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非常に幼い頃の記憶が浮上して悲しさがこみ上げました [トラウマからの開放]

こんばんは

今日は午後少し瞑想していたら、すぐに幼児期のある出来事の記憶が浮上し、悲しさと悔しさがこみ上げて来て、それがあまりにひどくて泣いていました。

何か、昨日あたりから、左側のペインボディー(痛みの固まり)がうずいているようで、そこに幼児期に抑圧してため込んだ痛みや悲しみがあり、それがどんどんと出てきやすくなっているようです。

そして、その出てきた記憶は、妹と私がいつも遊びに行って、遊んでもらっていた家の子のお姉さんが結構意地悪で、私の妹に障害があり、言葉がはっきり発音できなかったことをからかっていたのですが、その時のことが写真として残っており、その写真を観るたびに私はその時のことを思い出して嫌な気持ちがしていたのです。それは、いたいけな幼い3、4歳の私と2、3歳の妹、くらいの年齢の時のものです。

そして、私はその頃、いつも妹を私が守らなければならない、という責任を感じていたようです。
なので、その時、妹がバカにされるのを私が防げなかったことをすごくつらく、悲しく思っていたことがその時の感情の記憶として浮上したのです。

そして、その時のままの感情で、耐えられずに泣いたのですが、今もまたこれを書いていたら泣きそうになりました。

その感情も抑圧して、抑え込んでいたから、今それが出てきているのだと思います。
それだけ、私は普段から自分の感情を抑えて、何食わぬ顔をするような癖がついてしまっていたようです。

私が幼い時に我慢強かった、と父が言った通りだったようです。
しかし、その源を探ると、そういう私の中の本当の感情を親が見ていなかったし、受入れられたことがないたために、出せなくなっていただけだ、と分かってきたのです。

親の態度によってそうなっただけだ、と分かったのです。
というのも、今回悲しくなったのも、その私の中のいもうとを守りたい、というけなげな気持ちを親が分かってくれるような親ではなかった、ということです。親は私を常に批判し、怒っていたので、私がそんな優しい心の持ち主だ、なんて、思ってくれているとは思えなかったのです。

そこで、思い出しましたが、メンタルクリニックの先生が、私のことを優しいのだ、と言われたのはそういうことなのだ、と分かりました。子供には、その子が優しい心を持っていることを認めて、それを育ててやらなければならないのです。それがミラリングです。ポジティブなミラリングです。

しかし、私の親は、ネガティブなミラリングしかしなかった、ということです。
否定的な、批判的なミラリングしかされないから、本来の自分の感情はいけない、悪いのだ、と思ってしまっていたのです(無意識の中にプログラミングされた)。

それで、そのミラリングによって私の脳の中のミラーニューロンがその親の態度を取り入れてしまって、親と同じように私の脳の中で私の中の本当の感情を怒って押さえつけるようになってしまったのです。

ともかく、今私の脳と体の中では、いまだにその親のプログラミングが働いていて、自分が自分を見張っていて、お前はダメだ、出てくるな、という状態になっているのです。

しかし、今、その出てこられなかった幼児期の本当にその時に感じていた悲しさや、つらさや、悔しさや、淋しさや、とにかくその時に抑え込んでしまって、表現されなかった、つまり、解放されなかった感情エネルギーが浮上してきて、泣くことで解放されているようです。

今回のこの出来事を思い出したことで、その時代のことが色々思い出されて、そしてそのころ本当に感じていたことを思い出そうとするときに、その幼い子供がいかに純真で、けがれの全くない、天使のような心を持っていたか、に思いが及んで、自分の本来の幼児期の心はこんなにも純真だったんだ、と感じて、それを親が理解しなかったために、親によって汚され、自分も親を取り入れてその本来の純真な自分の心を疎外していたことが分かって来て、あまりに悲しくなってまた泣いていたのです。

まさにこれが、心の浄化ではないか、と思っています。
だんだんと、幼児期の本来の自分のけがれのない、純真な心、つまり、世間の目や、社会生活への適応によって汚されていない、素のままのダイヤのような心(幼児の心)が意識に浮上してきているのではないか、と思えてきたのです。

イエス・キリスト様が、子供のようにならなければ、天国に入ることはできない、とか、天国では子供が一番神様に近いのだ、とか、子供を私のところに来させなさい、とか、言われて、とにかく、子供が一番神様に近い存在だ、ということを繰り返されていたのも、こういうことなのか、と思ったのです。

確かに、子供が一番偉いのです(スピリチュアル的に)。そして、子供は何が一番大事なのか、わかっているのです。それは、親との間で愛し愛されることです。親との間で愛を学ぶのです。親との間で親密な関係を学ぶのです。

