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自分の中心が左にシフトしている感じ+昨晩の夢はフラストレーション [睡眠中の気づき]

こんにちは

また、久しぶりのエントリーになります。

調べてみたら前回は1月25日に書いているので、2か月ぶりのようですね。
その間にもいろいろありましたが、
まあ、2月は新しく始めた仕事(ビジネス?)のほうにエネルギーを注いで
頑張っていたようですね。
それでも、一方では、翻訳のための新しい翻訳支援ソフトのバージョンに
アップグレードしたりして、翻訳のほうも昨年の秋~冬にかけて色々試して
最近のこととか情報を仕入れてみたり、外の世界をのぞいたりしたのも
刺激になってよかったようです。

その結果、翻訳支援ソフトのバージョンアップのこととか、最近の動向に少し
触れたり、また最近の情報を仕入れたのもよかったようです。

やはり、普段から情報を仕入れて、キャッチアップしていないとダメなようですね。
自分の居場所が分からなくなってしまったら困るものです。
でも、いろいろなことを通して、最近の翻訳の料金の動向とか業界の動向とか
調べたり、いろいろしていたおかげで、実際にいざというときに(つまり、仕事が来た時に)
適切な対応ができるように少しはなってきたかもしれません。

普段からの情報収集は必要だな、と思いました。
あと、いろいろな所に応募して、いろいろな経験をしたのもよかったかと思います。
でも、それも、多分、すべてがうまくいっていたら、そういう状況にならずに、必要も
生じないので、現状で甘んじていたかもしれないですね。

ともかく、翻訳支援ソフトのバージョンアップをしたら、そのあとすぐに大量の
翻訳の仕事がきて、3月はそれらの仕事でものすごい忙しくなってしまいました。

23日で一応それらの仕事を終えて今はほっとして、のんびりしているところで、
本当になんとか終えることができて良かったです。

その意味で、翻訳支援ソフトのバージョンアップをしておいて本当に良かったです。
しかも、バージョンアップの格安期間が延長されていたので、格安ででできたので
本当に良かったです。

そして、今の状況ですが、やっと、自分の中ではっきりと変化が起こっているのが
分かるようになってきたのです。

そして、多分体の左側に自分の幼児の感情があってそこが、幼児期にトラウマになって
しまっていて、そのトラウマの記憶と感情がその時のままに固まっていたのだということが
分かってきたのです。

それが、最近生き返ってきたように感じます。」
そして、眠っているときにそれが出てきているようです。
これまで、生きていなかったのが生き返っているので、凄く変になっているのです。

例えば、昨晩とか一昨晩とかの目覚めの前に見ていた夢は、両親に対して凄く
フラストレーションが出ていたようです。それは自分の言いたいこととか伝えたいことが
どうしても、両親に伝わらないというような夢だったと思いますが。
すごいフラストレーションで目が覚めて、そして、目覚めたときに体が硬直していて、
カチカチで動かないような感じでした。しかも、そこに恐怖があって、恐怖で固まって
いるような感じもあったのです。

たぶん、幼児期のトラウマのときに、両親に対する恐怖で体が固まってしまっていたの
かもしれません。

トラウマになった時の状態のままそこに止まってしまうというのも、恐怖で体が硬直する
ので、感情が固まってしまうのかもしれません。

ともかく、今そのことがすごく実感としてわかってきたのです。

また、今朝の目覚めのときには、目覚めの前に、またまた夢を意味ていたのですが、
結局その夢も最後はものすごいフラストレーションになっていたのです。
その中の夢では私が郵便局の窓口に行っていて、何か、相手に必要なメッセージを
送ってそれから、何か送金か、それとも何かを送らなければならないのだけれど、
どうしてもそれがうまくいかない、というところですごいフラストレーションになっている、
という夢でした。

その手続きがすごくややこしくて、それを窓口でやるのがすごくややこしくて頭に
来ているようでした。

そして、凄いフラストレーションで目が覚めたら、首の右側から頭の右側にかけて
すごくカチカチに固まっていて、凄く左の首が痛くて、動かなくなっていました。

きっと、そういう風に体中の筋肉というか、気の力というかそういうもので体の
色々な部分が緊張したり、引っ張り合ったりして、自分が不自由になっていたのだと
思いますが。

