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子供(幼児)はじゃまだという扱い(思い)を刷り込まれていたことが判明 [トラウマからの開放]

こんばんは

今朝の目覚めにも、新たな気づきがあったのですが、なかなかその気づきを言葉にして表すのが難しいために、ブログにそれを書くのが億劫になるのですが、それでも自分の感じていることを言葉で表す努力をするのも、自分の中の感じていることを表現する練習になるかと思いますので、思いつくことを書いてみたいと思います。

今朝の目覚めに気付いたことは、私の父と母の家で私が幼児期に育てられたころの家の中の雰囲気というものが、小さい子供はじゃまだ、と言う雰囲気で、しょっちゅう父からも母からも仕事のじゃまをするな、と言う風に追い払われて邪魔者扱いされていたことです。父も母も家で商売をしていたのですが、その中で子供である私は、お客さんよりも常に後回しにされて、自分は邪魔者だという扱いを受けていたことです。

それと関連して、今朝の目覚めで出てきたことは、昨年の年末に実家に帰ったときに母と話していて花の言葉に引っかかったのですが、それは、母が本当は孫の世話をしたくなかったのに、父から無理やり孫の世話をするように押し付けられた、と言うようなことを言ったのです。商売をしているために、弟と弟の嫁さんは、父と一緒に、街中にある店に出て働かなければならないので、孫の世話は母の役割になったわけです。でも、母は本当は嫌だった、と言うようなことを、唐突に、脈略もなく口にしたのです。

それで、私は本当に母の考えていることは理解できないし、母の行動は不可解で理解できないことが多いのですが、なぜ突然に脈略もなくそういうこと言ったのか、分からなかったのです。
それが、今朝の目覚めの時に、結局私の幼児期に感じていたことと重なったのです。
つまり、父は小さな子供を仕事のじゃまとしてみていて、その邪魔者の世話は母に任せる、という考えなのだ、ということです。

それで、私は自分の意識のさらに裏側に、邪魔者として扱われていた幼児期の自分の心があることに気付いたのです。
そして、母からも邪魔者として扱われていたのだということです。というか、母には子供の扱い方が分からなかったのです。自分も子供のままだからです。

ともかく、私の意識の裏側、つまり体の左側の背中の後ろの方に、その邪魔者にされた子供の部分がいることが分かったのです。

昨日の午後にものすごい咳が出たときに実際に息を吹き返したものと思われます。意識に登ってきているのだと思います。その子供の部分は、自分は親からじゃまにされ、出て行くことを許されず、親の仕事のじゃまになるから引っ込んでいなければならない、と思い込んでいて、存在することも許されなし、自分が価値のある大事な存在であり、自分も価値を生み出すことのできる存在なのだ、とは思えなくて、自分は何の価値もない、存在することさえできない、嫌われた存在なのだ、と思い込んで小さくなっているようなのです。

それで、これまでは意識にさえ登らなかったのです。

しかし、今、誘導瞑想をしていると、ますます左の肩の裏の方にエネルギーが入って行って左の肩の下の腕の皮膚のうえが今度はヒリヒリしているのです。
それはどういう理由か分かりませんが、ともかく、記憶は体の中に残っているのは間違いないようです。

ともかく、幼児期のいろんな記憶が体の中から、特に左側の方から脊中にかけて出てきているようです。左の身体の中に本当に赤ん坊のころからの記憶として、自分を押し込めて、落ち込ませるような力が働いているようです。

そこに、愛のエネルギーを送ることが必要なのだと思います。









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