私も幼い時にそれを切に求めていたのです。しかし、機能不全の親だったためにそのような私の欲求が全く満たされず、無視され、拒否され続けていたのです。なので、愛し、愛されるを学ぶことができず、むしろ、愛とか親密な関係を恐れるようになってしまったのです。

ともかく、その機能不全のプログラミングが少しずつ崩れているのかもしれません。

また、その本来の自分の核の部分には、子供のおとぎ話とか、昔話とかの原型が埋め込まれているようにも感じます。その辺は、ユング心理学でも触れられているのかなぁ。

ただ、まだ出てくる兆しはあっても、状態としては幼児期に親から抑圧されて、自閉症のようになっている自分の感覚なのです。だから、親に言いたいことを遠慮なく言える、という心理状態にはまだなっておらず、何か言えば父から批判され、拒否されるということに対して反射的に構えてしまう状態のようです。だから、言いたいことが親に対して言える状態になれば、喉のチャクラが開かれた、と言う状態なのだろうと思いますが、そこまではまだ行っていないようです。



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昨晩、身体の左側のペインボディに気付きました [トラウマからの開放]

おはようございます

昨日は、ずっと一日誘導瞑想と眠ったこと以外には何をしていたか、ほとんど記憶にないのですが、横になっているときに、自分の体の中の特に左側がすごく渦を巻いたようになっていて、これはエネルギーが動いているんだろうと感じていました。

そして、私という存在の本質はエネルギーなのだ、と気づいたのです。というか、そのエネルギーが動いていて、自分と言っているものも、実はエネルギーなのだ、と感じたのです。
これは初めて実際に感じたことです。

そして、昨晩、寝床について眠ろうとしたら、凄く身体の左側の中に痛いものがあったのです。
その前には悲しみが溜まっている、と感じていたのですが、その後、悲しみと言うよりも、すごい体の痛みと感じられたのです。それは、精神的な苦痛の固まりが体の筋肉や感覚に働いて、痛みを引き起こしているような感じでした。それで、思ったのが、これは、エックハルト・トールのいう、ペインボディではないか、ということでした。

その痛みがずっと取れず、体の中ですごくうずいて、しかも、眠られなくなってきたので、起き上がってYouTubeでエックハルトトールのペインボディについての講義を聞いてみました。
そうしたら、過去のトラウマ(カルマ)によるエゴが発するのがペインボディだ、といっていたので、
まさに、私の今のこの痛みはペインボディだと思ったのです。

そして、これまで、エックハルトトールの話はあまり意味がよくわからず、ピンとこなかったのですが、今回ものすごく納得できて、言っていることがすごく私の体験を通して実感できたのです。

なので、私の意識が少しずつ変わってきているようです。
で、エックハルトトールの話を聞いた後で、過去の幼児期がペインボディになっている、ということも言っていたので、今回、母に勝手に私の大事なバラをめちゃめちゃに切られたことは、私が幼児期からずっと母から見られていなかったことを象徴している、ということに再び気づいて、ずっと幼児期から私の自発性や私の楽しみを母から刈り取られていたことを思い出して、また悲しくなって泣いていたのです。

ともかく、泣くことは浄化になるので、毒素をだすためにはいいことだと思いますので、いまだに悲しくなるということはまだ母から受けた毒素が残っているということだと思いました。

ともかく、エックハルトトールの講義も理解できるようになったのは、進化してきたのだと思います。
そして、以前、リサさんがエックハルトトールのことを話していましたが、その彼女が言っていたこともやっと理解できるようになってきたのです。

ともかく、幼児期の父や母が私に乗り移って、ものすごく私をしばっていたので、今も頭の中で父や母が出て来て私を脅しているような態度をとっているのですが、ともかく、父や母に頼らず、自分の内側にどんどん入って行く、そして、その自分がエネルギーを向けることでそこに入って行けると思います。

また、感じたのは、意識や感情はエネルギーだ、ということです。
そして、そのエネルギーが外の世界を作っている、ということです。
それがだんだんと分かってきているように思います。


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身体の左側にある自分が深い傷を負って立ち上がれない感じ [トラウマからの開放]

こんばんわ

先ほども状況を書いたのですが、書き忘れたことがあります。

それは、身体の左側の下の方にすごく深い傷を負った自分がいて、まったく立ち上がれない感じになっているのです。

それで、横になってずっと休みたくなるのもあります。
ともかく、身体に力が入らない、というか、すごい特に体の左側に痛手を負っていて、起き上がるエネルギーもなく、弱くなっている、と言う感じなのです。

左側に張っていた鎧が緩んできて、その下には深い傷を負った弱い赤ん坊の自分がいるため、こういう状態になっているのかもしれません。
ともかく、力が入らず、休むしかない、と言う感じです。
これが本当の自分なのかもしれません。すごく深い痛手を負って体に感じる傷を負っている感じです。

