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もう一つのコアビリーフは「裏切られた」だった [母との関係]

おはようございます

昨日、また誘導瞑想しているときに出てきたコアビリーフがあるので
書き留めておきたいと思います。

それは、母との関係において、私は母に「裏切られた」という思いです。

これは、昨年末に実家に戻ったときに発覚した、私の大事なバラを母に、徹底的に
勝手に枝を切り捨てられていた、ということに対するやりきれない母への怒りと
悲しさがいまだに出てくるのですが、それがやはり、根本的に生まれて間もなく
母に裏切られて続けているという、トラウマに通じているのですが、

その「裏切られた」と言う感情を私が抱いていて、そのことがトラウマになってひどい痛みを
起こしていたことが分かったのです。

今回のバラのことは、その根深いトラウマが再び刺激を受けたということです。

コアビリーフには母に「裏切られた」という感情でありそれが波動となって
パターンを繰り返していたのだと分かったのです。

そのコアビリーフが無意識の中にあったために、無防備になってしまい、
無意識のうちに同じパターンを繰り返していたものと思います。

また、母に対してもそれに気づいていなかったので無防備のままで実家に
戻っては、母に裏切られてトラウマを繰り返すというパターンを繰り返して
いたものと思われます。

だんだんと分かることは、母に幼児期からものすごいコントロールと洗脳を受けて
しまい、母に捨てられると生きていけないために、母に思うように洗脳されて
いたことが分かってきたのです。

まさにストックホルムシンドロームであり、北朝鮮状態になっていたのです。
自分で自分を苦しめるパターンを創り出して、母に縛り付けられて母から逃れて
現実の世界を見ることができなくされていたものと思われます。

そして、母から捨てられると生きて行かれないという思い込みを刷り込まれて、
母を理想化してその支配から逃れられなくされていたことが分かってきました。

ともかく、私の脳が完全にマインドコントロールされていたことに気付いたのです。





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さらに下のコアビリーフは私は見捨てられている、と言うものだった [母との関係]

おはようございます!

毎日、瞑想をし、また眠っている間にもいろいろな感情と共に、
幼児期の気づきがどんどん出ています。

そして、昨日はたまたま、10歳くらい年上の女性の友人に久しぶりで
連絡を取ろうとしてテキストメールと電話をしたのですが、いつもなら
すぐに返事があるのに、音沙汰がなく、今日になっても何の返信もないのです。
彼女は数年前に乳がんを患っていることもあり、何かあったのか、
あるいは、海外旅行に行っているとか、も考えられますが、

去年、他の共通の友人も絡んで少しいざこざがあって彼女と疎遠にしていた
こともあるのですが、どうしたのだろう、と気になっていたのですが、

私のインナーチャイルドが頭をもたげて騒ぎはじめて、もしかしたら
彼女が私を嫌になってさけているのではないか、と不安になってきたのです。

このインナーチャイルドの不安発作と言うのは、今回に限ったことでなく、
一旦その不安が出てくると抑えきれないくらいの不安発作になるので、
先ほど、ティールスワンさんがYouTubeで教えているように、その不安から
逃げるのではなく、瞑想しながらその不安の中に飛び込むことをやってみました。

いつもの、誘導瞑想をやりながら(脳波セラピーの音楽付き)、その中で不安のなかに
じっととどまって、その不安を初めて感じたのはいつなのか、を思い出してみたのです。

そして、その不安の中に留まると、だんだんと悲しくなり涙が出てきました。
そして、その不安感は子供のころに母に逆らったりすると必ず母は、
私のところから去っていき、特に家から自転車でどこかへ行ってしまって
、私はいつもその時に母親から見捨てられていると感じて不安の中にとどまっていた
ことを思い出したのです。

それは、母親から見捨てられているという感情でした。
そして、それをその時の感情そのままに思い出したのです。
子供のころはこういう風に見捨てられて家の中に残されて淋しく、見捨てられ感を
味わって不安の中にいたことを思い出したのです。

そして、その不安感をじっと味わっていると、非常に悲しくなり泣きたくなったのです。
子供のころにはあまりに不安で、なくこともできずにじっと我慢して母の帰りを
待つか、そのまま眠ってしまっていたようです。

しかしその時の不安の下には母に見捨てられているというものすごい悲しい感情が
あったようで、今その悲しい感情がこみ上げて泣けてきたようです。

これが私の分離不安の根底にあったようです。
そしてその時私が避けようとしていた感情が、私は見捨てられている、という
感情だったようです。
それはあまりに悲しく、恐ろしく、自分のサバイバルが脅威にさらされるという
ことなので、決して感じないように避けていたようです。

しかし、それを見ることが必要だったのだと思います。
それを見て悲しい気持ちを出して味わうことが必要だったのです。
「見捨てられている」というのも、この前の「拒絶」と共にコアビリーフだったと気づきました。