あと、最近、頭の左側がすこし開かれてきているような感じです。
多分そちらは感情の部分だと思いますが。
これまで、自分の中にどうしても入ってこなかったコンセプトとか、考えとか
素直に入ってくるようになっている感じです。

あと、これまでどうしても読めなかった本が、すんなりとはいって来て読めるように
なっている感じもあります。
例えば、カールギブランとかいう人のザプロフィットとかも、読んで通じるように
なってきたようです。

あと、先日、というか、先月かその少し前かくらいだと思うのですが、翻訳の仕事の
関係で、下調べというかそいう感じで、物理の簡単な本を読んだら、すんなりと最後まで
読めたのです。これまではどうしても理解できない部分があって、その先に進めなかった
のですが、今回はそれを全部最期まで一気に読むことができたので、多分頭の中の
論理思考の回路ができてきたのかもしれませんし、それを妨害というか阻害していた
部分が取れてきているのかもしれません。

翻訳の仕事の面でも、これまでと違って技術的な内容もある程度理解できるようになって
きているので、多分、頭の中の論理的な思考の当たり前に考えられる機能が回復して
来ているのかもしれません。

そうあってほしいし、もっと回復してほしいと思っているところです。
多分、トラウマになってその、部分が阻害されていたのが阻害が取れてきているのかも
知れないと思っているところです。す

左側が生きていたかったのが生き返っているのかもしれず今自分の思考がこれまで
右回りだったのが、だんだんと左回りになっている感じです。

また、多分これまでは自分の本音と表面的な思考とが完全に矛盾状態になって
いたと思うのですが、それが、少しずつ矛盾だということに気付いて、自己一致の
ほうに向かうようになってきている感じです。
それはすべて自分の気づきがおこるようになっているからなのですが、
ネットでクリスチャンのメッセージを聞いていても、前よりも本音に入ってきているようで、
実際にそのメッセージを聞いて、癒されたり自分の考えが変わったりしてきている
ように感じるのです。

例えば、Hope for the Heartのジューンハントさんのメッセージとか聞いていると
すごく自分が癒されて、自分のこれまで罪と思っていなかったことが罪とわかったり、
例えば、人を許さないことは罪だと分かったり、そして、それが
メッセージを聞いているだけで、分かってきて、自分が変わってきたり、
だんだんと、これまでどうしても、頭でしか分からなかったことがハートの中まで
入って来て、自分の考えとか感情が変わってくるようになっているようです。

たぶん、これまで理解できなかったことが理解できるようになっているので、
これまで読めなかった本もどんどん読めるようになるんじゃないかと期待している
所です。

クリスチャン関係の本とかも、これまでなぜかやはり読めないものがたくさんあったので、
これからどんどん読めるようになることを期待しているところです。
というか、何故読めなかったのかわからないのですが、やはり、心の感情のところが
開かれていなかったので、理解ができなかったのかもしれないです。
それが、、心が開かれて読めるようになっているのかもしれず、脳の回路がつながれて
いなかったのがつながれてきているのかもしれず、ともかく、だんだんと希望が湧いてきました。

また、気持ち的にもすごく、若返ってきている感じなのです。
多分、いろんな自分を止めていたもの(恐怖とか、不安とか、自信のなさとか、そいういう
セルフイメージの阻害要因)がだんだん取れてきているのかもしれないです。

幼児期のトラウマで止められていたものが、取れてきているのかもしれないです。




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眠っている最中に、なぜか泣いていました [睡眠中の気づき]

こんばんは!