まるで赤ん坊のように、立ち上がることもできない自分のようです。
赤ん坊から成長していないのかもしれません。
これからエネルギーを送って、育てて、一人で立ち上がれるようになる必要があるのかもしれません。

それは、これまで生きていなかった自分のもう半分の部分かも知れませんが、その部分にすごい悲しみが溜まっているような感じもします。もしかしたら、その悲しみを出せないような状況で悲しみが溜まっているのかもしれません。

あるいは、感情が全てそこにあるのかもしれませんが。
ともかく、だるくて、しんどくて、肩も凝っている感じなのです。

これで、いったいこの先本当に立ち上がって生きていけるのだろうか、というくらいすごく脱力感もあるし、自信もないし、と言う感じです。頭の働きも弱っているのか、これまで過剰に働いていた脳の部分が変わってきているのかもしれません。考え過ぎだったのかもしれないし、考え過ぎで動きがとれなかったのかもしれないし、ともかく、これまでとは違う感じです。




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内なる子供に自由が与えられていなかったことが判明 [トラウマからの開放]

こんにちは

昨日は、やはり歯痛がひどいので、午後から歯科医委員へ行って、一応治療してもらい、なんとかやっています。しかし、まだ、歯茎がひりひりして痛く、快方へ向かうまでは我慢しないといけないかもしれません。それでも、その前の夜の眠られないほどの痛みから解放されて、治療を受けているのは助かりました。

そして、無意識の動きは相変わらず進んでいます。
そして、本当に幼い、まだ物ごごろ付くかつかないかの幼児期に父親によって完全に支配されていた子供の部分の自分の意識が少しずつですが目覚めてきているように感じます。

そして、一つ皮がむけて意識的には一段下のレベルに下っていった感じです。これまで無意識だった意識の下の部分に初めて自分が降りて行った感じ、でしょうか。

そして、今朝の目覚めで感じたのは、そこにいる無意識から目覚めかけた子供の部分の自分が、自分が自由でない、と感じていたのです。つまり、そこには自由になりたい、という子供の部分の自分がいることに気付いたのです。

まあ、当然と言えば当然かもしれません。父親を取り入れて自分で自分の子どもの部分をしばって半殺しにして、固めていたので、確かに、自由ではなかったのです。

しかし、本当はその幼児の自分は自由が欲しかったのです。でも父の前では気を使って自由でいられなかった、緊張して自分を殺していなければならなかった、ということです。

そして今回、初めて感じたのは、本当の愛とは、相手に自由を与えるものだ、ということです。

私は、幼児期に父が私を愛しているから躾として私に批判的になって怒って、泣くな、とか、感情をだすな、とか、欲求するな、とか命令されていると思っていたようですが、本当の愛とは、そうではないのだ、ということです。

それは、頭では分かっていたことですが、幼児期(内なる子供)の部分では、やはり父を一番の権威者と見なしていて、父に従うことが父との関係を維持する唯一の方法で、正しい方法で、父のいうことを聞くことがいい子になって、父に褒められて愛されることだ、と思っていたので、必死で自分を殺していい子になることが、自分が愛される方法だ、と思っていたのです。

しかし、本来の幼児の心の自分の中では、自分が自由に振る舞って、本当に自由な自分が受け容れられてありのままで受け入れられて愛されたい、と思っていたのです。
しかし、無意識のプログラミングで、受け入れられるためには自由であるな、という刷り込みがされていたので、父親を取り入れた自分が自分をしばって、自分の自由を自分で奪っていたのです。

しかし、私の内なる子供の部分は本当に自由を求め続けていたことが分かりました。
それは、自由な表現する能力を求めていた、ということです。
それが、創造性なのでしょう。自由がなければ、創造性はないので、自由と創造性は一体なのです。
そして、子供は創造性が豊かなのです。
私は本当に親から自発的な表現の自由を奪われていたと思います。

父が私から奪ったのは、自発性なのです。

本当にひどいことです。

ともかく、今は自分の中の子どもの部分に自由を与えることだと思います。
そして、本当の愛は相手をしばることではない、ということだ、と分かったのです。
それが分かっただけでも楽になって、解放されてきたと思います。








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父への感情が完全に無意識化されていたようです [トラウマからの開放]

こんにちは

昨日は、一日中ものすごい歯痛で苦しめられ、夜眠ることもできないほどでしたが、何とか鎮痛剤を飲んで眠って、今日は耐えがたい歯痛は何とか収まっています。

そして、昨晩は、眠る前にその耐えがたい歯痛と共に、これまでにないくらいひどい、自分はダメだという感情と、そして本当に生きたくない、生きられない、というほどみじめな感情がわきあがってきました。