「拒絶」は父からで、母からは「見捨てられている」というコアビリーフがあったようです。

そして、その見捨てられている、というコアビリーフのためにその見捨てられている
と言う感情の波動が、「引き寄せの法則」に従って、現実化(パターン化)
していたのだと気づいたのです。

その見捨てられているという感情は、赤ん坊そして幼児期から子供時代のそのままの
感情が中核にあったので、あまりにつらく、生存を脅かされる感情なので、
「悲しい」などという生易しい感情が出てくるよりも、抑圧してフリーズしていた
野だと思います。

そして、母は何度も私をそういう目に合わせていたので、そういうコアビリーフが
出来てしまっていたのだと思います。

本当に深いところにうずまっているので、無意識になっているのでこういう埋まった
感情を掘り起こすのはすごく大変なことで時間がかかりますが、ティールスワン
さんの教えていることは私の感覚にあっていて、信じられるので、逃げないで味わうことは
絶対に必要だと思っているのです。

私にとってはこの見捨てられるという不安発作の中でじっとして耐えることが一番の
チャレンジのようです。

その中で、実践的には誘導瞑想の助けを借りてその中に入って行くことで
不安の根本になっている記憶と感情に浸っていくことが唯一の助けになっているようです。

不安発作の中では居ても立っても居られないような気持ちになるので、
誘導瞑想に入ることでしか、それをごまかさずに耐えることはできないようです。

何故なら、見捨てられたら生きていけない、というようなすごい恐怖に襲われるからです。

追伸

あと、書き忘れていたのですが、自分が見捨てられている、と言う感情の裏にある
悲しい気持ちの中には、ありのままの自分が受け止めてもらえない、というありのままの
自分は相手に受入れられないのだ、という気持ちを呼び起こしているようです。

だから、私のありのままを否定されている、と言う気持ちになるのです。
だから、自分を変えてでも受け入れてほしい、という気持ちに代わるようです。
つまり、そこから相手(母)を追いかける方向に変わっていくのだと思います。
そこから共依存が起こって、ありのままの自分を否定していくことになっていたのだと
思います。

だから、ここから脱出するには、相手を追いかけるのではなく、ありのままの
拒否された、見捨てられた自分の心に対して、自分がそれを見捨てないように
その見捨てられた自分の親に自分がなってそのありのままの見捨てられた自分を
慰めて、励まして、育てていくことなのだろうと思います。

これまでは、母から見捨てられた自分を、自分も見捨てていたのだと思います。
ティールスワンさんはそれを言っているのです。リサさんもそう言っているのだと
思います。Hold on to yourself と言っているので。

相手を追いかけたくなるのは、見捨てられた自分を味わいたくなくて、
見捨てられた自分を見たくないからなのだと思います。
しかし、あまりに不安が強いので、瞑想でなんとかそこから逃げないようにしないと
いけないのだと思います。

この見捨てられる不安は何度も出て来てすごく強いので、乗り越えていかないと
意味がないのです。



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乳幼児期に「母なし状態」だったことが判明 [母との関係]

おはようございます!

このところずっと、英語圏のYouTubeで勉強するとともに、YouTubeにアップロード
されている瞑想を一日にできるだけたくさん聞いて瞑想をし、さらに、気になった
著者の本をアマゾンで購入して読んで勉強しており、その成果がだんだんと出ている
ところです。

それで、今朝の目覚めにはすごい夢が出てきました。
凄いというのは、ブレークスルーが起こったということです。

現在、ニューロフィードバックの本と共に、CPTSD(複雑性PTSD)の回復に関する
本を読んでおり、すごく自分のことが分かってきたのです。

ニューロフィードバックの本の中で「motherlessness」つまり、「母親のない状態」
という言葉が出て来てその状態は要するに、乳幼児期に母親から拒絶される、
無視される、ということにより、発生する状態であり、それが発達性PTSD(複雑性
PTSDとほぼ同じ)を引き起こすことが述べられており、その「母親のない状態」
が原因となって、セラピー中の「感情転移」が起こるのだ、と書いてあったのです。

それはまさに私の状態だと分かったのです。
そして、回復のための本では、やはり、乳幼児期に得られなかったものに対する
「悲嘆の感情を出し切ること」が、回復にとって不可欠であると書いてあったので、
今、私が瞑想の中でそれを行っていることが間違っていないことが分かったのです。

そして、それに納得して、私の中のテーマとなっている、乳幼児期にいくら
母を求めて泣いても、母はすぐそこにいるにもかかわらず、一度も来てもらえず、
あやしてもらった、と言う記憶が全くなく、どもかく見捨てられて、無視されていた
記憶があるのですが、それに対する怒りが少しだけ瞑想の中でも出ていたのです。
それは、母に対しては「見捨てられ体験」であり、
父に対しては、「怒られる」体験であったのですが、それに対する怒りが
初めて出ていたのです。

