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父に完全に取り込まれていた自分が個別化する兆しがあらわれる? [トラウマからの開放]

おはようございます

昨日、今日とすごい寒波になっていますが、なんとかやっております。

そして、今朝の目覚めの時に少しだけ意識に浮上してきたのですが、非常に無意識の中に深く埋もれていて、完全に父の中に取り込まれていた自分の意識が少しだけ父から分化して、父とは別の自分が小さいけれども現れてきているのかな、という意識が浮上しました。

父との一体化の問題は、私は特にひどかったようです。
しかもそれが根強い証拠は、完全にそれが無意識になっていたということで、あまりに父の中に取り込まれて、父とは別の意思を持った自分と言うものを意識できないし、出せないという非常に閉じ込められた状態に縛り付けられていた、ということです。

そして、それを縛り付ける方法として、父は怒った怖い顔で私をにらみつけるという手法を使っており、それによって私は猫ににらみつけられたネズミのような状態になって、そこで仮死状態になっていた、ということです。眠っていたということであり、催眠術に掛けられていた、ということです。

そして、もし私が動いたりして、まだ生きているということを知られたら、怖い猫ににらまれて食べられてしまうかもしれない、という風に催眠に掛けられていた、ということです。

まさに、これは父によって催眠に掛けられ、起きたら怖い目に合う、と脅されて、ずっと死んだふりをさせられていた、ということです。まさに、催眠なのです。そして、生まれてから7歳くらいまでは脳波がシータ波なので、簡単に催眠にかかってしまうのです。それで、その催眠にかかったままそれが潜在意識に刷り込まれて、その通りに行動するようになってしまうのです。
それが、怖い父の怒った顔によって、トリガーになっていたのです。

ともかく、その催眠から目を覚まして、父と自分は別人格であり、私には私の意志があるのだ、私には父とは違う自分と言うものがあるのだ、ということを思い出さなければならないのです。

自分を認めて受け入れてその存在を受け入れて愛さなければならないのです。

ともかくひどい状態になっていた、ということが分かってきたのです。

父の害があまりにひどかったのです。
もしかしたら、父は、エネルギーバンパイヤのように、生まれたときから幼児の私からエネルギーを奪い取って自分の中に取り込んでいたのかもしれません。

そうやって、私のenergyを取り込んで、私と一体化して自分の自己愛を見たしていたのかもしれません。いずれにせよ、私は父に取り込まれて、父は私を時分と一体視して、何でも自分の思い通りにして、自分の自己愛を見たしていたものと思われます。

すごい、自己愛性人格障害としか、思われません。
その上に、母親がひどい幼児性の自己愛性人格障害だったので、生まれたときから幼児期~子供時代に本当にひどい目にあわされたものと思われます。

ともかく、親から自分を完全に切り離していかなければならないのです。

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父から賞罰によってマインドコントロールされていたことが判明 [トラウマからの開放]

おはようございます

だんだんと、私が非常に小さな幼児期から父にどのようにしてマインドコントロールされていたかが分かってきました。

それは、心理学ではオペラント条件付けというような説明がされているようですが。

誘導瞑想をしたり、目覚めの気づきで色々分かってきたのは、父は私を圧倒的に自分の支配下にある子供と見なし、これから成長して大人になっていく、ということは全く考えてなくて目先の自分の都合だけで、私を支配していればよい、という考えで私が自分の都合の良いように支配以下に置くための条件付けをしていたようです。

そして、私は幼児期にその父からの条件付けを無意識の中にプログラミングされてしまい、大人になっても無意識でそれが私を支配していたようです。

その条件付けは、幼児期に私が自分に目覚めて自分の欲求を出したり、自分の感情を出したり、つまり自分と言うものを持つことがダメなこと、自分を感じることはダメなこと、そうすることは悪いことである(実際は全て父にとって悪いことである、のですが)と、普遍的な価値判断をプログラミングされたということであり、私の中では、父はすなわち世界の反応を代表していたので、私は大人になっても自分を出すと、世界から拒否され、拒絶され、嫌われ、生きて行かれなくなる、疎外される、白い目で見られる、変人だと思われる、というコアビリーフ(核となる確信)を持ってしまったのです。

それは、自分を出すと父から、罰を下されてたからです。罰とは、怒られる、拒絶される、怖い顔でにらまれる、そして、それは私の幼児期のプログラミングでは、自分を出すと、世界から拒絶され、白い目で見られ、変人扱いされ、四面楚歌になり、捨てられて生きて行かれなくなる、(父に拒絶されると家から追い出されて生きて行かれなくなるのと同様に)、とプログラミングされたのです。
だから、私は決して自分の感情や、欲求や、自分自身と言うものを出すことができなくなり、それは無意識に埋もれて、自分で気づくことさえできなくなっていたのです。

