトはスピリチュアルな成長を加速してくれるという波動の高い石だということで、眠るときに近くに置いておくといい夢を見られるとか、(夢はアストラル世界で実際に自分が体験していることだとティールスワンさんは言っていますし)とにかく波動を高めてくれて、第三の目を開かれるとか、とくにハートチャクラに働くということも言われますし、ヒーリング効果もあると言われていますので、期待しているところです。

それでさっそく、昨晩、眠るときにそばに置いておきました。(私の石はとても小さいです。モルダバイトは非常に高価な石なのです。小さくても効果は絶大な石だということです)

で、昨晩見た夢が傑作の夢だったのです。。。

覚えている限りで思い出してみると、いつも見る夢と同じように私はどこかへ出かけているようですが、そこは何か大きな建物のようで、その中に食事をする場所(レストラン風、または高速道路のサービスエリアのような食事を出すスタンド)もあって、そこで私は食事をしたりもしているようです。そして、長い通路のようなところを通って、大きな集会場のような場所に入って、スピリチュアルなレクチャーを聞いているのです。

そこには大勢の人がいて、女の人の話を聞いているのです。
そのうちに、雨が降っているようで、だんだんとその集会場の屋根の方からか、あるいは窓の方からかわかりませんが、雨が集会場の中にも漏れてくるのです。そして、だんだんとたくさん雨が集会場の中にいる私たちの上に落ちてくるのです。
私はこの集会場の屋根が雨漏りしているのではないか、と思って天井を見上げてみるのです。

それでも、雨の漏れはどんどんとひどくなり、私のうえにもどんどんと雨が落ちてくるし、スピリチュアルなレクチャーをしている女の人の上にもどんどんと雨が降っていて、ひどくなっているのです。

屋内でスピリチュアルなレクチャーを聞いているのにもかかわらず、全員の上にひどい雨漏りが降ってくるので、その情景があまりに滑稽だったのです。
私はその雨の中でレクチャーしている人の顔を見ているうちに可笑しさがこみ上げて来て思わず笑ってしまったのです。

その夢の中の自分の笑い声で目が覚めたのです。
実際に夢を見ながら声を出して笑っていたのです。
その声で目が覚めたのです。

この組み合わせがおかしいと思ったのでした。
スピリチュアルなレクチャーというまじめそうな場所で、コントロールできない雨漏りにあって、雨に濡れながらレクチャーをしている女の人と、それを雨に濡れながら聞いている私たちと、スピリチュアルなレクチャーを聞く集会場の屋根が雨漏りしている、ということ。

雨が降るという夢は何か、スピリチュアルな意味があるような気もします。

今ネットで調べたら、雨が降る夢は、いろいろな解釈があるようですが、その中で私に当てはまりそうな解釈として、ネガティブな感情の浄化とか、解放、を表している、というのがあるそうです。

まさにそれかも知れません。
そして、モルダバイトは、そういうネガティブな感情の浄化や解放を促進する効果もあるとYouTubeで言っていました。

YouTubeなどで見る限り、モルダバイトにはいろいろとスピリチュアルな効果があるようなので、期待して、関わっていきたいと思います。

効果があるかどうか、昨日は不安だったのですが、これから期待したいと思います。






nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

強さとは [トラウマからの開放]

こんにちは

今日も先ほど、誘導瞑想をしていて気づいたことがあるのです。

それは、左に向かおうとする力がすごく今も働いていて、身体の左側がすごく圧迫されて痛くなっていたのですが、それでもそこを開いて行こうとする力がすごく左に向かって働いているのでじっと耐えていたのです。

そしたら、さらに左側にすごく自分でも見たくないようなどん底が開かれていて、そこに降りていくにしたがって子供のころに良く味わっていたようなどん底に突き落とされるような落ち込みを感じたのです。
そこには、ものすごい恐怖を伴った落ち込みの感情があるのです。

でも、またその感情に任せてそれを味わいつくすことが必要だと感じたのです。
その前に感じていたのですが、私の中に、自分はついていない、運が悪い、という感情が出ていたのです。
それは、もう一つの私のコアビリーフ(中核的な思い、確信)だったようです。
つまり、私は根本的に運が悪い、愛情的に恵まれない、そして、神から見捨てられたような、根本的に運の悪い人生なのだ、という基本的なコアビリーフのような確信が心の底にあるのを感じていたのです。
それがあったのが、無意識的に会ったものが意識に浮上してきていたようです。

だから、基本的に私は「占い」というものを恐れていたのです。それは占いによって、私の根本的な思いである、私の運命はついていない星のもとにあって、その運勢が悪い、という事実を占い師によって見破られるのが怖かったからなのです。

それがだんだんと分かって来つつあったのです。

しかしながら、それを打ち消そうとする自分がいたことに気付いたのです。
そのコアビリーフをあまりにひどいから打ち消そうとしていたのです。
しかし、このコアビリーフには感情が伴っていてその感情を否定することは無理だったのです。
なので、このコアビリーフの感情は否定的なものだけれど、打ち消そうとしても消えないのだから、逆にその感情を否定しないで、その私は生まれながらに運の悪い人間だという、私の感情の中に浸りきってみよう、と思ったのです。
そして、その私は運の悪い人間だ、運勢は上向かないだろう、という思い込みは私が愛のない父母のもとに生まれて、愛情を与えられなかったためにこういう運の悪い運勢になってしまったのだ、という思い込みがあったことにも気づいたのです。

なので、ともかく、その感情を否定しないでむしろその感情に完全に身を任せてみたのです。

そうしたら、先ほどの、左側のどん底の中に入って行ったのです。
そして、どんどん沈んでいったのです。

そこで気づいたことがあるのです。
それは、やはり私はこの左側にある落ち込みの感情を避けようとして、右に向いて逃げていたのだ、ということが分かったのです。

自分に対する否定的な感情から逃げるために、その感情を味わわないで避けるために右に向いていたのだ、と。そして、左に向かおうとする力に対して抵抗していたのです。

しかし、左に向かってその中に沈んでいくということは自分の本当の気持ちに直面することであり、そうすることで自分が強くなるのだ、と気づいたのです。

つまり、強さとは、自分の中の本当の気持ち(マイナスの感情)を認めることなのだ、と。
それを認められることが強さなのだ、と。

それを認められなくて、弱い自分を否定して強がっているのは本当の強さではないのだ、と。
それは、もろい、張り子のトラであり、見せ掛けの強がりなのだ、と。

しかし、私は抵抗が強くてどうしても左にある弱い自分に直面できなかったようです。
しかし、左にある自分に直面していくことで、自分を自分で笑えるようになるのではないか、と思ったのです。

それが、ユーモアの神髄なのだ、と。
突然ですが、さだまさしさんは、まさにこういう人なのではないでしょうか。
つまり、強い人なのです。だから、自分の弱さをありのままに見て、素晴らしい歌の詩を書くことができるのです。
暗い歌を掻くけれど、ユーモアが飛んでるのは、そういうことで、ありのままの自分を見つめる強さがあるからなのです。。

私も、まだ内側にある抵抗を突き破っていけば、そういう強さに出逢えるのではないかな、と思ったのです。

nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。