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父が居間のゾウ(elephant in the living room = 誰もが見て見ぬふりしている問題児)だった [父との関係]

おはようございます!

昨晩は、眠る前に父から抑圧を受けていた記憶を取り戻そうとしていたたら、またまた母にバラを切られたことの怒りがものすごくこみあげて来てそれと同時に、怒りと悲しさがこみあげてきていました。
怒りは私のバラを切った母に対するものが引き金ですが、父からも私の感情とか自分の意志というものが完全に否定されていたので母だけでなく父に対する怒りも一緒になっていると思います。

ともかく、そうして今朝目覚めたときに感じたことは、我が家では父だけが自分の感情を持つことができて、父以外の家族は(特に私は)自分の感情を持つことを許されていなかったのだ、自分というものを持つことが許されていなかったのだ、ということに深いところで気づいたのです。

あまりにひどい暴君であり、兵隊のような育て方をされていたことが分かったのです。

ともかく、私の中には父への恐怖がものすごく根深く植え付けられていて、父は絶対君主として君臨しており、そのいうことには無条件に従うことが要求されていた、ということが記憶に浮上しているのです。

恐怖政治を敷かれていたのです。

そしてその父は、「自分はいい人だ、模範的な父親だ」と思っているので、その父のイメージを壊さないように、おりこうさんにしていなければならなかったのです。そして、父のいうことはすべて正しいとして受け入れなければならなかったのです。

その時すでに私は自分の気持ちを父に分かってもらおうという試みを何度も否定されて、諦めの境地になっていたものと思われます。そして、そんな真実が見えない父は、めくらであり、裸の王様だと思ってバカにして、本気で関わるのをやめて、表面的にご機嫌を取っておくという作戦でいっていたようです。

あまりにひどい、自分にうそをついて、父には絶対に本当のことを言ってはいけない、と思って父をだまし続けていたのです。(父の望むようにしていたのです)

そして、父と関わることは一切やめて、父からどんなに無視され、拒絶されても、もはや傷つかないような仮面(よろい)をまとうようにして適応していたのです。

そんな父はあまりにかわいそうですが、そうするしか仕方がなかったのです。

まさに、父こそがリビングルームの中の象(誰もが認識しているが、話したくない、無視している重要な問題)であり、厄介者で、皆が無視して、恐れて、適当にご機嫌を取っていたという哀れな存在だったことが分かります。

本当の人間的な本音の交流ができず、ただ、お金を家に持ってくるだけの存在になっており、父がそれを望んでいたので、私はそんな父を救うことはできなかったのです。

そして、父を救うことができないから、私は父と本音のかかわりを持つことはできなくて、仕方なく適応していたのですが、あまりに幼児期に恐怖にさらされていたのでストックホルムシンドロームとトラウマによって自分が断片化してしまっていたのです。

ともかく、父をかばい続けていた自分を正直に見つめると同時に、その自分から見て父はどういう人だったのかを、正直にありのままに認識することが必要だし、それに対して本来の自分はどう感じていたのか、その自分のありのままの感情を呼び覚ますことが必要なのです。

それには、やはり、誘導瞑想をたくさんすることが効果的なように思います。


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父からの自己愛的な虐待を受けていたような気付きが浮上 [父との関係]

こんにちは

今日は二度目のエントリーです。

いまだに、父からの怒った感情をぶつけられている記憶が浮上しているので誘導瞑想をして、徹底的にその中に突入していってその記憶を消去したいと思って、今日も誘導瞑想をしたのですが、そうしているうちに、私の中で父に怒られて覆いかぶさられていた状態の内側に沈んでいた自分が意識の下の方から浮上して、その上に、父が覆いかぶさっていたことが意識に浮上しました。

そうして、その下にいる自分と、それを押さえつけようとして覆いかぶさっている父という二人の関係が意識に浮上してきたのです。

それが私の幼児期の私と父との関係だったのです。
これまで父との関係はないと思っていたのですが、その根源は、ごく幼い時に父によって私というものが完全に覆いかぶさられて意識下に隠されてしまったからのようです。
だから、その父と私の関係の部分は私の中でブラックボックスになっていたのです。
私の中では父との関係はなく、父が私の人格の中心に陣取っていたのです。
まるで、憑依霊のように。だから、父がお化けのように見えていたのです。とても人間には見えなかったのです。

