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幸福の科学(大川隆法)って面白いです [ブログ]

おはようございます

今日は、先ほど書いたゆめにっきとは別の話題のことも書いてみたいと思います。

最近色々と意識と科学(物理学、量子力学など、多次元世界)の最先端の研究とか話題を見ていて、興味の赴くままyouTubeなどで見て楽しんでいるのですが、たまたま、幸福の科学に関連する記事を見て、調べたところ、大川隆法のYouTubeが面白かったです。

中でも、アメリカのトランプ大統領について述べていることが非常に興味をそそられました。

アメリカのトランプ大統領の前の過去性が、アメリカ初代大統領のジョージ・ワシントンだというのです。

そして、トランプ大統領は、革命者だ、というのです。

非常に鋭い見識だと思いました。

また、トランプ大統領が中国の台頭を警戒していることについても、台湾やロシアへ政策に出ている、と述べていて、非常に鋭い見方だ、と思いました。

これまで、幸福の科学とか、大川隆法とか、偏見を持っていたのを悔い改めました。

非常に面白いです。






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「狭き門」を読み終えた感想 [ブログ]

こんばんは

ジッドの「狭き門」は読み終えました。

(以下、結末について少しだけネタバレあり)

最後がなんだか、ちょっとがっかりでした。
というか、あまりにあっけなく終わってしまい、主人公のジェロームの
恋い慕う従妹のアリサがなんのはっきりした理由もなくこの世を去って
いってしまうから。。

若いのに子どものころから相思相愛だったジェロームと
結ばれるはずだったのに、みずから幸せになることを
拒否して、悲劇で終わっているからです。

まあ、全体的には、子どものころから思春期そして青春時代の
生き生きとした明るい家族関係と、青春の希望と喜びと
恋愛の喜びや、家族愛の麗しさが描かれていて、
それに加えて田園風景や植物の描写も素晴らしかったし、

また、いろいろな本のこととか、キリスト教の信仰において
自分を純粋なものにしていこうとする心と、葛藤の描写も
すばらしかったです。

最後に、アリサが幸せになる選択をしなかったことだけが、
どうも悲しくて、納得できなかったのですが。

あとで、解説を読んでみると、やはり、清教徒的な非常に
ピューリタンな信仰を求めすぎるがゆえに、自らの幸せを
求めることさえ犠牲にしてしまうことに、疑問を投げかけて
いるようです。

あと、心当たりとしては、アリサがそうなってしまった原因には、
彼女の母親が不倫をして家を出て行ってしまったという事情が
少なからず影響していたのかな、と思えます。

それは、もし、このお話が現実世界の出来事だと仮定した場合の 
私の想像なのですが。
結局、アリサを始めとするアリサの母親の子どもたちは、
自分の母親から捨てられたのですし、アリサは
長女として父親の偽配偶者的な役割を与えられてしまったのですから。。。

解説を読んで知ったのですが、ジッドもノーベル文学賞を受賞していたのですね。
もっと、他の作品も読んでみる価値があるかもしれません。
非常に、キリスト教的なテーマが描かれているようです。


狭き門 (新潮文庫)

狭き門 (新潮文庫)

  • 作者: ジッド
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1954/08/03
  • メディア: 文庫




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ジッドの「狭き門」を読書中 [ブログ]

こんにちは

バルザックの次は、ジッドの「狭き門」を読み始めました。

これがまた、キリスト教的な信仰の色彩の濃い作品なのです。

そういう側面が出てきますし、主人公も、キリスト教を大切な信仰としています。

タイトルの「狭き門」は、まさにイエスキリストの「狭き門より入れ」から引用された
ものであり、そのイエス様のお言葉が、話の中で牧師の説教の一部として
聖書から引用されています。

まだ、途中までしか読んでいませんが、これはバルザックの文章とは違って
簡潔な文章なので、ずっと読みやすいですね。

しかし、話の筋ははっきりしているけれど、大変面白くて考えされられるものです。
やはり、異国情緒たっぷりで、フランス文学、面白いです。

キリスト教の影響がとても清らかな考え方として出てくるしそういう
信念を持った人々の物語はなんていうか、心が洗われるような
気がします。

是非とも、また、フランスに行きたいですが、フランス語をもう少し頑張って、
フランス文学ももっと読んでいきたいです。


狭き門 (新潮文庫)