そしたら、けさの目覚めのときに見た夢の中ではっきり怒りが出てきたのです。
その夢では、私と母と弟が家の中にいて、その時にものすごい大きな破壊的な
音が外でしたのです。それで私が、驚いてそのことを母に必死で訴えるのですが、
母は私の必死の訴えを、完全に無視し続けるのです。

信じられない気持ちになって、母にますます必死で訴えるのですが、母は全く
そっぽを向いて私の訴えを無視しているのです。
私は、あまりにその母の態度に驚くとともに耐えられないほど悲しく、つらく、
じれったくなり、つらくて弟の首に抱きついて、「お母さんは私を無視している
・・」といって、あまりにひどい母の仕打ちを弟に訴えているのです。

そこにすごい母の仕打ち、即ち私に対する無視する態度と言うものが、
ずっとこれまで続いていること、そしてそれが私の心理の中心にすごく
深い傷を残していることに気付いたのです。

そして、それが乳幼児期に怒っていたことがはっきりと私の感情の中で
明確になってきたのです。
そして、それによって私の乳幼児期の感情がひどい傷を受けているのですが、
それを隠して防御していたことが分かり、その悲しみを認めることが必要だった
ことが分かったのです。

ともかく、その痛みを感じないように防御していたものが崩れて感情が
よみがえってきているのではないか、と思いますが、凄く認めるのは
辛いし、母から見捨てられていたことを認めて悲しむこともつらいですが、
それをしないと癒されないのだと思います。

身体の左側の腰から腕のあたりまでがすごく痛くなっており、
その母から受けた痛みと共に、父への恐怖もあり、本当に私の乳幼児期が
とても自分にとって大変だったことが改めて分かっているところです。



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愛着の欲求を満たすことが大切 [母との関係]

こんにちは

昨年の年末から実家の方に戻っており、それから
1月31日に富士山麓の自宅に戻ってきました。

その間に、いいこともあれば、とっても最悪のことも
あり、とてもこのブログにても書く気力もないほど
打ちのめされていました。

それで、やっと今少しだけ書く力が湧いてきたところですが

その最悪のこととは、私が6~7年前にブルガリアから
輸入したバラ(ブルガリアローズ)の苗を実家の庭に植えて
いつかその花を楽しむのを楽しみにしていたバラの枝を
めちゃめちゃにその木の根元から切られてしまっていたことです。

母はその枝を切りたくてたまらなかったようで
いつも私にそのバラが広がってきた琴の苦情を
言っていたのですが母に勝手に切らないでほしいと
懇願していたにもかかわらず、、帰ってみたら私に
何の断りもなくめちゃめちゃに根元から全部切りまくって
しまっていて、残ったのはひょろよろの枝が何本か
残っているだけになっていたのです。
もう取り返しのつかない状態になっていて、生命力を
奪われた状態になっていたのです。

私が母に勝手に切らないでほしいと懇願してたのも
実は、そのバラはもともと二株植えていたのですが、
そのうちの一株はすでに数年前、やっと大きくなりかけた
頃に、しかも私が実家に帰っているときに、
勝手に母がめちゃめちゃに枝をやはり根元から
切り取ってしまって、それ以上大きくならないほどに
されてしまって、取り返しのつかない状態にされていたからです。

その時に私はものすごくショックで怒って、あとの一本は
絶対に勝手に手を掛けないでほしいと懇願していたからです。
そして母も私がものすごい怒りになったので、後の一本は
絶対に手を出さないと、常々言っていたのでした。

なので、余計に二本目まで勝手にやられてしまい、
しかも、母が切ると言ったら、徹底的に根元から切って
そこ木自体をダメにしてしまうのです。

今もこうして書いていると思い出してとてもつらくなるので、
この件についてはこの辺にしておきます。

今日のこのブログに書こうと思ったのは、そのことではなくて、
そのことがあって以来、私の中で母からずっと幼少期から
受けてきたすごいトラウマの記憶がよみがえっており、
さらに、前回このブログの記事に書いている、妹のことも
そのトラウマと一緒にいろいろな私の思い込みとか、親からの
擦り込みによる私の中で身に着けてしまった役割とか
が意識に昇っているのですが、

今朝の目覚めで気づいたことを1つ書き留めておこうと思ったのです。

それは、身体の左側に相変わらず入って行っているのですが、
そこで、気づいたことは、私はそこに「愛着」できなかったための
愛着障害があるということです。

つまり、人の生きようとする力の本元には「愛着」があるようです。
それは、生まれた赤ん坊が母親に愛着してそこで、愛着欲求が
満たされて、母親との信頼関係ができて、自己の確認をして
そこから自我意識が生まれて、自分の核ができていくと思うのです。