ともかく、幼児期にそれだけ父からひどい扱いを受けていたことが意識に浮上してきたことは良いことです。
幼児の私の心が完全に父によってつぶされて、殺されていたのですから、それはそれは、ひどい関係だったものと思われます。

その記憶が出て来て、幼児の私の心があまりにひどいストレスを父から受けていたその時のストレス感がそのままに浮上しているのです。

それは、父が私の境界線(バウンダリー)を完全に侵害して、私の存在は否定されていた状態なので、幼児の私のストレスたるや相当なものだったようで、やっとそれが意識に浮上してきて、ものすごいストレスが浮上しています。

そして思ったことは、それが大人同士の関係だったら、父は一個の人間である人格を持った私に対してどんなにひどい相手であったか、どんなに人格を無視した非人間的な相手であったか、ということが分かるのです。
つまり、私は人間として扱われていなかったのです。モノのように扱われていたのです。
それはこれまでも記憶としては浮上していましたが、実際にモノのように扱われてどんな感じだったかというそのままの感じは今初めて浮上しているようで、それはものすごいストレスになっていたことが今初めて分かっているのです。

人間であれば、相当のストレスを感じるのであって、幼児だから感じないというものではないのです。
言葉で表現したり、逃げたりできない分、相当のストレスを抑圧してため込むことになっていたのを思い出している感じです。
その記憶はその時のままに無意識の中に記憶されていたのです。すごく不思議な感じです。
ともかく、そういう父と私の関係が分かって来て、父の態度があまりにひどかったことが分かってきたのですが、そのような父の態度によって受けた傷は、自己愛性の虐待と言えるのではないかと思ったのです。

父の態度、そして、私が父から受けたものは、自己愛性の虐待、という風に考えることができるのかな、と考えています。

その時の私に対する父が自己愛性人格だったのではないか、と考えて調べてみることにしようと思っています。

そういう私への虐待は、自己愛性人格による虐待だったのではないか、と。















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父親から押さえつけられていた自分がやっと息を吹き返しているようです [父との関係]

おはようございます!

今朝の目覚めの前に見た夢が鮮明でした。

それは、私のところに、お母さんに連れられた幼児(4,5才くらい?)(男の子)がやって来た夢です。詳しいことは忘れましたが、お母さんと一緒にその男の子が来て、私の車の後部座席にお母さんとその男の子をのせてあげたのです。ですが、私の隣の助手席が空いていたので男の子に、この助手席に座ってもいいよ、というと、そこに座ったのです。

そして、その子がとても生き生きしていて、ありのままの元気な子で、本当に自然の幼児の明るさと元気さと、穢れのない純真さで満ち溢れているのです。そして、好奇心いっぱいではじけそうに元気なのです。

それを見て、私は感心しているのでした。

そういう夢を見た後で目が覚めました。
幼児期といっても、4,5歳くらいの男の子が夢に出てくるとは、まさに昨日の私の気づきの延長線上にある夢のようです。
やっと私の中に父によって抑えられていた自然の子がよみがえっているという、その前兆の夢のようです。

しかし、今朝の目覚めの時にも、まだまだ幼児期に父が起こっているそのままの父の怒りが記憶に浮上してきていました。
本当に父から受けた父の怒りと私のありのままの欲求や感情への否定と抑圧はひどいものだったのだ、ということが分かってきたのです。
今その時の、父の怒りの記憶が浮上しているということは、これまで抑えられていた記憶が浮上しているということなので、もうこのまま徹底的に抵抗しないで、出し尽くしていくしかないようです。
抵抗があったためにそれが出られなかったのです。

ストックホルムシンドロームだったのです。

でも、こんな夢を見たということは快方(解放)に向かっているということだと思います。

また、個人的な無意識の下の方にユングの言う通り、集合無意識があるのだと思いますし、それは、スピリチュアルの世界でティール・スワンを始めとするすべてのティーチャーたちが言っているように、ソース(おおもと、源、宇宙意識)につながる、ワンネスの意識があるのだと思います。

そして、そこにはアカシックレコードもあるのでは?
要は、集合無意識とはアカシックレコードだともいえますよね。
そこにアクセスできる人はそこから情報を引き出すことができるのでしょう。