めずらしく、夜、このブログを書いています。

思い出したことがあるのです。

それは、昨日の夜だったのか、その前の晩の夜だったのか、はっきりと、いつだったかは
思い出せないのですが、夜、眠っている最中に、泣いていたのです。

こういうことは、私には時々あります。

そんなに、しょっちゅうではないですが、とりわけ、子供のころの母親に関するトラウマが
出ているときに、夜、眠っている最中に、自分が泣いていて目が覚める、ということが
時々ありました。

母だけに関する感情だけでなく、父に関する感情が出てきて、眠っている最中に
泣いている、ということもあったように思います。

でも、圧倒的に、夜眠っているときに自分が泣いていて、それで目が覚めるのは、
母親に対する感情が関係していることのほうが多いです。

それで、今回も、母親に対する感情かな、と思いますが、でも、今回は、そんなに
はっきりしなかったのです。

ただ、泣いている、というだけで、ただ、無性に悲しくて悲しくてたまらない、という感じでした。

これまでのように、母親に対する感情だ、という具体的なものが出てきませんでした。

ただ、とっても泣きたい、という気持ちだけだったのです。

なので、不思議な気がしましたが、子供のころ、親に甘えて泣くことができなかったので、
たぶん、泣きたい気持ちをずっと抑えてきていたのが、その抑えが緩んできて、
夜、これまでこらえていた、泣きたい、という気持ちが出てきていたのかなあ、と思います。

まだ、生まれて間もないころ・・というか、1歳か、2歳か、そんな頃のこと・・・

何も理由もなく、泣きたかった、ということがあったような気がします。

だだ、理由はないのだけれど、泣きたい・・というだけで泣くんです。

それって、赤ちゃん期から、幼児期にはあるんじゃないんでしょうか。

私は、幼児の感情が押さえつけられていたので、それが、今、でてきているのかもしれません。

それは、いいことです。幼児の時の自我が自分の核になるのですから。

統合されてきていることだと思うんですよね。

泣ける、ということは、自分が自分になっている、ということだと思います。
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今朝の目覚めは上半身の筋肉のこわばりが浮上 [睡眠中の気づき]

こんにちは!!

今朝は、朝の目覚めのときに、ものすごく上半身、特に方から頭に掛けて、すごい塊が浮上していたようです。
というか、筋肉の緊張していた部分が、溶解して出てきていたのではないか、と思っているのですが、すごく身体がかたまっていて、すぐには起きられなかったです。

そして、何か、人間関係でコネクトすること、相手の心に触れること、相手の心の中に飛び込んでいくこと、ができなかったのではないか、と思ったのです。

そして、ある人のことをずっと頭の中で考えていました。

その人は、私と同じ女性で、年齢的にも同じくらいの人ですが、俗に著名人の一人と考えられている人です。

たまたま、すごく昔の自己小啓発セミナーで同じグループにその人がいたのです。
そして、その5日間、ホテルに缶詰で行われたそのセミナーでその人のことがすごく印象的だったので、ずっと覚えているのです。

彼女は、最初の自己紹介のときから、何か人をものすごくひきつけるオーラを発していました。
それは、彼女が非常にきれいで、かわいい、という外見からくるものだけでなく、何か分からないけれど、
相手に対する「愛」というか、相手を常に受け入れるような、魅力を讃えていたのです。

そのセミナーの中で、彼女は他の人とはまったく違うことを言いました。
それは、彼女は親に対する恨みや、親から傷つけられたと言う記憶はまったく無い、と言ったのです。
それは、セミナー参加者の中で彼女だけがそう言ったので、トレーナーや他の参加者たちから、彼女は「いい子ぶっている」というレッテルを貼られて、少し、悲しそうでした。

でも、最後の自己表現の舞台で、彼女は、そのセミナーのトレーナーに扮して、彼女が言われたとおりのことを、他の参加者に言っていました。そして、それがすごく受けたのです。

また、セミナーの中で、彼女は常に人々の中心にいて、大勢の人が彼女の周りに集まっていました。

私が今、感じるのは、彼女の中には、自分を客観的に見て、ありのままの自分を受け入れられる第三の目というか、第三の自我が発達しているのではないか、ということです。

どんなに自分が人から批判されたとしても、自分で自分を第三者の目で理性的に受け入れて、その自分のありのままを笑う、というか、受け入れてあげられる自分がいるのではないか、と思ったのです。

それも、彼女が言ったとおりに、親から十分の愛を受けて、批判などされずに育ってこられたからなのかもしれません。

ともかく、そういう風に自分をありのままで受け入れることのできるもう一人の親と、理性的な大人の自分の自我が十分に育つことが必要なのだろう、と思ったのです。

そのために、自分を縛っている自分への呪縛から解き放たれて、理性的な自分が現れることが必要だと思ったのです。










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アメリカの大学時代の記憶が浮上 [睡眠中の気づき]

こんにちは!!