一方で、自分を抑えて我慢することで、父から認められることができた、つまり世界に認められたので、自分を完全に否定して、自分を偽って、自分にうそをついて、人の気に入るようにふるまうと、受け容れられる、つまり報酬を得ることができたのです。だから、それが『報酬(reward)』と『罰(punishment)』による条件付けです。

しかし、それが大人になっても続くというのは、絶対に良くないです。
でも、プログラミングされてしまったので、それが罰と報酬と言う、生きて行くうえで必要な条件としてプログラミングされたので、変えることにすごく大きな恐れがあるのは仕方のないことです。

でも、それを無意識の中で変えて、正反対にしないといけない、ということなのです。
それは、やはり、誘導瞑想の中で、変えて行くしかないようです。

父の条件付けがいかに私に生きにくさを与えていたか、ということです。
その正反対の条件付けをされなければならなかったのです。
その正反対の条件付けをされれば、私は自分の直感に従って、自分のやりたいと思ったこと、手に入れたいと思ったこと、気持ちがいいと思ったこと、幸せだと感じられること、に真っすぐ向かっていくことができたはずなのです。

自分をありのままに感じて、表現することが出来たら、とても気持ちがいいからです。
そして、ティールスワンさんが言っていましたが、宇宙の源、つまりすべての根源の神、ソースとつながって、自分が生まれた目的を果たすには、自分の欲求に従って、自分の感情に従って、気持ちのいいと思うことをやることだ、ということだからです。

それを阻んでいたのが、プログラミングだったのです。

だから、これから、そのプログラミングを本来の自分の源のバイブレーションに合致するようにやり直していかなければならないことが分かったのです。


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昨晩の夢では本州の最北端から船で北海道へ行きました [夢日記]

おはようございます

昨晩は眠れないことはなく、普通に眠ることができました。
そして、明け方に夢を見ていました。

その夢では、再び私は旅に出ており、今回は本州の最北端に行っており、そこから船に乗って1~2時間くらいで北海道の南の入り組んだ入り江の中になる港に到着して、そこからバスか列車のような乗り物に乗って北海道の中を少し探検して、その日のうちに本州の出発点に戻らなければならない、と言う夢でした。

つまり、今回も団体旅行の一員として旅行をしていて、本州の北端まで行っているのですが、そこから私は個人のオプションとして北海道へ一日旅行として探検しに行ってみたくなり、一人(か二人?)で船に乗って港を出て、それから北海道の南端の入り江の中にある港に到着し、そこから北海道の旅に出るのです。

しかし、北海道の探検と言ってもどこへ行くのが効率よく名所を見て回ることができるのかまったく知らないのです。まあ、普通だったら、あらかじめ調べてから出かけるものだと思いますが、そこは夢なので全く予備知識なしに出かけて行ったようです。

それで、北海道に到着してから、地元の人にどうすれば効率よく名所を一日で回ることができるか尋ねようとしているのです。というのも、団体旅行の途中なので、その日のうちに元来た本州の場所まで戻らなければならないので、あまり時間がないのです。

そして、列車かバスの駅員に尋ねているのですが、むしろ、時間の方が気になりだすのです。というのも、本州の地点から船で北海道の駅まで行くだけで片道2時間くらいかかるので、帰りの時間も考えて行動しなければならないし、あまり遅くなって戻るのは嫌だと思ったからです。

それで早めに戻ることを考えると、ほとんど北海道で色々な場所をめぐる時間がないことに気付いたのです。それで、少し焦って、どうしようか、と時計とにらめっこしている、と言うところでこの夢は終わりました。

なので、特にこの夢にどういう意味があるのかは分かりませんが、何となく感じとしては、どこかこれまでとは違う新しい冒険をしようとしているけれど、少し不安も入り混じった気持ちだという感じです。

ただ、今朝の感じとしては昨日までと少し違って新しい何か光が身体の左側に感じられて、ハートチャクラが少しずつ開いてきている感じです。

ハートチャクラもベースチャクラとすごくつながっている感じです。
なので、一緒にベースチャクラからハートチャクラまでつながって、開かれてきているのかな、と思います。

ハートチャクラの次は喉のチャクラ、第三の目のチャクラ、そして、クラウンチャクラとこれから、もっと開かれていけばいいな、と思っているところです。





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昨晩も眠れず・・幼児期に母に拒絶された傷みはナイフを突きさされたのと同じ傷み [トラウマからの開放]

おはようございます

実は昨晩も誘導瞑想をした後、寝床に着いたのですが、全く眠れませんでした。
無意識がすごく動いているような感じで、多分またその無意識の動きが激しくて眠られなかったものと思われます。それで、何時頃かわかりませんが(3時~4時?)、起きて温めた牛乳を飲んで床に就いたらその後、何とか朝まで眠ったようです。

ともかく、昨晩の寝床の中で眠れなかったときに、まずは昨日このブログに書いた、幼児期に母をいくら泣いて呼び求めても来てもらえなかったことの痛みが出て来ていました。そして、それは昨日書いたような状況だけでなく、もう最初から、生まれ落ちた赤ん坊の時から味わっていた繰り返されていた状況のようで、母は決して私がないたからと言って来て、「よしよし」とあやしてくれたことはないのです。