ともかく、断片的になっていた自己が統合されている過程にあるようです。
そして、これまであまりに混乱していた頭の中が、整理されてきているようです。
整理されるということは、分類できるようになるということです。

生物の世界でも、微生物から次第に高等生物になるように分類できますが、その分類の脳は右脳のようです。

左脳はそのうちの一つ一つしか見られないのではないでしょうか。

やっと、右脳が働き始めたのかもしれませんが、ここからさらに進んでいくようにしたいと思います。

あと、今朝の目覚めの時だったか、いや、昨晩、ずっと誘導瞑想をやったあとで眠る前に思ったですが、もう私は本当にダメだ、と思ったのです。
もう私には何もできない。無力だ、と思ったのです。
それは、自我の死の予感、だったのかもしれません。
以下のサイトに掲載されている、「宇宙を乗りこなす喜び」からの抜粋が昨晩の私の状態を表しているように感じました。

http://8729-13.cocolog-nifty.com/blog/2013/11/post-c68a.html


これまでも何度も自我の死を体験したように思うのですが、今回、幼児期に父から押し付けられて形成してしまったゆがんだ自我(超自我が自我を乗っ取っている状態ですが)がもう自分の能力では対処できないことを感じて、無力を感じて、死んでいく状態に陥っていたように感じたのです。

これまで無意識によって支配されていた、ストックホルムシンドロームを脱出できるようになるのかもしれません。

役に立たない古い自我は死ななければならないのです。


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幼児期の父との関係はストックホルムシンドロームだった [父との関係]

こんばんは

今日は一日中、誘導瞑想をしていました。
というのも、ここ2、3日くらい、すごく無意識の方に引っ張られているからです。
それで、今日は、やりたいだけ誘導瞑想をしてみようと思ったのです。

また、最近、日本で色々とスピリチュアルな方面で発信している人たちがいることが分かって、その人たちのことも調べたりしていました。

そして分かったことは、やはり、私の潜在意識のところでまだ幼児期の父から怒られているイメージに本来の自分というものが押さえつけられているということです。

日本人でスピリチュアルな人として感心したのは、木内鶴彦さんとか、五井野正さんとか、ですが、その根本はやはり、自分に忠実であることだと思いました。
というか、私はごく幼い時に本来の自分が父と母によってつぶされていたのですが、上述のお二人のことを調べると子供のころから自分本来の欲求や好奇心に素直に従っておられて、固定観念にとらわれていないことが特徴的だと思ったのです。

また、偶然に見つけた「宇宙を乗りこなす喜び」という本のインターネット上の抜粋がとても良いと思ったのですが、そこでは自分の感情をとことん掘り起こして、全て味わうことによって癒されるのだ、ということです。

もう、自分がその幼児期からの嫌でたまらなかった父との関係における記憶と感情に抵抗しないでその中に突っ込むしかないのでは、という感じです。そちらに行くと、死ぬぞ~と脅されて、避けていたようなこと路があるのだと思います。本当にそちらに行くと死ぬと思って避けていたようです。

ともかく、今日の誘導瞑想の最中も、恐怖がずっと出ていたのです。
そして、、父に怒られている記憶がずっと浮上していました
父から受けたマイナスのメッセージと父の怒った状態の記憶はものすごく深く記憶に刻まれて私をずっと支配していたようです。
また、これまでの出会いの中で相手から言われたことで傷ついたことなども、冷静に見つめて、どういう意味でそういわれていたのかを考える余裕が出てきたようです。
これまでは単に傷ついて、自分がみじめになるだけだったのですが、やっと少し客観的に相手の言葉の意味を考えて、自分に足りなかったものを考える余裕が出てきたようで、初めて自分の足りない部分を客観的にみて、変えようという気持ちが出てきているようです。

これまではあまりに自分に自信がなさ過ぎて、父から怒られていることが前提であったために、自分を見つめる余裕などなかったようです。
余りに自己否定がひどかったということです。

また、幼児期の非常に初期から父に怒られ続けていたために、自分が完全に砕かれていて自分のありのままの感情を否定していたことがますますわかって来て、これは本当に私が幼児期に父に対して極度のストックホルムシンドロームに陥っていたことが分かってきたのです。

そして、父の本当の姿を見られなくなっていたものと思われます。
また、自分の本当の姿も見られなくなっていたのです。


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幼児期の親子の関係が逆転していたことが判明 [父との関係]