そして、自分ほどみじめな境遇の人間はいないし、みんな本当の私のことを知ったら、決して受け入れることはできないだろう、とか、自分の状態は最悪でどうしようも救いようがなく、これから先も決してこの状態から改善することはできないだろう、とか、とにかく、ものすごくみじめで耐え難く、生きたくないような感じが湧き上がってきました。

ただ、この生きたくないという感情は、これまで抑圧されていたものが出てくるときに、これまでは仮死状態でそれが安心につながっていたので、生き返ることは不安と死ぬことをも意味するくらい怖いことだったために、生きたくない、というすごい抵抗が起こるものと思われます。

なので、とにかく、それに耐えるしかありませんでした。
そして、耐えているうちに、だんだんとそれはやはり、父親から受け入れられず、愛されなかったことや、批判ばかりされていたことから、自分の本来の子どもの部分が出たくない、と抵抗していたのだ、と分かってきました。

そして、その子供の部分が、自分は本当に価値のないものであり、誰からも愛される可能性がなくて、もし、自分が出てきたらきっと皆、逃げて行ってしまう、本当の自分を知ったらみんな自分を嫌って、私を避けて去っていくだろう、あるいは、批判するだろう、と思っていることが分かったのです。

とにかく、凄く自己価値感がないというか、低いのです。

それが眠っていたのが出てきているようです。これまではその弱い自分がかたい殻をかぶって、強気になっていたものと思われます。つまり、その弱い自分は絶対に出ないように鎧をかぶって、緊張して、強がりをしていたのです。その強がりをしていた自分が偽の自分だったのです。

それが分かったと同時に、これまで私が異性関係でも、自分は父から嫌われ、拒絶された存在だ、というからにこもっていたため、そこから出られなくて、自分は愛されなくて、結局みんな去っていくのだ、という同じパターンを繰り返していたようです。

自分が内なる弱い自分に気付いていなくて、自分を愛していなかったので、人から愛されるはずもないのです。そして、ずっとそのパターンで来ていたことが分かったのです。

そしてその核心には恥の感情があるようです。
ともかく、父との関係が全くなかったことが大きな原因のようです。

そして、先ほど誘導瞑想をしていて気付いたのです。それは、父親は私のバウンダリー(境界線)をどういう風に侵害したか、ということですが、私は父親の中に完全に取り込まれていたので、バウンダリーは全くなかったし、父は完全に私のバウンダリーを認めなかったのだということです。

私のものは、すべて父のものだったのです。
私の意思も、欲求も、感情も、身体もすべて。

そして、気づいたのは、子供のころ、父は私を全く見ていなかったのだ、ということです。
つまり、私は父から見られていなかったのです。つまり、完全に無視されていたのです。
つまり、父は全く私に興味がなかったのです。そして興味を持たなかったのです。
そこにいることさえ、無視されたのです。

そして子供時代に学校の勉強とか、成績とか、学校で何があったとか、一度も関心を示されたこともなく、何か声をかけて聞かれたこともなく、完全に無視されていたのです。興味がなかったのです。

それがいかに不自然なことだったか、初めて気づいたのです。
というか、初めてではなく、これまでも思っていましたがそれは、頭の中でそう思っていたのであって、今回は、瞑想の中でそれがいかに本来の私の子どもの心にとって傷つけられることだったかが、感情として湧き上がって来て泣いていたのです。つまり、非常に悲しいことだったのです。

でも、それを父は絶対に理解してくれるような人だと思えないし、父に期待することさえ考えられなかったのです。ともかく、父との関係は非常に不自然なほどに、疎遠だったことが分かったのです。

だから、父から人間関係について何も教わることなく、とにかく拒絶されることだけを繰り返し教え込まれて、私は父にとって価値のないそんざいだ、(陰で良い成績を取っていれば何とか受け容れられるだろう)と思っていたのです。

それが、私の中では普通になっていて、それ以外のあり方は考えることさえできない、あるいは、もし考えたら、私の中で、こういう父親であって欲しい、という欲求が湧き上がって、でもそれを求めても拒絶されるだけなので、求めるだけ傷つくのだ、と思い込んで、その欲求があったことさえ無意識に追いやって意識しないようにしていたようです。

それを考えるだけで、私が拒絶された痛みがよみがえるので、それを意識しないようにしていたようです。

しかし、それは本来の自分を失うことになっていたし、本当の気持ちを自分で自分にわからないようにしていたのです。しかし、幼児期に父親から拒絶された傷はものすごく深いらしく、それを掘り起こすのもものすごくつらいことです。でも、そこに無意識のプログラミングがされているので、それを掘り起こさなければ、そのプログラミングを消去することはできないのだろうと思います。





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自分が少しずつ目覚めている感じ [トラウマからの開放]