というか、記憶にまったくありません。母にあやしてもらったり、泣いているときに抱いてもらったり、優しくあやされたり、と言う記憶は全くないのです。

記憶にあるのは、泣いてそのまま放っておかれて泣き寝入りした記憶だけです。
自分ひとりで泣いて呼んでも来てもらえないので、そのまま泣いて眠るしかなかったのです。
それが、幼児期まで続いていて、幼児期になって、それが繰り返されると、自分は母から拒絶されている、という考えになって言ったようです。

それが、昨晩の寝床の中ではっきりと意識に浮上したのです。つまり、私の無意識の中の非常に深いところで、そうやって泣いて呼んでも母に来てもらえず、放っておかれたことがものすごい傷となって、体の中を縦断しているのが分かったのです。それは、まるで大きなナイフが体を縦断して突き刺しているような感じの痛みなのです。

赤ん坊の身体は小さいのでその体全体で痛みを感じているのです。
そしてその痛みと同時に、自分は母から拒絶されているのだ、というコアビリーフ(考え、思い)が非常に強く身体に染みついて居ることに気付きました。

それで分かったのです。これが私のトラウマの根っこだったことが。
父と母と交互に出てきているようですが、今回は母に集中していたのです。
そして、今でも母の言葉や行動によって、私の中にものすごいトラウマ反応が起こるのですが、そのトラウマ反応とは、この幼児期に母から拒絶されているという感じと思いと深い傷が埋もれていたために、それが刺激されて出てきていたのだ、ということが分かったのです。

この根っこの、「母から拒絶されている」という幼児期の体験とすごいナイフで身体を縦断して突き刺されたような痛みが、無意識の中に埋もれていたために、母に同じような拒絶的な態度をされると、この部分が刺激されてものすごい痛みを発症していたのだ、と分かったのです。

ともかく、その深い幼児期の母に拒絶されている、という痛みと幼児期の思い込みを解消していかなければならないのだ、と分かったのです。

と同時に、昨晩は色々な思いが出て来て、そして色々なこと(からくり)が分かってきました。
ともかく、本来の自分というものは、そうやって、父や母に否定され、叱られ、拒否されたために、自分がそのような父や母に適応するために、生存するために、自分で自分を否定して、その自分を亡き者にしていたということです。

幼児期や子供のころに、自分が親から見られていない、親が自分を受け入れてくれない、つまり本当の自分が親から見えていない、ということは感じていたのですが、その結果、自分にも自分が見えなくなっていたことが分かったのです。

私は、自分が見えなかったことが分かったのです。
だから、自分がどこへ向かっているのかまったくわからなくなっていたのです。自分が目隠しをされているような状態だったのです。

これで、幼児期に自分が親から見えていないと、自分自身も自分が見えなくなるのだ、ということが分かったのです。

だから、親が幼児期の子どもの感情をミラリング(受け容れる、反射する、理解して同調する)ことが子供が自分を失わないためにどれだけ大切か、が分かったのです。

だから、私は本当にこれが必要だったのに、与えられなかったために苦しんだということです。

そして、そのように自分を傷つける親から自分を守るために、どんどんと防衛機制を作って言っていたのだ、ということが分かってきたのです。

だから、ここまでわかってきたのは自分にとってはすごいブレークスルーだと思います。
なので、さらに、このまま続けていきたいと思います。
そして、その下にある本来の自分が強くなっていくようにしようと思います。







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今すごく苦しいけど、過渡期のようです [トラウマからの開放]

こんばんは

今朝、ブログを書こうと思っていて忘れていました。
ともかく、今、凄く苦しいけれど、これまでと違って何かが変わりつつある感じで、過渡期にあるようです。

思い出しました、何を書こうと思っていたか。
それは、昨日の午後の誘導瞑想をしていた時に、またすごく幼児期の忘れていた感情が出てきたのです。
それは、本当に幼い頃のことですが、うちの両親が家で商売をしていたために、良く、接客のために夜でも私と一歳下の妹を放っておいて、家の前半分にあった店に出ていて、私たちが泣いて母親を求めていても、そのままずっと放っておかれていたのです。

そのことが何度も繰り返されていて、私の中ではそれが常態化していて、いつも泣いて呼んでも着てもらえないという絶望感と、悲しみを味わっていたのです。
また、これを書いてるとその時のままの感情が湧いてきてとても悲しくなってきました。