今日は二回目の投稿です。

もうひとつ気付いたことを書き留めたいと思います。
それは、誘導瞑想していても気づいたのですが、幼少期に父の日常的な怒った雰囲気に恐れをなして、恐怖のために自分が固まっていたのですが、その状態は、父の感情を常に気にして常に父の感情を自分自身の感情よりも優先していた、ということで、要は父が幼児のように自分中心のありのままの感情を発散させているのに対し、実際の幼児である私は、父の感情を常に優先してまるで幼児的な父に対して自分を殺して父の親のように振る舞っていた、ということです。

本来ならば、幼児である私は自分の感情や欲求を遠慮なく発散させて自分が家族の中心のようにふるまうのがありのままの幼児の姿だと思います。

それが、今意識に浮上している私の幼児の感情は父に対する恐怖で怯えあがっていて、自分というものを意識するよりも、父の感情を常に意識しているのです。

これではまるで、父が幼児で私が親です。
父は自分の我をどうしても通したいのです。
自分の欲求を第一にして、幼児である私の欲求は一切受け入れないのです。

そうやって、拒絶ばかりされていたために自分の欲求を出すと拒絶され手傷つけられるので、自分の欲求を出すことは悪い子のすることだと思わされて、自分の欲求を押さえつけるようになったのです。そのために自分の欲求が何なのか、自分は何を欲しているのかが分からなくなったのです。

その代わりに常に父の欲求にこたえることばかり考えて、自分の内側を意識するのでなく、常に自分の外側にいる父の欲求を優先していたのです。

まるで、親子が逆転していたのです。
これは、母だけでなく、父がものすごく私に対してそのような接し方をしていたことが大きな影響を及ぼしているのです。しかもそれが、余りに幼少期であったので、無意識に押し込まれていたのです。

マットカーンのYouTubeビデオの、How to solve inner conflict つまり、内なる葛藤をどうやって解決するか、というタイトルのビデオの中で、マットカーンが言っていたことは、自分の身体の感じ方を第一に優先しなさい、と言っていたのです。

つまり、葛藤を解決するには、身体のいうことを聞きなさい、ということなのです。それは、インナーチャイルドのいうことを常に優先しなさい、ということなのです。

まさにその通りだと思います。

私はずっと父の亡霊につかれて呪いに掛けられて自分がマヒしていたのです。

そして、自分がこうしたいという自発的なエネルギーが意識に登らなくなったために、自分のやりたいことをしようとするときに、それを止めようとする力が働いてしまっていたのだと思います。

だからその抵抗する力を除去するように、自分の本来のエネルギーを解放しないといけないのです。
そのエネルギーはすごく下の方であえいでいて耐えられないような感じになるようです。




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父とは別の本来の自分の感情が初めて出たようです [父との関係]

今日は二度目のエントリーとなります。

先ほど、また誘導瞑想をしていますと、今度は父に対する感情がでてきて、
感情に伴う大きな気づきが初めてありました。

それは、私が仕事関係の人は最優先にして、友人たちにもそれを当然として
押し付けていたことが、ちょっとおかしいのではないか、と初めて気付いたのです。

つまりそれは、私が友人たちを粗末にして、友人たちにも私が仕事を優先する
ことを当然のこととして受入れてもらうことを期待していたのですが、それは
普遍的な価値観ではないことに気付いたのです。

そして、私がそういう価値観を持つに至った原因が、私の子どものころからの
父親の価値観にあったことに初めて気づいたのです。
つまり、父が私たち父以外の家族のこと(人格や気持ちや、感情など)よりも、
父の仕事の方を圧倒的に優先することを当たり前のこととして受け入れていたの
ですが、それは普遍的な価値観ではなく、むしろ、家族をおろそかにして仕事に
没頭して仕事を最優先にして、家族を顧みない非常に非人間的で愛のない価値観で
あることに初めて気づいたのです。

つまり、私はあまりに幼児のころから父親の感情ばかりが優先されていて私の
感情は全く顧みられず、拒絶されていたために、自分の感情を感じるように自我が
発達することができずに、父の感情が私の感情となっていたのに気づいたのです。

だから、父が仕事を最優先して私の感情や私の人格が顧みられずに、まったく無視
されていても、それを当たり前のこととして、抗議することも、怒ることも
できずに、父を受容して、そういう父の価値観が自分の中にも入り込んでいることさえ
気付かずにいたことが分かったのです。