それが、分かったのです。頭のレベルではずっと分かっていたのですが、
それが、体の中からエネルギーとして左に行こうとするエネルギーが
出ているのが愛着欲求なのだと気づいたのです。

そして、その愛着の欲求が途中で止められていたようです。
それが、抑圧だったのでしょう。
つまり、母親(および父親)に愛着していないと、自分の核が育たないので、
自己意識が持てないのです。

愛着ということが即ち「甘え」ともいえると思いますが。

「甘え」というと、日本語ではマイナスの意味にも取られるので、
「愛着」というほうがいいかもしれませんが、やっと私にその
「愛着」の意味が分かってきました。
私がこれまで、幼児期に甘えられなかった、という意味で「甘え」と言っていた
のは、「愛着」という言葉で表現されているものだということです。

赤ん坊の母親への「愛着」です。
それが根本にないと、愛着というものが何なのかわからないのです。

私はその「愛着」が阻害されていたものと思われます。
その愛着対象へ向かうエネルギーが「恐怖」や「恥」などのために疎外されていたのです。

それが、身体が左を向くことなのですが、私は左を向くことが
出来なくなっていたのです。
そこにものすごいブロックができていたものと思われます。

それが、自分の欲求でもあり、意志でもあり、感情でもあったのです。
それが、幼児期に親から認められなくて、親の意志や欲求や感情が絶対、みたいな
扱いを受けていたために自分の出て行こうとするエネルギーが逆流して
右に向かって行ってしまっていたのです。

右は、頭の世界です。それで頭の世界で、親に適応するような
脳の回路ができてしまったものと思われます。
そして、左側にはものすごい痛みが残って、その痛みを避けるような
かたちで右側にエネルギーが言ったものと思われます。
それは、自分の欲求や意志や感情を出すと、親から拒絶され、怒られたり
して痛い目に合うのでその痛みを避けるために、自分を出すのを
抑えて我慢するようになってしまったのだと思われます。

しかし、その元々は、愛着欲求なのです。
母親への愛着欲求が根本にあると思うのですが、その愛着欲求が
満たされなかったがために、というか答えられず放置されたため、
あるいは、拒絶されたために自分の中で欲求の解放が与えられなかった
ものと思われます。

そこにブロックができていたのです。

それが自分のエネルギーの断絶です。
それが自己意識の乖離の始まりです。

それが自己矛盾、自己不一致の始まりです。

それがアンビバレンスと不安の始まりです。

ともかく、自分の中の愛着欲求を満たさないといけない
ことに気付きました。









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母から受けた感情的虐待が浮上 [母との関係]

おはようございます

最近、本当にトラウマの根底にどんどんと入り込んでいる感じです。

そして、昨晩は、またすごい鮮明で、変わった夢を見ました。

それは、私が海外(多分アメリカ)に留学しているという夢です。
場所は正確にはわかりませんが、これまでにも夢の中で登場していて、
私が何度か訪れている町のようです。

その町の中の大学に行っているようですが、その町は結構、
道が何本もあり、それが平行になっているので、ビルからの出口を間違えたり、
道を間違えると自分の行きたいところにたどり着くことができません。

ですので、なかなか自分の行きたいところへ行く道を見つけるのが大変なのです。
そして、建物の中を通って行ったりして道を探すのにも一苦労なのです。

そこには、ビルの二階あたりに、レストランとかショップがあり、
私はそこへ行くのが好きなようですが、なかなかたどり着くのが難しいのです。

そして、昨日はそうやって迷っているうちに一つの出口から出て歩いて
みると、平地がありそこが公園の様に整備された散歩道になっていて
雪が降ったのか真っ白なのですが、そこを歩いて行くと非常に
鮮やかな景色で、きれいな花のようなのも咲いているようですし、
面白い動物もいるようで、とても鮮明でした。

また昨晩は、なぜかあまり眠られなかったのですが、潜在意識が動いて
いるせいのようでもあります。

そして又左の肩と背中がすごく痛くなったのですが、それと同時に
先日書いたように、子供のころ、母からいつも聞かされていた
母の自分が被害者だというような色々な発言を思い出していて、
それが私の自我にどのようなマイナスの影響を与えているか
がだんだんと分かってきたのです。

そのような母の自分を哀れな存在だと訴えるような刷り込みをされた
ことが私の中に残っていて、それが私の自我を育てるチャンスを
奪ってきていることに気づいたのです。
私の中の子どもの部分(自己アイデンティティー)が母にハイジャック
されていることに気付いたのです。

本来なら、母から子どもとしての私がされる言葉は、私を
励まし、肯定的な方向に向かうようなプラスの言葉をかけて
もらうべきだったにもかかわらず、私のアイデンティティーは
無視され、母の被害者としてのアイデンティティーを刷り込まれていることが
分かったのです。