昨晩は、ずいぶんといろいろな夢を見ていたようです。
その夢の中に、いろいろな人が登場していました。

でも、あまりにいろいろな人が登場して、あまりに沢山の夢を見たのか、今は全然夢のことを思い出せません。

ただ、とにかく、わたしがこれまでに出会ってきた人たちのうち、普段は意識の中に出てこないような人たちが沢山夢に出て来て、その中でもとりわけ中心人物的な役割を担っている人たちが、普段のわたしの意識には絶対に上ってこないような人たちでした。

そして、その人たちの周りにまたまた、いろいろな人物が現れて、とにかく、昨晩は沢山の人が現れていたようです。

そして、今朝は目覚めたときに、非常にちょっと内向きの気持ちになっていました。
つまり、自分は外に出て行きたくない、というような、すごく落ち込んだマイナスの気分でした。
朝起きたときにはいつも出てくるつらい気持ちなのですが、今朝はとりわけ、ひどかったみたいです。

それに、驚いたことに、最近毎朝すごく早く目覚めているのに、今朝は目覚めたら朝の10時でした。
すごくよく寝たみたいです。それで、夢も沢山見たのか、自分の中の抑圧されたものがまた出てきたのかもしれません。

そして、今朝は、アメリカで過ごした大学時代のことが思い出されていました。

そして、その中でもとりわけ、つらい記憶になっている部分がもしかしたら、感情を伴って出てきているのかもしれません。

アメリカの大学時代はわたしにとってはとても懐かしいと同時に、とてもよい経験をして、楽しかったし、非常に充実していた時代です。

いつも、アメリカの大学に戻りたいと思っていました。

ともかく、アメリカの大学では非常にいろいろな経験をしたのですが、その経験を十分に自分の中で整理できていなかった部分が非常にあります。

というのも、わたしの中で、自分の体験が統合されていなくて、整理できていなかったので、全てが断片化されていたからです。

でも、今、もしかしたらそれが全部出て来て、統合されようとしてきているのかなあ、と思います。

とてもつらいこともありましたが、それら全部を含めて、自分のなかでこうだったのだ、と客観的に見つめる力がついてきたのかもしれません。

それができずに、断片的な記憶となっていたのも、やはり、自分のなかの自我がとても弱かったからなのだろう、と思います。

それで、自分の記憶が統合されなかったのです。

しかし、今、アメリカで過ごした大学時代のことがいろいろと思い出されていますが、今、思い出しているのは、アイオワ大学でナビゲーターというクリスチャンのグループの集会に参加したり、そこに関わっていた、歯科衛生士の女性たちのアパートに、あるクリスマス休暇のときに滞在させてもらって、お世話になったことです。

あの、アイオワ大学の時代のことも、ものすごく懐かしいし、そこに戻りたいのだけれども戻れなくていたところです。

なぜか、自分の中でものすごい葛藤と自己矛盾があって、素直に行動できなかったのです。

また、インディアナ州のメソジストの私立大学で過ごした一年間のこともものすごく懐かしく、そこに戻りたい、という衝動に駆られます。

すごく素晴らしい経験をさせてもらったのに、なぜか、そこから自分が切り離されてしまっていたのです。

戻りたいのに戻れないと言うジレンマに陥っていたのです。

また、その後、アメリカに戻ったときにひどい裏切りを経験して、その傷ついた部分が本当にはまだ癒されていない部分があるのです。

そう思います。本当にその部分を感情とともに思い出して、その失ったものを悲しんで(グリーフワーク)、そこから立ち直っていかなければ鳴らないのだ、と思います。

今日は、なんだか、落ち込んでいるのですが、無理せずに、落ち込みをも受け入れて、いろいろな過去の記憶から浮上する感情を味わっていくしかないと思っています。







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コミュニケーションの学習が必要 [睡眠中の気づき]

こんにちは!