それが、当然と思っていたのです。人間的な愛とかつながりとか、を軽く見るように
なっていたものと思われます。

それに気づくとともに、私の中ではそういう父に対して、自分の方を向いて欲しい、
とか、自分の気持ちを聞いて欲しい、とか、興味を持って話を聞いて欲しい、
などという欲求は持つだけむだということで、完全に無意識に追いやって、父親を
表面だけの関係にして、本音ではバカにして(というか恨みで)
無視するようになっていたものと思われます。

だから、父を横目で見て、人間的に浅はかな者だとバカにしていたものと思われます。
つまり、本当の関係を持つことのできない知能の低い人だと思っていたのですが、
実際には父の感情のIQが足りなかったものと思われます。

父親との感情を伴う関係が全くなく、何故そうなったのか、ずっと分からなかった
のですが、やっと父に感情のIQが足りなかったことが分かったのです。

幼児の私の方が父や母よりも感情のIQが高かったのだと思います。
また、幼児の脳は感情脳だけで生きているからなおさらです。。
父の知性の面でなく、感情のIQの低さを馬鹿にしていたものと思われます。

しかし、幼児期にはそれさえも抑圧して無意識に追いやって、父に合わせていい子にしていた
ために父の価値観が自分の価値観になって、本来の自分の感情を無意識に追いやっていたものと思われます。

そして、恨みのために甘えは全く意識に出てこなかったのですが、それがやっと
意識に登ってきたのです。

本当に信じられないくらいにひどい仕打ちを受けていたものだと思います。
ものすごい疲労感。












凄いことになっているみたいです [父との関係]

こんにちは

今日、先にこのブログに書いた通り、昨晩の夢で父への
幼児期の私からの怒りが噴出したのですが、

今日は、やはり、これまで埋もれていた父に抑えられていた
本当に下の方に引っ込んでいた自分が、下の方からすごい
エネルギーで出てきているみたいです。

それで、今日は午前中、仕事をして午後3時ころからは、
疲れがどっと出て、それから横になっていたら、左の方から
ものすごいコリと、苦しい感じが出て来て、眠たくなって
眠っていたのです。

その間もものすごく、左の方のコリがひどくて、首と肩と
背中にすごい筋肉痛と、何かすごい苦しい状態になっています。

すごいエネルギーが、仮死状態だったのが動き始めて
いるようなのです。

それで、ものすごく苦しくて起きていられなくて横になるしか
ないみたいな感じです。

あと、今日たまたま仕事の関係で調べていて、
「シャドーワーク」という言葉を調べていたら、それが、
ユングの心理学でいうところの、セルフの影を意識化していく、
ということと重なっていたので、ネットで調べたら、YouTube
でまた、その関係のビデオで色々と出て来て、非常に
今の私の説明していることに気づきました。

今の、私の状態は、父親との関係の部分が私の
シャドー(影)になっていたのです。
いわゆる、無意識の部分、ということなのですが。。。

自己の陰になっていたのですが、それがいま意識化
されようとしているのだと思います。

すごく、苦しいし、みじめな自分を味わうのですが、
でも、それでもやる価値はあると思う、というか、
私はもう逃げられない状態になっていると思います。

ユングの心理学は、だいぶん前にいろいろと本を読んだり
して勉強して参考にしていたのですが、最近はそういう
本はあまり役に立たないと思って、自分の参考にしていなかった
のですが、ビデオを見ていると、今の私にとっては
ユングの心理学が再び役に立つ段階になったかな、と思います。

なので、しばらくユングの心理学も参考にしようかな
と思います。

今朝の目覚めでは父へのすごい怒りが噴出 [父との関係]