こんばんは

今朝の目覚めでは、昨晩からの続きで、幼児期から子供時代の自分が父から全く愛されていないと感じている感じが浮上して、非常につらい感じになっていました。でも、これで本当に私が父に愛されていないと、感じていたことが明らかになった感じでした。

これまで、そう感じていたことさえも抑圧して父にいい顔をしていなければならなかったので、自分の本当の感情が分からなかったからだと思います。それだけ父に対して、気を使って気に入られるようにふるまっていたものと思われます。というか、気に入られないで怒られるのを避けよとしていたので、自分が本当はどう感じているのか、本当の感情に蓋をしていたので、時分でも分からなくなっていたのです。

しかし、本当に幼児期から子供時代の本音のところで、父に拒絶されていると感じていたことが分かったのは良いことだと思います。ともかく、それでも寝床でじっとしていると色々と思いがめぐっていろいろなことにも気づくことができました。

そして、私を批判し続けて、怒っている父の姿も出てきたのですが、その父の見解は間違っていて、私はこれまで父にだまされていたのだ、と分かったのです。つまり、父は何かといえば自分の気に入らない時に私に怒りをぶつけていたので、まるで私だけが悪者のような扱いをされていたのですが、それは父が自分の思い通りにならないから私を悪者扱いしていただけで会って、私から見れば、私は悪者でも何でもなく、ただ、自分の意思を働かせていただけであって、父の方こそ親であり大人のくせに自分をコントロールできなくて、自分をコントロールできないから私を責めていただけではないか、と気づいたのです。

つまり、父の方こそ自分の感情のコントロールが出来なくて、大人げなくて、親らしい態度を取れないくせに、そして、その自分の落ち度を反省するのではなくて、すべて私のせいにしていたのだ、ということが分かってきたのです。

それで、素直な子供であった私は、父親に保護されて生きて行かなければならないので、自分が悪者にされても、そういう父のいうことや見解を飲み込むしかなかったのです。

だから、父との間で全ての落ち度は私にあることになっていたのです。そして、父はいつ機嫌を悪くして怒り出すが分からないので、常にびくびくして、顔色を見ていなければならなかったのです。父が機嫌を悪くすると、どんな怖いことが起こるかわからないので家じゅうの者が恐れていたのです。

そういうわけで、私の中の子どもの部分は、父のいうことが全て正しいと思っていたので、自分が悪いのだ、と思って、自分が愛されてなくて拒絶されていると思っていたのですが、父の言っていることは単なる父の独裁者の言葉だったので、私は父に騙されていたのだ、と分かったのです。

そして、色々と思いを巡らした後で、寝床から起きてみたら、頭の中がくらくらしていました。
そして、歩いてみると、まるで三半規管が狂ったかのように、頭がくらくらして、歩きながらもくらくらして、身体があらぬ方向に傾いて色々周りにあるものにぶつかりそうになったり、転びそうになったり、足もとがふらついたりしたのです。

脳の右と左のバランスが変わっていたのかもしれませんし、何らかの変化が起こっていたのかもしれません。

ともかく、これまでずっと父の責める声を自分のなかに取り入れて自己否定して、自己嫌悪していたのが、取れて来て、頭の中で上下左右がひっくり返っているのかもしれません。また、これまでとは180度自分が転換した、という感じもしたのです。

今その過程にあるのかも知れません。

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父への本当の感情が出て来ていなかったことが問題 [トラウマからの開放]

先ほど書いた父との関係の続きですが、

私は父との関係がなかったのですが、それがすごく不快感をもたらしていたのです。
何故なら、自分が父に対してどういう風な関係を持っているのかが全くブラックボックスで、自分で自分のことが分からない状態だったので、非常に不快だったのです。

それが今、やっと状況が意識に浮上してきているのかもしれません。
やはり、父から愛されていない、と言う感情であり、それは非常にがっかりすることであり、絶望していたようです。

そして、先ほど、誘導瞑想をしていて感じるたは父の抑圧的な上から覆い隠すような力によって、私の本来の感情が押し殺されて亡き者にされていた、非存在にされていた、ということなのですが、幼児期に私が自分を殺して父に受入れられようとしていい子になっていた、と言う状態が、いまだに、まさに今もそのまま続いているのだ、ということが初めて意識に浮上してきたのです。

父はもうずっと前に他界しているし、ここにはもういないにもかかわらず、です。
今も私の中の子供の部分、あるいは本来の感情の部分は父に完全に覆いかぶされていて、幼児期と同じように(その時のままで)父に何とか受け入れられようとしているのです。そうして、怒られないようにして、いい子になって父の保護を受けようとしているのです。

信じられないことです。
それが、意識に初めて浮上してきたのです。だから、幼児期のことではなく、今現在に起っていることだったのです。

ともかく、信じられないくらいひどいことだと思いました。
それに今の状態もひどいです。夕方からすごく頭痛がしているのです。そして、いまだにその頭痛がしているのと同時に、歯も痛くなっているのです。
それに、身体の方も首とか左の方とか、腰とかいろんな方向に引っ張られて痛いのです。