そして、私は母から受け入れられるために、母の被害者のアイデンティティーを
受け入れざるを得なかったのです。
私が反発して、自分を受け入れられようとして自己主張すると、それは
我がままだと言って受け入れられなかったのです。

全く一方的な母の態度が分かったのです。。
そして、それに反発する自分が私の中に取り込んだ母のメッセージを
跳ね返して、母から分化して、母は私の中から追い出さなければならない
ことに気付いたのです。

父と母が私の中に巣くっているので、それよりも強い自分の中の
本来の自分が出てくるしかないのだ、ということが分かったのです。











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母からの否定的な言葉が判明 [母との関係]

おはようございます

またこのところ、前回のブログからすこし間が空いてしまいましたが、
その間もいろいろなことが起こっていました。

少しスピリチュアルと科学のつながりに関することを勉強していました。

そのきっかけは、たまたまYouTubeで見たビデオですが、瞑想のこととか
マニフェステーションのこととか、生物学のこととか面白くて
色々ビデオを見ているうちに、臨死体験の証についての話に出会って、

それ以後は、あまりにその臨死体験の話が素晴らしいのでビデオでずっと
臨死体験の証を聞いていました。

そうしている間も、夜、眠っているときには私の過去の記憶が
子供時代や幼児期や、色々な時期のこれまで忘れていたような記憶が
出て来て、それがどんどんと過去にさかのぼって、赤ちゃんの時の
記憶にまでたどり着きました。

そして、臨死体験のビデオをずっと見ていると、臨死体験から戻った人たちの
うちの多くが、心霊的な体験をしたり、死者の霊と話をするようになったり、
いろいろな不思議な体験をするようになったということが分かってきました。

また、輪廻転生がやはり実際にあるだろう、ということや、身体は死んでも
魂は永遠に生き続けることがだんだんと明らかになっていることが分かってきました。

そのことは、量子力学からも、生物学からもだんだんとそいう言う風に
なっていっているようです。

そこで、あちらの世界では、神様に出会ったり、イエス様に出会ったり、
自分に関係のある過去の人の霊に出会ったりできることが分かってきました。

また、あの世とこの世との境目も往々にして超えられていることが分かってきました。

それで、だんだんと私の中で意識に昇って来たのが、母方の祖父母のことで、
特に今は、母の母つまり、私にとって祖母に当たる人のことです。

母の両親は母が19歳くらいの時に二人ともなくなっており私は実際には
あったことがありません。

しかし、母から少しは話を聞いています。
母の両親はカナダに移住していたので、母はカナダで生まれており、
母が2~3歳のときに、家族そろって日本に戻ってきたのです。

その後、母の姉が若い時に結核になり、自分の娘(母の姉)を看病していた
母の母も結核になってしまい、二人ともなくなったということです。

母は、いまだに、母よりも母の姉の方が頭もよくて、良くできた娘だったので
母が姉の代わりに死んだ方がよかったのだ、と私に言うのです。

そしてそれは、、私が子供のころから母から聞かされていたのです。
また、そのため、両親が亡くなった後は、兄と兄嫁の家族と一緒に住んでいたのですが、
その時に兄嫁からいじめられたりして、肩身の狭い思いをした、
というようなことも聞かされていたのです。

ともかく、母はそういう自分の身の上の不幸について子供のわたしに
何度も言い聞かせていたのです。

その他にも父の愚痴も聞かされていたし、ともかく、母は自分が不幸だ
というようなこととか、不遇だというようなこととか、マイナスなことばを
いつも子供の私に聞かせていたのです。

母がこういう性格になったのも、母自身、自分の母親との間に確執があったのかな、
と思っていたのですが、母自身は、自分はお母さんに逆らったりはしなかった、
と言っていました。

しかし、そいうい愚痴を私に言うのはやはり、母の母との関係にゆがみがあったのでは
ないか、と思ったのです。

また、世の中では、子供が生まれたときにその子が自分の親の親(子供の祖父母)の
生まれ変わりだと主張することが現実的にあり、実際にそれが事実であるという
有力な証拠もあるようです。

で、私は母の母に会ったことはありませんが、もしかしたら、私がその生まれ変わり
かな、なんて思ったのです。

それは、ともかくとしても、考えてみたら、母は私に母自身の悩みというか、そいうい
愚痴を平気でこぼしていたのです。

ですが、、そういう愚痴をこぼす相手として子供の私が選ばれるというのはとっても、
不自然なことです。
親子が逆転していたのです。

それが、分かってきたのです。
そして、例のしつこく私にまとわりついて自分の話をしたがるアメリカ人女性のこと
が、そんな母の愚痴を聞く相手にされていたこととダブってきたのです。