狭き門 (新潮文庫)

  • 作者: ジッド
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1954/08/03
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ゴリオ爺さんの最後 [ブログ]

こんにちは

昨日はバルザックの「ゴリオ爺さん」を読み終えたのですが、
最後のところはとても悲しかったです。

ちょっと、期待した通りの物語ではなかったですが、
まあ、色々複雑な人物模様が絡み合って、社会の闇も取り上げており、
まあ、いろんな読み方ができるというものでした。

私は、「谷間の百合」のような非常に甘美で、麗しく、幻想的な
自然とアートの絡み合って、精神と肉体の相克、キリスト教的思想
とか、内面的な描写の細やかさとか、比ゆ的な表現という、
そんなものを期待していたのでしたが、

「ゴリオ爺さん」は、まったく違うタイプの、もっと社会的な小説だった
と思います。
また、主人公も、タイトルの「ゴリオ爺さん」ではなくて、若くて社会に
出始めたばかりの、そして、田舎からパリに出てきた世間知らずの
若者である、ラスティニャックという青年のようです。

その伏線として、いろいろな下宿人や、社交界の人物が出てくるんで、
まあ、当時のフランス社会のことに触れるという意味でとても面白い
小説でした。

ただ、ゴリオ爺さんという人物については、ちょっと最後のところが
悲しすぎるかな、と思いました。ネタバレしないように書いているので、
抽象的な言い方しかできませんが、まあ、人間社会も自然界の掟
に従っているので、そういうこともあるのかな、と思います。
つまり、親は子供に道を譲る、ということですが。

しかし、現代ではというか、昔もそうかもしれませんが、必ずしも
「ゴリオ爺さん」のような親ばかりでなく、自己愛的な親が子供を利用していいる
という心理的な問題もあるわけですが。。
ゴリオ爺さんはその反対ですが、でも、反対に行き過ぎて甘やかしてしまった
ということですが。

しかし、主人公のラスティニャックの人柄は良い人柄として描かれている
ので、救われます。

そして、彼はこれからパリの上流社会に対決していくという決意をして
終わりになっているので、これからの展開を期待するということで終わっています。

これらのバルザックの小説は「人間喜劇」というテーマで一致した集合体に
なっていて、同じ登場人物が別々の小説に再登場するということなので、
他のものも読んでみたいと思っています。



ゴリオ爺さん (上) (岩波文庫)

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  • 作者: バルザック
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1997/09/16
  • メディア: 文庫



ゴリオ爺さん (新潮文庫)

ゴリオ爺さん (新潮文庫)

  • 作者: バルザック
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1972/05/02
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対訳 フランス語で読む「ゴリオ爺さん」《CD付》

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  • 作者: 松村 博史
  • 出版社/メーカー: 白水社
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ゴリオ爺さん (下) (岩波文庫)

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  • 作者: バルザック
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1997/09/16
  • メディア: 文庫



ゴリオ爺さん (下) (岩波文庫)

ゴリオ爺さん (下) (岩波文庫)

  • 作者: バルザック
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1997/09/16
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「谷間の百合」の感想、バルザック面白いです [ブログ]

こんにちは

今日は金曜日ですが、おとといくらいに、バルザックの
「谷間の百合」を読み終えました。

それが、本当に、本当に面白くて、また、面白いだけでなく
本当に感動したのです。

始めのほうは、いろんな細か描写が多くて、少し話が前に進むのに
時間がかかっているような感じもしたのですが、半ばころからは
ものすごく引き込まれて、ほとんど休みなく読み続けずには
いられなくなりました。

そして、どんどん話に引き込まれて、感動の渦がどんどんと高まり、
最後は本当に感動して興奮しました。

ストーリーの種明かしはしたくないので、詳しいストーリーの内容
は書きません。

ただ、すごく久しぶりで文学による昇華を味わいました。

少しだけ、感動の内容を書くと、主人公のフェリックスの心の中の
描写が素晴らしかったです。
そして、舞台となっている川の流れる谷間の田園風景の描写が
素晴らしかったです。
そして、主人公の恋と憧れの対象であるモルソフ伯爵夫人の
描写が素晴らしかったです。
また、彼女の表情や心の中の描写も細かく、とても繊細さが
伝わってきました。