多分、この父の抑圧的なプログラミングが意識に浮上して来たせいだと思いますが、凄く苦しい状態なのです。それだけひどく父にマインドコントロールされたということだと思います。
ともかく、父に心も体も支配されていた、ということだと思います。だから、感情のところですごく苦しい目に合っているのです。自分と言うものを全く出せなかったからだと思います。
自発性を亡き者にされたので、幼い自分にとってはものすごくひどい目に合ったものと思われます。

そして、そんなにひどい目に合っているのに、父はそれを自己正当化していたために、その父に合わせて父は良い父親なのだ、と思わなければならなかったので、完全に自分と言うものが打ち消されて亡くなってしまったものと思われます。

だから、父との関係がない、という状態になったものと思われます。父に対して私は存在していなかったから、関係の持ち様がなかったのです。だから、関係がなかったし、父に対して何の感情もわかなかったのです。

ともかく、私は父から愛されているとは感じなかったし、嫌われていると感じていた、というか、父は全く私を理解していないし、理解しようともしていない、雲の上の存在だ、と感じていたようです。だから、父に理解されようと努力することも放棄していたようです。
それで、自分を失っていたのです。

しかし、そうなる前に、何度も父から私は拒絶され、批判されたものとおもわれます。
その父の感じが無意識から浮上してきているようです。それがプログラミングだったようですが、ものすごく幼い時のものなので、本当に深いところでプログラミングされてしまったようです。

それも、父の無意識なのか、と思いますが、その父の無意識が私を拒否するプログラミングだったので、私は父をそのまま取り入れて、自分を拒否して、批判して否定して暗闇にとじ込みていたものと思われます。

だから、喉のチャクラが閉じてしまっていたのだと思います。でも、いまそれが意識化されてきているので、喉のチャクラもこれから開こうとしているのかもしれません。

ともかく、今はどんなに苦しくてもともかくここを突き抜けるしかないので、どんな苦しみも耐えて行くしかないと思います。










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父に愛されなかった傷が深く無意識に埋もれていたことが浮上 [トラウマからの開放]

こんばんは

今日は先ほど誘導瞑想をしているときに、この前にも記憶が浮上していた子供のころの出来事が再び意識に登ってきました。

その出来事とは、お正月に私が楽しみにして一日中待っていたテレビの新春特番が始まろうとしたときに、父から、「一日中テレビをつけているから、テレビを休ませないといけないから切りなさい。」と命令されたときのことです。

その日、私は一日中この番組が始まるのを待っていたのに、そんなに急に命令されても従うことはできなかったのです。それで、切りたくない、と抵抗したら、父は案の定怒って、あくまで抵抗する私に対して手の甲で私のほっぺたを殴って、無理矢理テレビを切ったのです。

それで、一日中楽しみにしていたお正月の特番を見ることはできなかったのです。

その時のことは非常に思っていた以上に傷になって残っていたようです。
今も、これを書いていると涙が出そうになっているので。。

父は、自分が急に何かを思いついて、言い出したらもう絶対にそれ以外の答えはないのです。
それについて、話し合うとか、交渉するとか、お互いが納得するまで話し合って答えを出す、とか、そういうとにかく話し合いをしよう、ということは全く望むべくもないのです。

父は、自分が絶対者なのです。そして、専制君主であり、独裁者なのです。まさに、北朝鮮状態なのです。

だから、私も父に対して、私はこの番組を一日中楽しみにしていたのだから、この番組だけを見たら切るから、これだけ見させてほしい、と交渉することを考える余地もなかったのです。
何故なら、父は話し合って決める、などということはそれまでの経験からあり得なかったからです。

父は、自分が言い出したら絶対に人のいうことに耳を傾けることはないし、お互いの満足する答えを出すために妥協しよう、という考えがなかったからです。

それをもう一度、なぜそういうことになっていたのか、その出来事について、色々な思いを巡らせているようです。多分、この出来事が今でも引っかかっているのは、まさに、この出来事が私の記憶と感情の中で未解決のままに残っているからだと思います。

何故父がああいう態度をとったのか、そして私と父がぶつかった出来事が私の子供の部分で納得できないまま、引っかかったままになって残っているのでしょう。

だから、再び、誘導瞑想でその記憶が浮上してきて、色々な思いを巡らせているのだと思います。

子供の時には理解できなかった父の態度や私とぶつかったあの出来事はどういうことだったのか、今の私の大人の目で客観的に理解しようとしているのだと思います。

そして、また、分かってきたことは、その時の父の態度は、私が子供の時に普段から感じていた父の典型的な態度であり、私はそういう父の冷酷な石のような態度から、自分が父に愛されていない、とに自嘲的に感じていたけれど、その気持ちを常に我慢していた、ということを思い出したのです。