と言う風に、その時の放っておかれた感情がその時のままに記憶の底から浮上してきて、非常に悲しくなりその悲しみをその時のままの感情で味わって、泣いていたのです。

そしてその時に感じていた感情とは、自分は見捨てられている、そして自分には価値がない、そして自分は愛されていない、という感情と思いでした。
それが記憶の底からよみがえってきたのです。その時にどういうコアビリーフ(核心の思い込み)を持ってしまったかを知ることがとても大事だと思ったのです。そしてその思い込みとその時の感情を思う存分味わって、出し切って、それからその子供の時の自分を大人の自分で受け入れて、慰めて、その思い込みと感情を和らげて、いずれはその感情が変わっていくことを待つことが大事だと思ったのです。

そして、その後、今日はそういう風に自分をせめて、親から愛されない自分のセルフイメージをありのままに感じて慰めていると、下の方からもっと健全な(多分、本来の)自分のアイデンティティーのようなもの(エネルギー)が上の重たいものを押し上げながら、その下に出現してきているような感じになりました。

それは、自分の身体の下側にあって、何か、自分が多次元的なものでできていて、その多次元てきな自分の下の層にある自分のような感じです。その下の層が出てきている感じです。
もしかしたら、上の方にあるのが、超自我(親から取り入れた自我)で、今下から出てきているのが自分の本来の自己のような感じです。

ともかく、昨日の幼児期に親から見捨てられた自分の感情が出て来て、自分は愛されていなくて、自分は価値のない存在だ、と思っていた時に、本当にもう自分は死ぬしかない、と言う感じになりましたが。それは、古い自我が死ぬしかない、と言う感じだったのです。今のままでは生きて行かれない、と言う感じだったので、これまでの自我の自分は死ぬしかないので、死ぬのに任せようと思ったのです。
そして、その後どうなるかは、成り行きに任せようと。。

多分、そのままお任せして、古い自我(古いプログラミング)に死んでいるのではないかと思います。
しかしこれもプロセスなので、徐々に進んでいる感じです。もう自我の力が尽きた感じで、お任せするしかない、と言う感じです。古い自我(プログラミング)にしがみつこうとする力も確かに働いているようですが、その力がだんだんと弱くなって、新しい自分が下から出てきているような感じです。


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父親に押さえつけられていた子供の自分の部分が生き返ってきているようです [トラウマからの開放]

おはようございます

昨晩は、誘導瞑想の後、眠りにつくことは普通にできたのですが、今朝方、まだ暗いうちから目が覚めて眠れなくなって朝まで無意識が動いていて色々な感じになっていました。

眠られない、と言う状態のときは本当に無意識が大きく動いているようで、今回もすごく色々な感じになっていたのですが、だんだんと父から押さえつけられていた呪文が解けてきているように感じました。

それは、一つには今朝は、昨日まで絶対に消えなかった、幼児期の父の怒った顔と起こった感じ、つまり父から脅されている感じ、それによって自分が恐怖で動けなくなっている感じにさせられている、その父の怒った顔のイメージが出てこなかったことです。

それは初めてのことですが、ただ、今、これを書いていたらまたその父の怒った顔のイメージが出て来ていますが、これまでとはちょっと違った感じで、それよりも下から自分が出て来ていて、そちらの方が強くなってきている感じです。

なので、そのどうしても取れなかった父からの呪縛が、少し、突き抜けてきた感じです。
そして、今朝のその眠られない時には、怒った父の顔ではなく、もう少し大きくなってから見るようになった父親の平静な、ニュートラルな顔が出てきました。

これは初めてのことです。父の別の顔が出てくるのは初めてなので、少し、その幼児期の父の怒ったイメージから解放されてきているのではないか、と期待しています。

ともかく、分かったのはやはり、無意識の中でこれまでは、父親の押さえつけが優勢で、しかも、幼児期の私は、父が私を怒るのは、父が私を愛しているので、私の悪いところを怒って変えようとしているのだ、と勝手に思い込んで、父親に愛されている幻想を持っていたものと思われ、本来の幼児の自分の願望である、ありのままで受け入れられて愛されたい、という願望を無意識の中に埋もれさせて、いい子になって受入れられようとしていたので、その無意識に埋もれた自分が本来の自分であることが分からなくなっていたのです。

そして、偽りのいい子の自分の意識で、凝り固まった善悪の判断をしていたものと思われます。
そして、その善悪判断によって、自分はいい子で悪い部分は自分にはないのだ、と否定していたものと思われます。つまり、父から拒否された悪い子の自分は自分で駆逐したと思い込んでいたのです。

それは結局、父を自分の中に取り込んで、父に受入れられない(怒られている)自分の本来の感情や欲求を悪い子にして、自分を分割していたのです。それが意識の分裂になって、自分の分裂になって、自己否定になって、自己疎外になって、自己矛盾になっていたものと思われます。

父を取り入れて、自分で自分を疎外し、否定し、自分を見捨てていた(無意識に追いやって、疎外していた)のです。

だから、無意識のどんどん入って行って、その見捨てられていた自分を取り戻しているところなので、その幼児期に植え付けられた間違った観念までも取り払われている感じです。
その間違った観念とは、怒った父が正しくて、怒られている自分が悪いのだ、という観念です。
これは幼児期には確かにそう感じていたようで、それが意識化されてきているようです。それは無意識に幼児期の自分がそう思って、怒る父を正当化して、自分が悪いのだから、父の気に入られるいい子にならなければならないのだ、と自分で自分を律していたようです。