つまり、私は、自分よりずっと年上の相手、自分が依存するべき相手の
愚痴を聞く相手にされていたのだということに。

特に母の場合は、自分でもなぜ母がそんなに私に依存してそんな話をするのか
自分の心の中の悩みや愚痴を私に話すのか理解できなかったのです。

子どもの私は自分の心の悲しみや依存心は拒絶されてしまうのに、母の
悩みの受け皿をさせられていたのです。

そのことについて、これまでは何故なんだ、という思いしかなく、おかしいとは
思いつつも、答えが出なかったのですが、昨晩眠っているときにやっとわかって
きたのです。

つまり、母は自分の悩みを黙って聞いてくれる相手を子どもの私に求めていたのです。
そして、子供の私が母のことをありのままに受け止めることを期待していたのです。

それが、アメリカ人の女性と重なって来て、私はそんな母の悩みを聞く相手に
される必要はないし、それは、私にとっては児童虐待に値すると思ったのです。

つまり、母からそうやって心理的な虐待を受けていたのだ、ということが分かったのです。
それが、はっきりと子どもにとっては心理的な虐待だ、ということが分かったのです。
母が自分のお姉さんよりも自分(母自身)が死んでいた方がよかった、と子供の私に言っていたのですから。
そして、いまでもいうのですから。

わたしから見れば、母が生きていなければ私も生まれていないのですから(普通に考えれば)、
私の存在自体も否定されていることを感じざるを得ないわけです。

母はそういう非常に否定的なセルフイメージを私に移転していたわけです。
それを、子供の私はどう受け止めたらいいのかいまだにわかっていなかったのです。

しかし、それが虐待だ、ということが分かったので心の中でそのような母の
不用意な言葉に対して、はっきりと言い返すべきであることに気付いたのです。

これまではどう受け止めたらいいのかもわからず、戸惑っておろおろしていただけで、
そこで、私の心は凍り付いてしまって反応することができなかったようです。

ともかく、そういう風に、母は微妙な言葉や態度で、私を心理的に虐待して、
母に私が縛り付けられるようにしていたものと思われます。

今後もどんどんとそんなトリックを発見して本当の自分を発見して
本当の自分を育てるようにしたいのです。



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昨晩は忘れていた幼い頃の記憶が出てきていました [母との関係]

おはようございます

最近は、どんどんと自分の子供時代の暗かった記憶が出てきていて、
ちょっと落ち込んだりしていました。

でも、抑圧されていた子供時代の記憶がその時の感情とともに
出てきていることは大変良いことだと思っています。

この前は、夜眠っているときに、真夜中に目が覚めてしばらく
眠られなかったのですが、それは、本当にまだ小さい頃、2歳くらいかと
思いますが、両親が商売をしていたため、夜お客が来ると私は
奥の部屋へ置かれたまま、親が店で客の相手をしていることが
しばしばあり、そんな時に、母が戻ってこないと、店の前のへや
へ行って、泣き叫んで呼び続けていたのです。

それが凄いトラウマになっていたことが出てきたのです。
すごく、悲しい感情とどうしようもない絶望感と、その時のままの
感情が出て、苦しくて悲しくて、泣いていたのです。
つまり、その時のままの感情が私の体の中にあったのです。
それが出てくると他にも忘れていたような記憶が出てきました。

これは、ピアメロディーさんのFacing Codependency (共依存を直視する)」
という本を読んでいるときに、いろいろと自分の記憶が呼び覚まされた
こともあります。

また、最近、ナサニエル・ブランドンの「Honoring Self (自分を尊重する)」
という本を読み始めました。

この本を読んでいると、またまた、忘れていた幼児期のトラウマの記憶が
出てきたのです。

この記憶は、ずっと子供時代まで覚えていたのですが、もうずっと忘れていたものです。
ですがこの記憶は私の中でものすごく大きなトラウマになっていたようです。

それは、やはり、母が店をしていたので、私がまだ小さくてお風呂に入った
あと、自分で体をふけるまでになっていなかった頃のことのようです。
だから、お風呂から上がる時には、母に体を拭いてもらっていたころのことの
ようですから、本当に小さなころのことなのでしょう。

その時は、呼んでも呼んでも母が来てくれず、あまりに待っても来ないので、
泣きながら店に出て行ったら、お客さんが母といて、二人に私が裸なので
笑われた、という記憶でそれがものすごいトラウマになっていたようです。

お客がいると知らずに出て行ったことと、母も一緒になって笑ったことが
恥になっているようです。また、他にも私が母を探して泣きながら出て行ったら、
母に笑われた記憶があり、それは、ものすごいトラウマになっているようです。

つまり、自分の依存のニーズが満たされずに、笑われた、ということはものすごい
自分のニーズを感じて、それを表現することへの恥の感情を植え付けられたようです。
それが、トラウマとなっていたようです。