ともかく、子供のころ、私は父から拒絶されている、私の本来の生き生きとした子供の自分というものは、父から嫌われているし、拒絶されている、と常に思っていたことを思い出したのです。
それが、特にそういう出来事はそれを象徴する出来事だった、ということだと思います。

そして、その非常に私に対して圧迫的な父の存在と言うものが私をすごく圧迫して、抑圧する尊大だったのだ、ということと、そのような父の存在感が私の体の中に入り込んでいる、ということが分かってきたのです。

だから、父のそういうすごく抑圧的な圧迫的な存在感も、私の中にプログラミングされていて、私がこうしたら父がどういう態度で私を攻撃して抑圧するか、ということが一瞬で私の中に反応を起こさせているようです。そして、その反応によって、ホルモンの分泌とか、化学物質の分泌とかが起こって私の身体や感情や精神に影響を及ぼしているのだと思います。だから、これもすごいプログラミングになっているので、このプログラミングも変えて行かなければならないのだ、と分かってきたのです。




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自分で自分の中の子どもの部分を攻撃していたことが判明 [トラウマからの開放]

こんばんは

今日は夜にかけてずっと誘導瞑想していたら、すごい毒的な恥の感情が出て来ていました。
それは、理由のないすごく耐えがたい恥の感情です。その源を考えていると、それは幼い時に親から拒絶されたことが原因であると思えました。

そして、いったん休憩して、また誘導瞑想をしていたら、今度は、また一年前に母に実家で私がブルガリアから輸入して大事に育てていたバラを滅茶滅茶に切られた事件のことを思い出し、特に、その切られたことに対して、私が大泣きをして悲しんでいたのに対する母の非常に不自然な反応を不思議に感じて、なぜそうなるのか、理解できなかったのですが、のことが再び意識に浮上してきて考えていました。

その反応の中でも、特に私が大泣きをして悲しんでいるときに母は、自分が怒って、その怒りを抑えられずに、台所でお皿を何個も投げて割っていたのです。そして、私がそれでも泣き続けていると、今度は別の部屋に行って、その部屋にも食器棚があるのですが、そこでも皿を何個も投げて割っていたのです。

私としては母にひどいことをされて泣いているのに、なぜ母が怒って皿を割らなければならないのか理解できませんでしたが、まあ、母の反応はいつもこんなものなので、またか、と思っていたのです。

しかし、皿にひどいことは、その後で母の前で私が悲しさが抑えられず、大事に育てていたバラをダメにされて、生きる望みもない、と言ったら、母は、じゃあ、一緒に死のうか、と言ったのです。

母は非常に否定的な人だし、私に共感することは絶対にできない人だし、私を傷つけても平気な人なので、まあ、そういうことを言っても不思議ではないのですが、そういう反応が出るということ自体、ものすごく病的でひどいことだ、と改めて思ったのです。

ともかく、私はその時、母に、私は母にバラを切られて嫌なことをされて絶望しているのに、そんな嫌な人と一緒に死ぬなんて絶対に嫌だし、私は母と運命を共にすることは嫌なので、私は母とは関係なく、一人で生きて行く、と言ったのです。

ともかく、そういうひどいことをしておいて、皿に傷つけるようなひどいことを言うことのできる人だ、ということで、とにかく、この人と一緒にいたら傷つけられるだけだ、と気づいたのです。
母親だと思って接していること自体が間違いだった、と分かったのです。

そして、さらに誘導瞑想をしていると、私の中で、身体の左側にいる子供の部分にたいして、右側の大人の自分が、ものすごく怒ってその子供をナイフで何度もさしているような、子供の部分を殺そうとしているようなすごい衝動のようなものが湧き上がったのです。
それは、すごい恨みと言うか、怨念というか、怒りの衝動で、それが子供の部分に向けられていたのですが、まるで、自分の中のどうしようもない怒りというか、怨念を弱い子供に向けて発散させているような感じでした。

子供に罪はないのに、子供は弱くて、自分に依存しているので決して自分から離れて行かないので、自分の中の怒りや怨念やカルマをぶつけるのにちょうどいい対象なのだ、と言うのがその時に分かったのです。

これが、母が私につらく当たっていた原因なのだ、と。つまり、母の中にある色々な母自身が多分親から受け継いだ怒りや恨みを、ただ単に弱くて、決して自分から逃げない、ちょうどいい対象として私に怒りをぶつけていたのだ、ということ。つまり、母が私にしていたことは、いじめだったのだ、ということです。