しかし、それが間違っていたのです。だから、それを変えて、そういう風に怒っていた父は私のためにそうしていたのだ、と幼児期の私は思っていたけれども、実際は分からない。ともかく、父はそうするべきではなかったのだ、ということ。父は間違っていたし、私はありのままの自分を愛することが必要なのだ、ということで、その幼児期に父から仕込まれた考えを変えて、自分の中の子供の自分をありのままで受け入れるように、そしてありのままの感情や欲求を受け入れて意識化していくように、自分で自分の中の子どもを育てなおさなければならないのだ、と言う風になってきたのです。

愛されなかった子供の部分を、ネガティブなセルフイメージにするのではなく、それを認めてポジティブなセルフイメージになるように育てなおさなければならないのだ、と言う風になってきたのです。



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父親に持つことを禁じられていた自分が無意識で動いているようです [トラウマからの開放]

こんにちは

ここ数日は、誘導瞑想をしているとどんどんと眠たくなっていき、身体の左側の肩の裏の方と肩甲骨のあたりへ意識が入って行っているようです。そして、それと同時に幼児期にお決まりの父の怒った顔が出て来ています。

私は相当、幼児期に父から怒られて、批判されていたようで、そのために自分を殺していい子になっていた、と言う状態になって、その結果、自分本来の意思とか感情とか、欲求とか、考えとか、ともかく、自分、と言うものをすべて無意識の下に隠してしまっていたようです。そしてその上に、父の怒った顔を取り込んで、父に常に怒られているという状態を自分の無意識の中に創り出して、本来の自分が出てこないようにして、自分の右側の意識で、自分の外の世界に適応して生きていたようです。

それで、左側に父の怒った顔があり、その下に本来の自分が埋もれているらしいです。
つまり、私は父の怒った顔によって完全に乗っ取られていたということです。
それが無意識に私の中にあって、善悪の価値判断をしていたようです。それで、その無意識の常態がプログラミングとなって私の脳を動かしていたらしいです。

でも、本当はその下に押さえつけられている本来の自分と言うものがいるのです。そして、誘導瞑想をしているうちに、その押さえつけられている本来の自分が少しずつ目覚めて意識に登ろうとしているようです。しかし、あまりに押さえつけが強いので、今すごく苦しくなっているのだと思います。

そして、一昨日あたりの二日間くらいは、夜眠る前にものすごい有毒的な恥の感情が出ていました。
これは、幼児期に父から怒られたときに、ものすごい批判されている感じになり、有毒的な恥の感情として残っているらしいです。

そして、今日はこんどは、自分はものすごく全く価値のないものだ、と言う感じが浮上していました。父にそのように常に批判され、怒られていた結果、自分は価値のないものだ、と言う感じを持つようになり、しかも、悲しくて泣こうとすると、さらに泣くことで怒られて泣くな、と言われるので、泣いて悲しい感情を出し切ることもできず、その悲しい感情さえも自己否定しなければならない状態に置かれたために、完全なる自己否定をするように、怒った父の顔によって仕向けられていたものと思われます。

そして、父の前では我慢することによってしか、認められなかったということだと思います。
我慢すれば、父を満足させることができたのです。つまり、完全なる自己否定によってしか、父に気に入られることができなかったのです。

しかも、その後、父は完全に私を見捨てているのです。つまり、私は何でも我慢する良い子とされ、父は私を顧みることなく仕事に没頭して自己愛的な欲求を満たすことができたからです。

ともかく、私の欲求や感情を押さえつけておけば、父は自分のやりたい放題にやることができるからです。そして、仕事中毒で自分のやりたいことをやりたいようにやって、満足していたので、私との関係を築くこと等興味が全くなかったのです。

だから、父との関係が完全になかったのですが、私はそれを求めることは無理だとすでに幼児期に諦めて父を完全に期待していなかったので、父は痛い存在として避けていたのです。

あまりにひどい状態ですが、私の中では幼児期に父から押さえつけられて無意識になっている本来の自分の感情とか自分自身というものが生きられなければ、生きている意味がないので、その自分自身を取り戻そうとしているようです。

ともかく、誘導瞑想をしていると、すごく深いところに入って行くようです。
自分を取り戻すためなので、何とか突き抜けるようにやるしかないのです。



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子供のころに子犬のシロが車にはねられた悲痛な記憶が浮上 [トラウマからの開放]

