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幼児期の情緒的なニーズが満たされなかった子供の記憶が浮上 [トラウマからの開放]

おはようございます。

昨晩はまたまた大変な無意識の動きがあり、ほとんど朝まで眠ることができませんでした。
朝方少し眠ったようなので、今何とか起きて普通にしています。。

ともかく、昨日は時間があったので、午後とそれから夜眠る前にも誘導瞑想をずっとしていました。
そして、誘導瞑想をした後、夜寝床につく前にものすごい怒りが母に対して出てきたのです。
そして、再びバラを切られた怒りとともに、これまで私の大事なものを私の許可なく勝手に母が捨てたことに対しての怒りが出てきたのです。それはものすごい怒りで、これまで出てこれなかったものが出てきているようでした。

そして寝床についてからは、母だけでなく父に対してもものすごい怒りがでてきて、これまで子供の部分で抑圧していた自分の自我を侵害されていたことへの怒りが火山のように噴出していたようでした。
世の中で、よく思春期の子供などが両親を殺してしまったりする事件がありますが、まさにそういう気持ちになるのが分かるようなそんな怒りと憎しみの固まりが出てきたのです。

ともかく、その怒りをずっと感じて、そしてその感情を出していたのですが、そうしているうちに、今度は幼児期の記憶が浮上したのです。それは、幼児期に私が親に対して求めていた自分の感情に共感して受け入れて欲しいという欲求が親から無視されて、その欲求が満たされたことがない、という記憶です。

その時の幼児期に感じてたそのままの自分の感情を受け入れて欲しいのに受け入れてもらえない状態の欲求不満に陥って苦しんでいる子供の時のそのままの自分が出てきたのです。
その時の記憶がそのまま出てきたのです。
それは幼児期から子供時代にかけて、ずっと私が繰り返し感じて体験していた状態です。

つまり、幼児期の情緒的なニーズが満たされなかったのです。
そして、そのニーズを持つこと自体、親から無視され、拒否され、拒絶されていたので、その自分の感情をそのまま受け入れて、なだめて欲しいという欲求は不満のまま無意識の下に入り込んでいたようです。

つまり、そのニーズは答えられないと、その欲求不満のまま無意識に埋もれてトラウマとして残ってしまうようなのです。

だから、欲求に答えなければそれで済む、というものではないのです。
情緒的なニーズは答えられなければならないのです。

その大切さを理解しない親に育てられたために、私自身が自分の情緒的なニーズを意識できなくなってしまったようです。

つまりその幼児期に求めていた情緒的なニーズにこたえて欲しいという部分が人格の中から欠落してしまい、無意識に押さえつけられてその部分が空洞になってしまっていたのです。

そこに空虚感とか、淋しさとか、虚しさというものが生まれたようです。

それが昨晩その幼児期の満たされなかったニーズの記憶が浮上して、そこにあった空洞が埋められたような感じでした。これまでその満たされなかったニーズが無意識だったためにその子供の部分のニーズに自分で答えることができなかったのだと思います。

ともかく、昨晩はそうしてその記憶が浮上した後も、全く眠られず、無意識がすごく動いていて、いろんな無意識に埋もれていたような記憶が出て来て、小学校時代のこととかも思い出しましたが、さらにその後夢を見て、その夢の中で私を愛そうとする人が現れたにもかかわらず、その人が非常にケチであることが判明してがっくりしたところで、それと同時にどん底に突き落とされた感じになって目が覚めて、そうしたら、身体が完全にしびれて動かないくらいにマヒしていたのです。

この身体全体がマヒして動かない感じは、時々なりますが、恐らくこれまで仮死状態だった子供の部分が意識に登って来て生き返ろうとしているのかな、と思います。

ともかく、昨晩は本当にひどい状態で、誘導瞑想を続けていてよいのか、いけないのではないか、と思うほどでしたが、でも、おそらくそういう風に私の場合は自分がマヒしている状態が重篤なので、それを生き返らせるのも、それくらい大変なのではないか、と思います。

無意識を意識化するのだから大変だし、自分が埋もれていたのを掘り起こすのだから、それも楽にできるものではないのだろうと思います。



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