それをはっきりと理解できたのです。いじめっ子の気持ちなのだ、ということが分かったのです。
そして、いじめっ子は強い相手や、外の人には怒りを出せないので、外では猫をかぶって、家の中の弱い対象で自分から逃げることのできない相手の子どもにその刃を向けるのです。

その心理がやっとわかってきたのです。だから、私はいじめっ子に対して自分を愛してもらおうとして尽くしていたのだ、ということです。それはしょせん無理だったのです。母の私に対する感情はいじめっ子がいじめの対象に持つ感情と同じだったのです。だから、私はいじめっ子から逃げるしかないのだ、ということです。父も同じかもしれませんが、父のはもっと巧妙かもしれません。

ともかく、母を母親として見ていたことが間違っていたのだ、と気づいたのです。
母は、私をいじめの対象として見ている、ということを理解して、そういう心理を理解して、いじめっ子としてみなければいけないのだ、ということでした。

私の無意識で母親としての態度を求めていたのが間違っていたのだ、ということが分かったのです。

そして、自分の中にもその母親の心理が無意識に移り込んでいて、母を取り入れて、自分で自分の中の子どもを攻撃して、ナイフで殺そうとしていたのが分かったのです。そして、それは無意識に怒りとなってそうしていたのです。

本来、母にひどい仕打ちをされて母に怒りが出ていたのが、今度は自分の中に取り入れた自分の中のひどい親が自分の中の子どものを部分を怒りに任せてその怒りで攻撃して殺そうとしていたのです。

やっと、それが分かってきました。
本当にひどいことです。
だから、親からされた仕打ちを自分は子供に繰り返すまい、と思っていても知らないうちに、親と同じことを自分の子どもにしていた、ということになるのは、こういうことなのでしょう。

いかに、意識と無意識がずれているか、ということです。
そして、無意識が圧倒的に強いということであり、それだけ、幼い時に親から無意識にプログラミングされているものはなかなか変えられない、ということでしょう。

だから、無意識が親から子へと代々、伝えられていくのでしょう。意識は関係ないのです。

親からされたことを無意識は習得しているのです。
本当にひどいことです。






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父に完全に取り込まれていた自分が個別化する兆しがあらわれる? [トラウマからの開放]

おはようございます

昨日、今日とすごい寒波になっていますが、なんとかやっております。

そして、今朝の目覚めの時に少しだけ意識に浮上してきたのですが、非常に無意識の中に深く埋もれていて、完全に父の中に取り込まれていた自分の意識が少しだけ父から分化して、父とは別の自分が小さいけれども現れてきているのかな、という意識が浮上しました。

父との一体化の問題は、私は特にひどかったようです。
しかもそれが根強い証拠は、完全にそれが無意識になっていたということで、あまりに父の中に取り込まれて、父とは別の意思を持った自分と言うものを意識できないし、出せないという非常に閉じ込められた状態に縛り付けられていた、ということです。

そして、それを縛り付ける方法として、父は怒った怖い顔で私をにらみつけるという手法を使っており、それによって私は猫ににらみつけられたネズミのような状態になって、そこで仮死状態になっていた、ということです。眠っていたということであり、催眠術に掛けられていた、ということです。

そして、もし私が動いたりして、まだ生きているということを知られたら、怖い猫ににらまれて食べられてしまうかもしれない、という風に催眠に掛けられていた、ということです。

まさに、これは父によって催眠に掛けられ、起きたら怖い目に合う、と脅されて、ずっと死んだふりをさせられていた、ということです。まさに、催眠なのです。そして、生まれてから7歳くらいまでは脳波がシータ波なので、簡単に催眠にかかってしまうのです。それで、その催眠にかかったままそれが潜在意識に刷り込まれて、その通りに行動するようになってしまうのです。
それが、怖い父の怒った顔によって、トリガーになっていたのです。

ともかく、その催眠から目を覚まして、父と自分は別人格であり、私には私の意志があるのだ、私には父とは違う自分と言うものがあるのだ、ということを思い出さなければならないのです。

自分を認めて受け入れてその存在を受け入れて愛さなければならないのです。

ともかくひどい状態になっていた、ということが分かってきたのです。

父の害があまりにひどかったのです。
もしかしたら、父は、エネルギーバンパイヤのように、生まれたときから幼児の私からエネルギーを奪い取って自分の中に取り込んでいたのかもしれません。

そうやって、私のenergyを取り込んで、私と一体化して自分の自己愛を見たしていたのかもしれません。いずれにせよ、私は父に取り込まれて、父は私を時分と一体視して、何でも自分の思い通りにして、自分の自己愛を見たしていたものと思われます。

すごい、自己愛性人格障害としか、思われません。
その上に、母親がひどい幼児性の自己愛性人格障害だったので、生まれたときから幼児期~子供時代に本当にひどい目にあわされたものと思われます。

ともかく、親から自分を完全に切り離していかなければならないのです。

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