こんばんは

今日は二度目の投稿です。
今日の午後、誘導瞑想をしていて、ともかく、このところ子供のころの悲しい記憶が改めて深いところから悲しみとして浮上してきているので、さらにその悲しみの記憶が埋もれているらしい体の左側の肩の裏のあたりにエネルギーを送って、何かが浮上するのに任せていましたら、今回は、何となく子供のころに生まれて初めて住んでいた家の様子が浮かんできて、それと同時にその家に住んでいたころに家で飼っていた、初めて飼った子犬のシロのことを思い出したのです。

今も、これを書いていると本当に悲しくなって涙が浮かんでくるのですが、その私たち子供の3人が初めて子犬を飼って、白っぽい雑種だったのですが、シロと名付けて可愛がっていたのです。

そして、子供のころは田舎で、夏休みはプールでなく、川で水泳をしていたのです。
そして、親が交替で見張りをしていたのです。

恐らくその時は母が当番で子供はそれぞれ自転車に乗って、母も自転車で川まで泳ぎに行って、その時にシロを放して私たちが自転車で行く後についてくるようにしていたのです。

それで、川で泳いで、みんな自転車で家に帰ってきたのですが、後ろをついてきていたはずのシロが待てど暮らせど戻ってこないのです。
それで、皆で心配して、歩いてきた道を引き返していったところ、家から150メートルくらいのところで、シロが車にひかれて死んでいたのが見つかったのです。

シロは頭を車に引かれたらしく、頭が少しつぶれたように平たくなっていました。
それを見たとたんに、私たち3人兄弟は火が付いたように鳴き声を上げて、これまで泣いたことがないようなものすごい大きな声で制御できない大声で泣いて悲しんだのです。

そのシロのことは、私の中でも本当に悲しい記憶として残っていて、忘れることができなかったのです。
それが、今回、なぜか再びその悲しさがその時のままによみがえってきたのです。

恐らく、やはり、親に甘えて悲しみを受け止めてもらって、慰めてもらうという経験がないために、本当に悲しみを出し尽くして立ち直る、ということをしていなかったのかもしれません。

ともかく、その心の傷が解決されないままに残っていたのです。

自分の中でその悲しみを解決できないまま、抑え込んでしまったものと思われます。
そういう悲しみは解決しないと、傷のままに残ってしまうもののようです。

その悲しみを理解して、そのような自分の心の傷に対してどのように対処したらいいのか、というのは、本当に誰か理解のある大人(親)が、話を聞いてくれて、自分の心の中にあるものをすべて話して心の整理をして、乗り越えて行くことが必要なのだと思います。

しかし、私は親に自分の悲しみとか本音の気持ちを話して、理解してもらったり、親と話し合ったりするということが全くなかったために、総ての悲しみを自分ひとりで抱えて行かなければならなかった、というそれが問題だったのだと思います。

理解のある大人に、悲しみや色々な感情を話して、受け取ってもらって、理解してもらって、話し合って、その傷をいやしていくことが必要なのです。

それがなかったために、その時の子どもの時のままの感情がそのまま記憶の中に埋もれてしまってうずいていたものと思われます。今、その時の自分の子どもの気持ちに対して、大人の自分がその気持ちを理解して、わかる範囲でその悲しさを包み込んで、ペットの霊魂も生きてまた向こうの世界で再開できるのだ、ということを子供の自分に話聞かせて、その傷をいやしてやることが必要なのだと思います。

ともかく、そういう風に、身体の左側の中に、これまで、特に子供のころに親との心のきずながなく、感情レベルのコミュニケーションがなかったために(むしろ感情レベルのコミュニケーションを拒否されていたために)、色々な悲しみや、悲痛な体験を子供の心のなかで癒されないまま、自分ひとりで抱え込まなければならなかったために、その時のままで埋もれてしまった記憶や感情があるのだと思います。

ともかく、そういう風に、ものすごく悲痛な感情も、親が理解してくれて、癒してくれていればよかったのですが、そういう助けが全く親から与えられなかったことが、トラウマとなって埋もれているようです。

もう、どんどんと、辛かった記憶と痛みを浮上させていくことが必要なのだと思います。



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幼児期に母から屈辱を受けた記憶が浮上 [トラウマからの開放]

新年明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。

今年は実家の母に会いたくないので実家には戻らず、自分でおせちを少し作って、お正月を静かに過ごしています。黒豆の煮豆はスロークッカーですごく上手にできました。それから、きんとんも、サツマイモをゆでた後つぶして裏ごしに掛けたらすごく滑らかになりました。この前裏ごしに掛けないでスイートポテトを作ったらスジがあり過ぎたので、裏ごしに掛けないとダメだと思い、チャンと裏ごししたらすごく滑らかになり、スジが全くないので成功です。

このお正月休みは、思う存分誘導瞑想をして、過去の痛みをできるだけ意識に浮上させて浄化させたいと思って励んでいます。

そして、昨晩の誘導瞑想の時か、あるいはその後から今朝の目覚めの間の、いつだったか忘れたのですが、ともかくすごくまた左側が耐えがたくなり、それを耐えているとまた、深いところから幼児期のある出来事の記憶とその時の感情がその時のままで湧き上がってきたのです。