今朝目覚めた時に、またいろいろな気づきがありました。

今朝、目覚めとともに気づいたことは、私は自然の子供(フリーチャイルド)の部分で父親とのコミュニケーションが絶たれていたのです。

それは、先週の土曜日にメンタルクリニックで、精神科の先生に話したことでもあります。
ちなみに、この精神科の先生は、心理学も勉強されているので、単に薬を出す先生とは違って、適宜に時間をとってカウンセリングも同時にしてくださいます。

先生に話したことは、私のなかに父親との関係がないことです。

(もちろん、表面上はありますが。本音の関係がないのです。)

なので、私の中で、コミュニケーション能力がないのです。というか、自分の声がないのです。

だから、私はその父親や母親と幼児期において学ぶことができなかったコミュニケーションの能力をこれから開発していかなければならないのだ、ということに気づいたのです。

自分の声がないことが、コミュニケーションができないことの原因です。
ともかく、コミュニケーションの能力をこれから開発していかなければならないことに気づいたのです。

私の中で、父親に対してあまりに嫌悪感を抱いていて、父親とは口を聞きたくない、と思っているのです。
それは、父親が私の気持ちをあまりに拒否して、理解してくれないし、受け入れてくれなかったことが原因です。それは、幼児期のことです。

それで、私が、父親に対して、自閉症になり、もう父親には何を話してもわかってもらえないから、何も自分の本音を出したくない、と思っているのです。

あまりに傷ついているからです。

なので、コミュニケーションを取ろうとすることに対してものすごい恐れがあり、自分の本音を出すことに対して、拒絶されたら傷つくので怖い、という恐怖のために絶対に本音を出さなくなっているのです。

それは、父親が受け入れてくれなかったことによります。

その自分の閉ざしてしまった心をとかして、開いて、コミュニケーション能力をつけていく、というのは、何かとてつもなく、大変な道のりのような気がします。

また、メンタルクリニックの先生のところへ行って、直してもらうしかないような気がしてきました。

これは、自分ひとりで治すことはできないのです。
人間関係の問題だから。人間関係の傷だから、それは、人間関係の中でしか、癒されることはないのです。

何か、そのようなことを「ニューライフ・ライブ」でも言っていました。

理解してもらえる人にそのことを話して、理解してもらって受け入れてもらって徐々に直していくしかないのです。

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睡眠中に浮上している無意識 [睡眠中の気づき]

おはようございます!![晴れ]

昨日は、朝からお仕事があったため、ブログを書きませんでしたが、それでも一昨晩も眠っているあいだにいろいろな気づきはあったようです。

ただ、これまで連続して見ていたような印象的な、朝まで覚えているような夢を見たわけではありませんでした。

昨晩も、眠っているあいだに、いろいろな気づきはあったのですが、やはり、覚えているような夢はありませんでした。

ただ、昨晩は、インターネットで久しぶりでアメリカのクリスチャンのラジオ番組で、いろいろな超自然的な出来事、とりわけ、実際にイエス・キリスト様が目の前に出現されて、お話されたとか、イエス様の声を聞いた、とか、天使が出てきたとか、という体験をされた人たちのお話しを聞いていて、また、久しぶりで心が洗われるような気持ちになって、神様を身近に感じたということはあるかもしれません。

そして、これまで眠っているあいだに夢などで父や母が出てきて、とりわけ、父に対して押し殺していた怒りや、自分を押さえ込んでいたことなどの記憶が無意識の方から浮上して、いろいろな気づきがあり、そこから、本当の自分の気持ちが出てきたいるようにも感じるとともに、そうして、神様にお任せする気持ちが少し出てきているようにも思います。

なにか、これまではその父親に対して押し殺していた自分が無意識の中にいて、不自然なものが自分のなかにあり、自己不一致になっていたのですが、それが少しずつ溶けてきて、自分のなかに自然さとか、少しは素直さというものが出てきているのかもしれません。

とにかく、これまでは素直な自分が出てこなくて、ひねくれていたのだと思いますが、そのひねくれている部分が、さらに無意識に押し殺されていたので、とても複雑だったのだろうと思います。

とにかく、今は、神様にお任せして、自分は楽になりたい、という気持ちです。

ニューライフの番組も本当に役に立っています。
近いうちに、ニューライフ・ミニストリーが行っているワークショップに参加したりしてみたいと思っています。





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