ともかく、昨晩はその本を読んでいるときにその時の記憶が出てきて、
その自分の気持ちがよみがえったのです。
そして、眠ろうとしたときにもその時の記憶が出てきて
自分があまりにつらかった気持ちが湧き上がってまさにその時の自分に
なって、泣いていたのです。
それは、本当につらかったようです。
それで、その記憶を味わっていると、その他にも子供のころの忘れていた記憶が
色々と出てきたのです。

そして、子どものころのものすごくつらい記憶があまりにたくさんあることに
気づいたのです。
そして、母が(父もですが)あまりに私の幼児期の依存ニーズに対して
答えてくれずに、無視したり、お客のほうを優先して、私のニーズを重視しなかった
ことに対してものすごくつらい記憶がよみがえそってきたのです。

これが、自分を尊重できなくなった原因なのだ、自分のニーズを感じられないし、
表現できなくなった根本なのだ、そして、自分が分からなくなった根本なのだ、
と分かったのです。

まだ、心の中にそういう子どものころの自分を尊重されなかったつらい記憶と感情が
身体の記憶として残っているようなので、そういうマイナスのエネルギーを解放して
しまいたい気持ちです。

この自分のニーズを無視され、バカにされ、無下にされた悲しい感情と記憶は、
私の体の中、心の中で、埋もれていたわけですが、ものすごい電磁気の負荷の
ようになって、私を押さえつけていたものと思われます。


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幼児期に愛されることが足りなかったことが浮上 [母との関係]

こんにちは

このところずっと父親との関係について目覚めのときに浮上していましたが、
今朝の目覚めのときはまた、その前の多分母親との関係について浮上してきている
ように感じました。

そして、再び体の左側の腕の下のほうからすごくさらに左に向かって
エネルギーが動いているようでした。

そして、気づいたことは、たぶんまだ幼児期というか、乳幼児期かも
しれませんが、私が泣いても母が来てくれなかったのではないか、
と思いました。
それで、普通だったら、そこで母が来てくれて、私の不安が取り除かれて
外の世界(母に代表される)との間に基本的信頼関係が
できたのだろうと思うのですが、それが、あまりに母が来てくれないかった
ために、基本的不安ができてしまって、基本的不信感に
なって、私のエネルギーが左に向かって下界に信頼感をもって
自信をもって安心して出ていく代わりに、左側の不信感のほうへ
向かって行って、内向していったのではないか、と思ったのです。

それで、自己矛盾が起こり、自我の統合ではなく、不信感による
自我の矛盾、つまり分裂に向かっていったのではないかと思います。

それで、頭がすっきり働かなくなり、未来に向かって出ていくのではなく、
過去に拘泥するようになっていったのではないか、と思うのです。

ともかく、今、本当に自分の下のほうというか、腹のほうというか、
本音の子供の自分の部分というか、感情の部分というのでしょうか、
そこが仮死状態だったのかもしれませんが、そこが動き始めていて、
左を向こうとしているようです。

そしてその部分が左を向いて、起き上がってくることで、自分の
やりたい、と思ったことが、自分で自分に制御不可能なブレーキを
掛けることなくできるようになるのではないかな、と思います。




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未だに母に甘えたいと思っていることがわかりました [母との関係]

こんばんは!

今日はEMDRのセルフエクササイズをやったあと、すぐにではなく、しばらくしてから
頭が少し痛くなりました。

エクササイズをやったすぐあとでは、また泣いたあとみたいな感覚になっていましたが。
でも、これまでみたいに耐えられないくらいの頭痛になるということはなくなりました。

子供時代の一番つらかった記憶を思い出しながらEMDRのセルフエクササイズをやったのですが、
この部分が今いちばん大きいトラウマの記憶みたいなので、それを何度か集中してやっていますが、
少しずつ、その影響力が変化しているかもしれません。

あと、先程は、やはり今もまだその時も母に見捨てられたという感情が湧き上がるし、
起こる父に対する怒りが出てきました。
また、エクササイズをやっている最中に出てきた思いや感情として、父も母も、
私の子供時代に私の愛情の欲求を拒否して大きなトラウマを作っておきながら、
おとなになったら、普通に幸せになってほしい、なんて私に要求するのは、なんて身勝手なの
だろう、という思いが湧き上がって、すごく父や母への怒りが出てきました。

ともかく、親が幼児期や子供のとき、私の欲求に答えなくて、親は自分の感情ばかりを
優先しておきながら、おとなになったら私に幸せになることを欲求するなんて、結局は
親は自分勝手な欲求を私に求めてばかりいたのだ、ということが分かってきて、怒りが
でてきたのです。