また、バルザックの描写にはものすごい比喩が使われており、
これが、絵画や音楽や自然が溶け合った表現の方法がものすごく
素晴らしかったです。

そして、精神の愛が歌い上げられているのも素晴らしかったし、
一方で、人間的な愛との相克も素晴らしかったし、とにかく、
そのバランスが素晴らしかったです。

翻訳の日本語もとても良かったです。

大変感動したことで、アメリカの大学でアメリカ文学を学んでいたころのことを
思い出しました。その当時も毎日が感動の連続でしたから。
文学やアートは感動を呼び起こしてくれるものです。

実は、アメリカで学んでいたころ、私は文学がとっても好きなことに
気づいていたのです。ですが、それが、引っ込んでしまっていたのですが、
今、自分の感情が少しずつ戻って来ていることで回復してきたようです。

ともかく、本当に面白くて感動したので、バルザックのことを調べてみると、
とても面白いのです。
それで、次は、バルザックの代表作といわれる「ゴリオ爺さん」を読もうと
図書館で借りてきました。

また、バルザックはフランス各地を舞台にした小説を書いており、
歴史も盛り込まれているので、歴史も少し調べたら、フランス革命や
ナポレオンの頃なのでとても興味深い時代なことが分かりました。
また、ヴィクトル・ユーゴーも同時代人だったようです。

それで、まずは、フランス文学の代表的なものを読んでみたいと思っています。
これまで、心が閉ざされていて読めなかったのですが、これからどんどんと
心が解放されて読めるようになることを期待しています。

また、フランス語ももっとしっかり学ぼうという気になってきました。
というのも、フランス文学に興味が湧いたら、フランス語を学んで
フランスに行っていろいろ調べたり、見たりしたくなったからです。

フランスに興味がわいてきたのはとっても良いことです。


谷間の百合 (新潮文庫 (ハ-1-1))

谷間の百合 (新潮文庫 (ハ-1-1))

  • 作者: バルザック
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1973/02/01
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先週末は東京へ [ブログ]

こんにちは

今日も朝から雨が降っていま~す。
雨が降ると、家事などをなにもやる気がなくなります。

ところで、昨日の夜、山の中の我が家へ戻ってきました。
先週の金曜日の朝から、東京へ行っていたのです。

そして、午前中は歯医者へ行き、午後は、メンタルクリニックへ行ってきました。
そしてそのあとは、アメリカ人の友人のお誘いで、感謝祭のディナーへ行ってきました。
場所は東京の外人が一番多く集まる場所でしょうか?
毎年同じ人が御呼ばれしています。

そのあとは、その友人の家に泊めてもらいました。
それはいいのですが、その夜、風邪をひいてしまいました。
というのも、東京へ行ってみたら、綺麗なお花が咲き乱れているし、まるで、
こちらの晩秋の景色と違って春のようなので、油断してしまったのでした。

それで、次の日の土曜日も、その人の家で一日寝させてもらいました。
そして、昨日の朝、その家を出て、それから、新宿へまず行き、教会の
礼拝に久しぶりで出席して、それから、新宿南口のタイムズスクウェアへいって、
久しぶりで、紀伊國屋書店の中をぐるぐる歩いて、書籍を見たりして、
それから、夕方暗くなってから山の中の我が家まで高速道路を飛ばして帰ってきたというわけです。

それにしても、今回の東京行きでは、行く前の気分と、行ってきてからの
気分が全く変わってしまいしました。

そのアメリカ人の友人ともいろいろ話したおかげていろいろ自分の考えとか立場を
振り返って見ることができました。

また、感謝祭のディナーに来ていた人とたまたま少し話したことで、また、新たな出会い
によって、その人の話を聞いて、いろいろ考えることもできました。

そして、久しぶりで東京へ行き、また、私がずっと住んでいた場所とか、よく行っていた
場所とかに行ってみて、やはり、そこにすごく愛着があるのを感じましたし、
なにか、ひとつの踏ん切りがついたような気がします。

こちらの山の中の生活をやってみて、それはそれでひとつの体験として、踏ん切れる
ような気がしました。

それから、メンタルクリニックでは、午後の早い時間に行ったのですが、今回も
先生は眠たそうにしていました。

そして、私がいろいろとネットで興味を持って見ている時事問題とかの話を
しても、眠そうにして、ほとんど反応がありませんでした。
そして、何を話してもほとんどなんの反応もありまませんでした。