おはようございます

今朝も、早く目覚めてそれから眠られないので、早く起きました。

目覚めの時には、これまでで、初めてものすごいひどい怒りが夢の中で
父に出ていて、夢の中で父にものすごい怒りをぶつけていました。

これまでで、こんなにひどい怒りが父に夢の中で出たのは、初めてかも
しれません。

それは、やはり私の中でものすごく小さい時に父に私の中の本来の自分が
つぶされてしまったせいだと思います。

それで、父が私の身体の左側に入って来て、父の感情が私の中に入って、
父が怒っているために、私の感情は出てこられなくなっているものと思われます。

それで、本来の自分が存在しなくなっていたのですが、そのことを父にどうしても
訴えるだけの強い自分がなかったようです。

なので、父の存在が私の無意識の中でものすごく気持ちの悪い幽霊のような
存在として生き続けていたのです。

それは、父が私の人格の中に入り込んでいたせいだと思います。
ともかく、その怒った父の顔と、感情が私の中に入り込んでいる限り、
ありのままの自分が出てこられなくて、その部分が私の人間関係を
支配しているので、そのために、私は夢の中でそのことを初めて
父に対して、私は幼児期の父親のそういう態度のために、こうなったんだ、
と言って、ものすごく怒って父にぶつけていたようです。

それは、本当に初めてのことです。
それは、私がずっと思っていたけれども、父にはどうしてもぶつけることが
できなかった私の本音だったのです。
父に対しては、どうしても私に怒って欲しくないので、いい子にして父に
ありのままの自分の気持ちを出すことは絶対にしないように子供のころから
じぶんを仕向けてきたのだと思います。

ともかく、その本来の自分が幼児のままにとどまっている、というか、
仮死状態だったので、いつまでも父親の存在に自分が乗っ取られて
いたのだと思います。

それで、でも父親に対して初めてその幼児の部分が反逆するだけの
力が出てきているのかもしれません。

本当に父にこれまで押さえつけられていた幼児の部分の怒りが
すごい勢いで出てきているようだったのです。(夢の中で)

これまで、母親に対していい子になっていた幼児の部分が夢の中で
凄い母に怒りをぶつけているのは出てきていたのですが、父に対しては
本当に何の感情もなかったのです。

本当に感情が仮死状態で、父に対して怒ることもできず、ただ、父に対しては
避けたいという感情しかなかったし、本当に父に対しては気持ち悪いという
感情しかなかったのです。

関わりたくない、というもので、多分関わるとすごい怒りが下から出てくる
からだったのかもしれません。

本当の自分の父に対する感情はものすごく埋もれてしまっていて、意識に
昇らないのですが、もし、意識に昇ったら、ものすごく怒りがいっぱいで
辛すぎるからなのかもしれないし、ものすごい葛藤があって感情が
凍り付いているからかもしれません。

葛藤のために、そこで感情が動かれなくなっていて、止まっているのだと
思います。

その葛藤をほぐすためには、下からものすごい怒りがあるので、
その怒りが意識にのぼるのを許して、怒りを感じるしかないのだと思います。

凄い感情が下の方に埋もれているのが、信じられないくらいです。

それは、自分の欲求が埋もれているということらしいです。
というか、欲求を感じることがいけない、と幼児期に父から思わされてしまって
いるようです。

とにかく、すごい怒りです。


体の左側から「痛み」が出ているようです [父との関係]

おはようございます

また、しばらく間が空いてしまいましたが、最近、すごく体の左側の
特に、尾てい骨の左側から痛みが出ていて、それに加えて、
左足がしびれているのです。

とりわけ、朝目覚めたときが今のところは一番、左の尾てい骨
のところが痛くて、歩くのがたいへんで、それに左足全体に
しびれがでています。

足のしびれは、大体い一日中続いています。

この左の尾てい骨の痛みと足のしびれはもうしばらくの間続いています。

それと同時に、左の体の痛みも、肩から腰まで全体的に強く出ていて、
目覚めたときに一番ひどいです。

また、昨日は、目覚めたときからすごく不安のような感情が出ていて、
本当に生きていくことができるのだろうか、生きるのがつらいような気持に
なっていました。まあ、それは、わたしの場合は目覚めの時に無意識が
動いていて、それでそういう気持ちが出てくるようなのですが、一旦
寝床から出て、活動し始めると、まあ、そういうのはなくなって、普通の
気分になり、むしろ、そのようなマイナス感情が出た後というのは、逆に
プラス感情に転じることもあるのですが。

ところが、昨日は、これまでのようなパターンと少し違っていて、これまでは、
自分というものが、保護されていて、現実の世界から離れたところで、
自分の頭の中で築き上げた防御システムの中で、いろんな妄想というか、
幻想を抱いて何とか生きていたのが、その幻想が壊れて現実の自分に
直面させられて、その自分というのがあまりに何も持たない、何ものからも
保護されていない、不安な存在に思えてきて、これからどうやって生きていけるのだ、
というような不安が出てきていたのです。