それは、やはり、幼児期にものすごく自分が傷ついた記憶でした。

その浮上した記憶とは、幼い時に実家では店をしていたので母がお客さんの相手をしているときに母を呼んでもすぐに来てもらえなかったことがよくあったのですが、その中でも痛烈な記憶が浮上したのです。

それは私がまだ本当に幼かったときのことのようです。というのも、お風呂に入った後、自分で体をふいて出ることができないくらいに幼い頃の記憶だからです。なので、お風呂からあがろうとして、母に身体を拭いてもらおうとして、母を呼んだのですが、何の返事もなく、私はものすごく泣いて母を呼び続けたのですが、母が店に出ていて、返事もしないし、全く姿を現さなかったのです。

それで、私は泣き疲れて、裸のまま母を呼びながら泣いて店に出て行ったのです。
そうしたら、そこには母とお客さんがいて、私を見て笑ったのです。
私はまさかそこにお客さんもいるとは思わなかったので、裸であることが恥ずかしくなって手で隠したら、ますます笑われたのです。

その記憶が浮上して、ものすごくその時の悲しさがよみがえってきて、それが単なる記憶としてでなく、本当に悲しくてつらいものとして、ものすごく悲しくつらく、痛みが激しく、その時に戻って泣けてきたのです。

それは、私にとってはものすごく傷ついた出来事だったようです。
そして、その時の痛みがそのまま残って体の左側に埋もれていたようです。
それが誘導瞑想によってよみがえってきたのです。
そして、その本当に幼児の時の自分が辛くて、恥ずかしい思いをしたこと、そしてそれを笑われたことで非常に屈辱感を味わわされて、自分がかわいそうだと思ったこと、すべて浮上してきたのです。

しかし、その時にはあまりに恥ずかしくてそういう悲しい気持ちを抑圧してしまったようです。
そういう自分の気持ちを分かってくれ、共感してくれる母ではなかったため、私は自分の本当の感情をそこで出し切って泣いて本来の自分の健全な気持ちに戻ることができなかったものと思われます。

本当に悲しい体験をしたときに、その悲しさをありのままに共感されて、自分で味わいつくして、それを分かってもらえる人に包まれてこそ、その時の幼児の私は自分は大丈夫だ、愛されている、自分の感情は間違っていない、私の欲求は間違っていない、と思えて、自分と言う感覚を維持できるのだと思います。

それが、私の場合は、誘導瞑想をしていて分かってきたのですが、自分をものすごく否定しているのです。ものすごく、自分を全面的に否定して、非常に否定的であることが分かってきたのです。

また、自分の人格の核の所が本当にめちゃめちゃになっていて、その部分が真っ暗で整理されていないことが分かってきたのです。というか、その部分は抑えられて死んだ状態(仮死状態)になっていたようです。ものすごい自己否定です。

それが、親から「自分であるな」というメッセージを受け続けた結果だったのです。
幼児期の自分が受けた傷があまりにひどいことが分かってきたのです。
それは、自分の自尊心と言うものが完全に打ち砕かれたのです。

この出てきた母の態度から私が受けた感じは、つまり、私の感情や欲求は、価値のないものだ、というメッセージを母から与えられていたのです。それで、私の欲求や感情は、価値のないものだ、と思い込んでそれを出せなくなっていたものと思われます。また、それを出すと拒否されて傷つくのだ、と思って恐怖のために出せなくなっていたのです。

それほど繊細で、傷つきやすい感情が、完全に母によって打ち砕かれて、傷つけられて、無意識の中に押しやられていたのです。

やっと、今になって、リサ・ロマノさんの言っていることが分かってきました。
リサさんは誘導瞑想のビデオを作っている人で、私が誘導瞑想をするのも、今のところは全てリサさんのビデオでやっているのですが、彼女が、言っていることが分かってきたのです。

つまり、機能不全家族の中で育った人は、自分の中の痛みを否定するように親から仕向けられて、自分で自分の中の痛みを否定しているのが問題であり、その痛みの記憶を思い出して、その痛みを感じることが必要だというのです。

やっとそのことが分かってきました。
私も痛みを避けることをしていたら、前に進めなかったのです。
ともかく、自分の身体の左側の心臓のところ、つまり、ハートチャクラにものすごい痛みが溜まっていたことが分かってきました。

それは、行けども行けども痛みの記憶の集合です。
でも、それは機能不全の親から乳幼児期にまったくその私のありのままの感情に共感できず、無視し続けた親から受けたものなので、痛みが溜まっているのが当然なのです。

感情のレベルで、本音の部分で愛された、感情が分かってもらえた、共感してもらえた、愛された、という感情を味わったことがなく、味わったものと言えば、分かってもらえない、という傷と痛みと苦しみと、悲しさなので、それ以外のものはないのです。しかし、それを分かってもらえなかったので、自分の中で痛みを否定しているのです。それは分かってもらえなかったので抑圧されてしまったのです。
自分と言うものが持てなかったのです。