でも、この先生の反応のないのも、段々と慣れてきたように思います。
まあ、それでも結構時間を取って話を聞いてくれていたので、いいか、という感じです。
そして、最後には、私の今の状況として、身体の左側にものすごく痛みが出ていて、
右から左に押している感じだというと、身体の左側というのは、右脳が動かしており、
右脳が上手く働いていないということは、感情が混乱しているのだ、と言われたので、
そのとおりでう、と言って、また、少し説明をしました。

どうしたらいいでしょうか、というと、
ま、それではまた一ヶ月後に来て、話してくださいということでした。

あまり、反応がないですが、でも私の方でなにか内側が動いているようなので
このまま行くしかなさそうです。

それから、この日は、何故か空いていたせいか、いろいろと話したのですが、
先日、私に批判を浴びせて、一方的に私を責めて止まらなくなって絶好することにした
友人のことも話したのですが、先生は、その人についての話を聞いて、
その人は、ADD (Attention Deficit Disorder)だろう、と言っていました。

また、彼女の反応について、「アルコール中毒」の気配もあるのでは、というと、
その可能性もあるとのことでした。

私はずっと以前から、彼女はADDだろう、と思っていたし、アルコール中毒の気配もある
と思っていたので私の考えは専門家から見ても正当な見方なのだ、と思いました。
ただ、専門家の立場からそう言われると、すごく納得して、それならそれなりの
対応をしないといけないのだ、と思いました。

先生は、そういう人とは関わらないほうがいい、ということでした。

私もそう思っているところです。少なくとも、一対一の関わりはしないほうが
いいと思っているところです。






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今朝も左の方が痛いです [ブログ]

おはようございます。

昨日と今日は、天気予報の予想通り、雨が降っていて、気分もあまり
優れませんね。

ところろで、昨日書いたように、友人との間のいざこざで、その人からの
責められた状況は、なんというか、嫌がらせのような感じで、ずっと苦しんでいるのですが、

それと同時に、私の身体の左側に有る自分の内側の部分が、その責める声と戦って
いて、ものすごく左の肩のあたりが痛くなっています。

そこから、下に埋もれている自分が強くなろうとしてカラを突き破ろうとして
動いているようです。

そして、そんな嫌がらせをされても、また、弱みに付け込んで攻撃されても
ほとんどなんの被害も受けないくらいに自分が強くなろうとして頑張っているようです。

それも、心の内側で起こっていることなのですが、そうなるには少し時間がかかるような感じです。

でも、その身体の左側の下の方にあるのは、脳の部分で言えば、右脳にあるのでは
ないかな、と思っています。

というのも、この身体の左側の肩の下にある部分では、絵画を見ているようなのです。
というか、絵画が見えるのです。

例えば、動物であったり(ネズミでも結構)、あるいは、人物画のようなものでもいいのですが、
光の当たり具合を見て、その光が当たっている部分を明るく描くには、白地を多く残すことで
その光の当たり具合を表すことができる、、とか。。。

あるいは、左側の肩の下の方に、これまで見た絵が思い浮かべられて、その絵を見ながら
その絵の細部に注目できそうな感じがしたり。

これまで右脳が働いていなかったのだろうということが改めてわかります。
その右脳でいろいろなことが感じられるようになりかけているのをまた感じたのです。

絵を書くのは、右脳で書くのでしょうね。
なので、メンタルクリニックの先生も、絵を描きなさいと言っていましたが、右脳を使う
ことを勧めていたのかもしれません。

そして、これまでと違ったものが出てきているのかもしれません。

右脳でいろいろな整理をしたり、オーガナイズをしたりする能力が
発揮されるのだろうと思います。
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変な人に捕まってしまいました [ブログ]

こんにちは

一昨日の前の日くらいに、とある友人と電話で話し、やり取りをして以来、
すごく苦しい目に遭っていました。

というのも、その友人が、突然私を攻め始めたのです。
その友人の気持ちもわからなくはありませんが、そのせめかたそが執拗で、
まるで、私を敵視して、やっつけて自分の気晴らしをしようとしているような感じでした。