これまでは、その親の身勝手な欲求に答えようとしてばかりだったので、自分の中で
一貫性ができずに、身勝手な親の欲求に答えられない自分を攻めたりして、矛盾する
欲求に苦しめられることになっていたのだと思います。

EMDRで親の身勝手さがだんだんと明らかになって、本当の自分を取り戻したいと
思っています。

また、幼児期に母から本当の私の感情や欲求に対して拒絶されていたので、未だに
母からの承認を得たい、母に甘えたい、という欲求が私の中に根強く残っているのでは
ないか、と感じています。本当に甘えることができて愛されてから、自立できるのに、
それがないので、未だに母への依存心が取れていないのかもしれません。

未だに母からの承認を求めているのです。
これは、私の中の幼児の部分がまだ閉じ込められていることを示しているのかもしれません。
なので、この部分もEMDRで出てきて解消される必要があるのかも知れません。




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母の言葉に傷つきました/ 子供を抱っこしている夢を見みました [母との関係]

こんにちは

今も実家にいるのですが、
先日から、母との関係が悪化しています。

昼食の時の何気ない会話の中で、母の無神経に発した言葉に、ものすごく
傷ついてしまい、一気に子供の頃から繰り返して傷つけられていたトラウマが
再現されて、私の中の傷と怒りと怨念が爆発してしまいました。

それで、一切母と関わりたくなくなってしまったのです。
ものすごい怒りが母に対して噴出してきたのです。

これは、これまで夢の中などで噴出してた子供の頃の母への怒りが
現実となって出てきたものと思われます。

ともかく、私の中の母から受けてきたトラウマが再び出てきていて、
今は、その痛みとともに母への恨みと怒りがはっきりと出てきて、そのために
母を完全に拒否しているようです。

そして、これまではそれでも、母親に依存する気持ちとか、愛されたいという
気持ちのために良い子に逆戻りして母に飲み込まれていたものと思われます。

つまり、母が私を押さえつけていたのだと思います。
それを乗り越えるためにも、絶対に妥協しないことにしたのです。
そして、母とは一線を画して一切受け付けないことにしました。

そして、ここ2日くらい冷戦状態に陥っています。
ともかく、自分の中の本当の子供の部分とか、私の感情を第一に考えるようにして、
「母が可愛そうだ」とか、「いい子になって受け入れられたい」という誘惑を
跳ね除けているのです。

そうしていると、だんだんと私が子供の頃から、今に至るまで未だに母に
押しつぶされそうになっていたことが、わかってきたのです。

私は母の感情に合わせることを子供の頃から強いられていたのです。
でも今、絶対に母の感情に支配されないで、自分の中の芯(しん)を強くしていくことを
していかないと、絶対に自分が世の中に出て行かれないし、自分の自信をつけることが
できないことが分かってきたのです。

ともかく、「母が可愛そうだ」という感情を振り切らなければならないと思います。
母は、いつも、私の子供の頃から、自分を被害者にして、私が母を苦しめているのだ、
というように私に仕向けてきたのです。
そのために、私は母を苦しめる悪い子だ、と思うようにされてきていたのです。
本当にそのことについて腹が立ちます。
私はそのために、自分の本当の深いところにある子供の部分を殺して母の機嫌を取るように
仕向けられてしまったのです。
まるで、母のお守役です。

ともかく、この縛りを断ち切らなければならないと思って、一切母と口をきかず、
ここ2、3日は自分のことに集中しています。これは、すごく良い効果があると思います。
自分のことに集中することができるからです。
母に気を使わないように自分を訓練する必要があると思っています。
私は母に気を使いすぎていたのかもしれません。

そして、一昨日の夢では、私が友人の子供である幼児を友人に代わって抱っこして
ずっとその子を連れて歩いているのが出てきました。
その夢はこれまでとはちょっと違うパターンの夢なので、目覚めた時にどうして
こういう時にそんな夢を見たのだろう、と考えたところ、その幼児は私の無意識の中に
埋もれていた子供の部分であり、その子供の自分を私が大事にしようとしていることが、
夢の中で出てきたのではないか、と思いました。

そうなのです、母よりも大事なのは自分の無意識の中に眠っている子供の自分なのです。
それが、傷つけられてトラウマになっていて、出てこられなかったのですが、ともかく、
その自分自身である、子供の部分を大事にして私が親となってかばっていかなければならないのだ、
と思います。

つまり、私の中に子供の部分と親の部分があり、子供の部分を親の部分が守って育てて
いかなければならないのです。そうしなければ健全な自己愛が育たないのだと思います。

それが育つのを、母に妨害されていたのだと思います。
そして、母との間に、共依存関係が出来ていたのだと思います。
だから、ともかく、どんなに自分が母から見て「悪い子、都合の悪い子」と思われようと
自分の中の子供を守っていかなければならないのだ、と思っているのです。
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