まあ、それでも、プラスに考えるようにしたり、ここしばらく仕事も忙しかったのが、
ひと段落したので、YouTubeで、また、ビデオを見ていたのです。

先日から、すごく面白いビデオを見つけてみています。
まず最初は、ロバート・ランザという人の、バイオセントリズムという概念の説明の
ビデオを見ていたのですが、そこから、今度は、ジョー・ディスペンザという人の
ビデオを見たところ、これがものすごく面白いのです。

つまり、スピリチュアルな考えと、量子論と、生物学と、ともかく色々な背景を
もとにして、コンシャスネス(人の意識)が、脳の働きを変えて、それから、
人生や物理的な世界が変わっていく、という考え方です。

ともかく、ここ3日くらいは、そのジョー・ディスペンザさんのビデオを見ているのです。
それはそれでよいのですが、昨日は、ピア・メロディーさんの共依存に関する
本の続きも読んでいたのです。

そうしたら、すごく私が子どものころ、今度は小学生の頃に親から受けた、特に
父親から受けたひどい扱いに傷ついたことが思いに昇ってきました。

これまでは、大体が、幼児期のことで小学校に入る前の本当にまだ無意識の中にいる
ような、乳児期とか幼児期に父や母から受けた拒否や見捨てられ感や、怒られた
ことへの恐怖が出ていて、それ以上の年齢に行かなかったのですが、

昨日は初めてというくらいに、その小学生の頃に父から怒られて、顔を殴られた
こととか、私の気持ちが踏みにじられて、父に押さえつけられて怒られてひどい思いを
したこととか、

私が親に見切りをつけたこととか、とにかくひどく親に失望させられ、悲しい思いを
していたこととか、愛情を求めても得られなかったこととか、とにかく、父から
無視されているのに、それにさらに私の楽しみにしていることさえ怒られて取り上げ
られたこととか、ともかく、親が私を自分の思いのままに扱うという、そのやり方が
同じなので、ひどく悲しくつらい思いをしていた気持ちがよみがえってきたのです。

これまでは、そういうひどい目に遭った時の記憶はあったのですが、それに対して
感情が湧き上がったことはありませんでした。

ひどいという記憶はあったのですが、すべて頭の中の記憶だったのです。
それが、昨日そうやっているときに、感情が湧き上がったのです。
そして、ものすごくつらくて悲しいというその時に戻って泣いていたのです。

その時、父から殴られたとき、泣いたという記憶はないので、きっと
父を憎むだけで辛い感情を抑えていたのかもしれません。
今、これを書いていたら、また父がすごく憎いという感情が出てきました。
父にすごく怒っているのです。

ところが、そういう感情を出すことができなかったのだと思います。
小学生で、父に逆らおうとしたら殴られた、ということで、それ以上逆らえないし、
自分が父に従わざるを得なかったのです。

そういう風に父は、自分に従わせるためには暴力も辞さなかった
ということだと思います。

話し合って、お互いが納得し合うようにする、ということができなかったのです。
いず
私は自分の意見をいうことがその時にできなかったし、自分の気持ちを
主張することもできず、そのまま退散するしかなかったのですが、
そこで、泣いたりして、甘えることさえもできなかったということです。

そういう悲しい感情とかつらい感情をおそらくため込んでいたのです。
それが、感情として初めて出てきた感じでした。

それで、今朝の目覚めに感じたことは、また、今朝凄く左の足の
付け根が痛く、足がすごくしびれているのですが、
感じたことは、これまでは自分が頭で色々なことを記憶していたのだ、

ということです。
それがいま、体の中の記憶となって意識化されている、という感じです。
記憶が体の中に無意識として抑え込まれていたのです。

その記憶が呼び覚まされている感じです。
そしてその記憶は感情と共に出てきているのです。

それが、これまでは頭の中だけのものだったのです。
それが今は、首から下の体の中の記憶として出てきているのです。
それを感じているのです。

これまで感情を抑圧していたということは、体の中に感情があるのに
それが意識に昇ってこなくなっていたということです。

そして今、そいういう、今度は小学生の頃の記憶に戻って、
その時の自分の悲しくてつらい感情が出てきているようです。
その時、全て親に対する憎しみとか怒りを抑圧して、悲しいことがあっても
誰にも甘えることもできず、訴えることもできず、その時自分一人の
中に納めて、父にはいい顔をして、父の感情を害さないように
父にはかかわらないで、生きてきたものと思われます。