そして、謝っても、謝り方が悪いとか、とにかく、こちらの言う事を聞く気配はなく、
何を言っても、私のみが責められてしまうのです。

その人の問題もいろいろと私としては心当たるところがあるのですが、
その人の部屋があまりにモノがたくさんありすぎて、しかも、整理ができないらしく
あまりにひどい状態であることや、いろいろな集会に出かけては、集会のはじごをしたり、
会合には必ずものすごく遅れてくるとか、来ても腰が落ち着かないとか、
個人的な約束でも平気で直前になって、自分の都合でキャンセルしてくるとか、
時間を遅らせるとか、とにかく、落ち着きがないのです。

また、アルコールの飲み方も激しくて、おそらく、私としては彼女はアルコール
依存症に陥っているのではないか、と思っています。
アルコール依存症と、そいういう性格の歪みとか、人間関係における無責任さ、
などつながっているのではないか、と思っています。

また、それと同時に、以前からも自分のことを棚に上げて人をものすごく厳しい基準で
さばく傾向もあったので、それもそのひとの弱点から来ているのだろうと思っていました。

また、同時に、口で言っていることと、実際に思っていることとが違うのではないか、
というのも感じていました。
というのも、口では甘い事を言っているのにも関わらず、いざとなるとそれを実行するのを
ためらうからです。

ともかく、そのひとの甘い言葉に釣られて、言葉に甘えたばかりにとんだ跳ね返りを
受けることになってしまったのです。

というか、予想もしないような、言いがかりをつけられて、責められてしまい、ともかく、
それで、その人とは二度と関わらないようにしようと決心したところです。
以前も、拘りすぎて、すごくひどい目にあったことが有り、一旦はその人との関係を
絶っていたのですが、時間が経って心が緩んで、また関係を戻していたのです。

そして、気を許したばかりにこういうことになってしまったと思います。

人は変わらないのだということに気づいたのです。

結局その人も、以前の私が警戒していた人なので、やはり、警戒すべき人なのだ、
と思ったのです。

そういう人は、ただ、ひとつのことだけ警戒するのではなく、人格そのものがおかしいので、
絶対に近づかないようにしないといけないのだと思ったのです。

というのも、甘いえさに釣られると、その人の罠にハマってしまうからです。

そういうわけで、私の中に芽生えてきた、すごく感受性の高い内側の子供の部分が、
その人の残忍な攻撃にであって、潰されそうになってものすごく痛い目にあったのです。

しかし、その部分の自分も、一生懸命に頑張ってなんとか潰されないようにと踏ん張っているのです。
そして、そのために、ずっと色々と考えたり、イエス様にすがったりして、苦しんでいるのですが、
そのせいか、ものすごく左側の肩甲骨とか、肩のほうが痛くなっているのです。

そこにいる自分がなんとか大きくなろうとしているようです。

でも、あまりに苦しくて、ずっと、イエス様に助けを求めているのです。
でも、イエス様に助けを求めると、不思議なことが起こったのです。
それは、相手を許す気持ちが与えられたり、苦しい気持ちが収まって愛の気持ちが
与えられたり。。。
苦しさが取れたり。。。
でも、しばらくするとまた苦しさが戻るので、また、イエス様にすがったり。

でも、不思議ですね。つまり、私の中に、私を責める声が、彼女の声となって内なる自分を
攻めているのです。
それに対して、イエス様にすがると、イエス様はどんな私の罪でも、代わりになって既に
十字架場で罪を償ってくださっているのだから、私はもう責められる必要もないのだ、
という気持ちになって楽になるようなのです。
これは、本当です。これは本当に、体にも出るので不思議です。

ただ、サタンが油断するとまた出てきて、私を責め始める、、、その繰り返しのようです。
でも、本当に神様のほうにどんどん自分の意識が移動することを願っているところです。


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10月31日に医者めぐり [ブログ]

こんにちは

10月最後の金曜日は、東京へ行き、午前中はメンタルクリニック、
午後は、歯医者へ行ってきました。

メンタルクリニックはいつもの先生にあってきました。
この日は何故か、先生は私の話を聞かずに眠ってばかり・・
なので、先生に怒ってきました。

お金を払っているのに、仕事中に眠るとは不謹慎だ!
とか、
どこから来ていると思っているんだ!!
朝早くから起きて、高速道路で遠くから来ているのに、
何事だ!