だから、ともかく、その痛みを味わいつくして、突き抜けるしかないようです。
でも、色々と分かって来て、その中で自分と言うものの感覚が出てきそうな気がしてきました。
自分と言う感覚がないと、自分がオーケーで、自分はこれで十分なのだ、と言う感じが出てこないのだと思います。

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父との関係で非常に深く傷つけられていたことが判明 [トラウマからの開放]

こんにちは

昨日は、誘導瞑想をしているときに、時間をかけて瞑想していると、だんだんと深いところから無意識の底の方に眠っていた父から受けたひどい仕打ちの記憶がよみがえって来て、その時の傷ついた感情や傷みが湧き上がってきていました。

そして、思い切りその痛みを感じて泣くことでその深いところに眠っていた痛みが癒されていくのかな、と思っています。

そして、父に対して自分を我慢するのではなく、本当に悲しかったら悲しい感情を今ここで味わって表現していくことで、自分を我慢するのではなく、本当は父に対してどういう感情を抱いていたのかを思い出していくことが必要なようです。

つまり、感情とは流れるものであって、その時その時の感情を出していれば、恨みや傷は残らないのに、父が幼児期のその私の感情に我慢できないために私に我慢させていた、ということになるのだとおもいます。そして、我慢した感情はそこで流れが止まってしまい、そのためその感情が無意識に残って後々までその痛みとかが恨みとなって残ってしまうのでしょう。

そして、感情はそこで固まってしまい、頑固になって、父への感情も憎悪とか、罪悪感とか恥とかそういう固定した感情になってしまうのでしょう。

今、その時に戻って父に傷つけられた時の記憶と感情を味わってその時の辛さを存分に味わって泣いてみると、それは耐えがたい感情ではありますが、それによって固まっていた感情が流れ出して、かたまっていたものが解けだしているようです。

ともかく、今分かるのは、父は私に対して子供のころから絶対に私の気持ちを尊重しなかった、ということです。そして、私がどう思っているか、全く関心がなく、ともかく、自分の気持ちだけで私を動かそうとして支配していたということです。

つまり、私がどう思おうと、何を欲しようと、私の意向を尋ねることは全くなく、私は自分の意思を持った人間として扱われていなかった、ということになります。

子供と言うものでも自分の意思があり、感情があり、自分の気持ちや感情で生きているのだ、ということを理解していなかったものと思われます。そして、父や母の気持ち次第で支配されていたものと思われます。

そして、今回出てきたつらい記憶は、小学生になってからのことで、お正月に私の大好きなテレビ番組が夕方から始まるのを楽しみにしていたところ、その番組が始まろうとしたときに、父が、テレビをずっとつけっぱなしだと、テレビが壊れるから切りなさい、と言われて、私はずっと一日中楽しみにしていた番組だったので、父の命令に逆らった所、父からすごい怖い顔で怒られ、追いかけて来てほほを手のひらの項でたたかれたのです。

その記憶がよみがえって来てどんなに悔しい思いをしたか、そして、どれほど父がひどい人であったか、がその時のままによみがえってきたのです。

ともかく、それまでも父は自分のいうことだけが正しくて、私の意見や欲求は子供のいうことには意味がないとして、まったく関心がなく、私は父から愛されたという記憶は全くなく、ともかく、バカにされ相手にされていなくて、それまでにもすでに父から恥や罪悪感を植え付けられて、私のいうことや欲求や考えは全く価値がない、と言う風に扱われていたので、私の中では父とのコミュニケーションをとることなど全く望むべくもなく、自分の意見をはっきりと述べるなどということは、父との関係であり得なかったのです。

父は全く私のいうことや考えることには、価値を置いていなかったのです。

だから、私は父に対して、何故私はこの番組を見たいのか、とか、この番組だけ見たらその後は切るとか、そういう交渉をするという考えさえも浮かんでこなかったのです。

とにかく、父は私と話し合って解決する、という考えは全くなく、自分が言うことが絶対に正しいという独裁者だったのです。だから、社会で生きて行くうえでの人間関係の基礎と言うものを学ぶことは全く不可能だったのです。

ともかく、それが乳幼児期からずっとそうなので、父との間に、私は自分と父との間を持てなかったのだと思います。

父はまさに、自分のことしか見えない、自己愛性人格だったのでしょう。

ともかく、そういうひどい記憶が浮上しているので、父との間で傷ついていたことをありのままに思い出して、本来の自分を取り戻すことが必要なのだと思います。

あまりに、私が父に合わせすぎて、父をかばい過ぎているのが問題であり、父を良い、理想の父親としてどこかで幻想を持たせられて、マインドコントロールされていたのから、目覚めなければならないのだと思います。

相当のマインドコントロールを受けて幻想の中で生きるように支配・操作されていたのだと思います。




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