なんて。
自分でも笑ってしまいましたが・・
先生は、年だとか、今日は調子が悪いとか、
言っていました。

まあ、仕方ないです。

それから、午後は以前ずっと通っていた歯医者さんへ行って
見てもらってきました。
田舎ではあまり、見てもらえないので、決心して行ったのですが、
やはり、丁寧に見てもらえて、もっと早く行けばよかった、と思いました。
そうすれば、こんなにひどくなる前に治療してもらっていたのになあ・・と。

やはり、お医者(歯医者も)さんは、選ばないといけないですね。。。

でも、東京ではずっとこの歯医者さんに通っていて、選ぶ必要もなかったの
ですが、、、

ともかく、その後は、郊外の友人宅にまた泊めてもらい、そのあと、
埼玉県の方にも行っていました。
埼玉県も、前からよく友人の所へ行っていたのですが、久しぶりで
2~3年ぶりか、で行きました。こちらも、田舎のほうなのですが、
今住んでいるところが寒すぎるので、友人宅に何泊かさせてもらって
有意義な時を過ごすことができました。
埼玉では、友人のレストランのランチの手伝いなんかもして、珍しい
体験もしました。

そういうわけで、こちらに戻ってきたのは、先週の木曜日でした。
その後、少し仕事も入ってきて、忙しくなりました。

本当は、これまで暇だった時のように本など読んでいたいですが、
仕事をしなければならないので、そうも行きません。

あと、目覚めた時などは、これまでどおりすごく体の左側が
痛くなっていて、今朝も左がこれまで以上に痛くなっている感じが
しました。

でも、だんだんと、内側の眠っていたものが起き上がってきて意識化
されてきているようには感じます。

そして、これまで読めなかった文章とかもぐんぐん中に入って読めるように
なってきたかな、と思います。
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すごく苦しいけどまだまだ左に回転しようとしているようです [ブログ]

おはようございます

今日は昨日とは売って変わって、朝からどんよりとした曇り空です。

私は、かなりお天気によって左右されるようです。

東京は太平洋岸気候なので、本当に晴れの日が多かったですが、
今住んでいる、この山の中の標高の高いところでは、山の天気なので、
本当に変わりやすく、曇りとか雨の降る割合がとても高いので、気分が
かなり天気に影響されるようです。

ところで、昨日は仕事がこれまでののんびりとは売って変わって、
3箇所からも仕事の依頼が一度に入って、しかも、昨日の短い時間に
すべて対応しなければならなくなったのでした。

まあ、先週から継続の一件だけが今も続いていて、あとの二件は昨日だけで
片付いたのですが。

それで、昨日は午後から夕方にかけて本当に忙しくて息をつく暇もないくらいになったのです。

ともかく、今も左側が相変わらずすごく苦しくなっています。
そこから自分がずっと出てこようとしているようです。

でも、だんだんと、神様との関係もこれまでと違ったものになるのではないか、という
気がしています。

というのも、これまではどうしても、本を読んでもその中に心が入っていけな
かった、というか、なんだか、壁があって、入っていかれなかったのですが、
このところ、そういう本の中でも気持ちが入っていかれるようになっているのに
気づいているからです。

例えば、マザーテレサのスピーチや講演でのお話や、コメントとか、直接
マザーテレサの語られた言葉を集めた本があるのですが、それとかも、
ちょっと読んでみると、これまでとは理解が深まっていることに気づきます。

これまでは多分感情が入っていかなかったのだと思います。
頭でしか読むことができなかったので、本当にマザーテレサのお言葉とかが
心の中に入っていかなかったので、私の中に本当にインパクトを与える
ことができなかったのですが、今は、言葉がどんどんと感情の中に
入っていくようなのです。

また、これまでと違うのは、その言葉が私の胸のあたりで映像になって
出てくるのです。

まるで、自分の胸のあたりに映画のスクリーンがあって、読んでいるものが
勝手に映像になって映るような感じです。

これは、夢を見るときのカラクリと同じようなものなのかなあ、と思いますが、、
よくわかりませんが、、、面白いことが起こっているなあ、と思います。

それで、文字が勝手に映像化されるので、理解やインパクトが一層深まるということも
あると思います。

もっと、右脳が開かれて、もっともっと面白いことが起こって欲しいと思っているのですが。
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