それだけ、父は危険人物だったのです。
母も、そんな父の見方をいつもしていたし、私をかばってくれるなんてことは
全く考えられず、見て見ぬふりをしていたので、まったく同罪です。




今朝の目覚めに自分を責めていることが浮上 [父との関係]

こんにちは

今朝の目覚めにもまた、ものすごく自分は生きられないのだ~
というすごくつらい気持ちと苦しい気持ちと、自分が生きて行かれない、
という気持ちが湧き上がっていました。

そして、それを味わっていると、やはりそこに幼児期に父から怒られている、
その怖い父の顔と、父の怒った怒りをぶつけられているイメージがどうしても
出てきて離れないのです。

その父から怒られている感情が左側にあってその怒った父のイメージが、
私をずっと責め続けているのだ、というのが分かったのです。

つまり父の怒った顔と声いうのは、私を攻め続ける声だったのです。
つまり私の中で、その父の声がずっとテープレコーダーの様に鳴り続けていて、
私を裁き続けているのです。

そして、その声は私が過去にした色々なことや過去に体験した色々なことで、
私を責め続けていたのです。

つまり、目覚めにもそういう、私の過去の出来事が思い出されてそれを見て、
自分で「なんで私はこうなんだろう。」とか、「なんであんな風にしてしまったのだろう。」

とか、「なんであんな風にして人を傷つけてしまったのだろう。」とか、
「なんで、私はああいう風なひどいことをしてしまったのだろう。」
とか、思っていて、取り返しのつかないことをしてしまった、自分はどうしようもない
人間だ、と独り言を言っているのに気付いたのです。
また、そういう風にいつも、考えていることに気付いたのです。

そして、そういう風に考えていることは、真実だとこれまでは信じて疑わなかった
わけで、本当に自分はどうしようもない人間だ、と思い込んでいたのですが、
今朝は、そういう自分が自分に語っている言葉自体が、それは、幼児期の
父の怒った顔が私にそういう風に言うように仕向けているのだ、ということに
初めて気づいたのです。

つまり、そういう風に自分をめちゃめちゃに批判する言葉は、そのわたしの
中に取り込んだ、怒った父の顔と声が私にそういう批判的なメッセージを
与えて、「お前はダメな奴だ」と自分のしたことをすべて批判的にものすごい
批判的な声で批判している、責め立てているのだ、ということが分かったのです。

だから、やっと初めてその批判的な声を自分に投げかけているのは、私の中に
いる、幼児期の父の声と顔が発生源になっているのだ、というのが分かったのです。

つまり、私に対して「お前はダメだ、お前は生きる権利がない」と言っているのは、
公正な声ではなかったのです。
そして、私が過去にした色々なこと、過去の過失も含めて、は、そんなに自分で
耐えなれないようなひどいことではないのだろうと思います。
ただ、自分を裁く声が、強すぎるのです。

また、もう一つ目覚めに気付いた大事なことは、私の中で、本当に正直ではなかった、
正直になれなかったのだ、ということが分かったのです。

それも、父に怒られるので、自分の正直な心を隠して、父に怒られないような
自分を演じていたせいだと思います。
つまり、自分でない自分を演じるように父から強制されてしまい、それが自分の
仮の自分の姿になっていて、それが第二の自我になって、無意識にそれが見について
締まっていたのだということが分かったのです。

私は、それで、、どうしても正直に自分のした悪いことなど(ちょっとした盗みなど)
したこと認めることができなかったのだ、ということが分かったのです。

ともかく、私は自分のことを正直に認めることができなかったのです。
それが、父に怒られて自分を演じるように強制されたため、本当の自分が
うもれてしまって、本来の自分が育っていなかったからなのだ、本当の自分が
生きていなかったからなのだ、と分かってきたのです。

つまり、正直になることさえ許されなかったのだ、ということです。
父にありのままの自分であることを許されなかったため、嘘の自分を
演じるしかなかった、、ということです。
これは本当にひどいことです。
それによって、自己の愛情の欲求が満たされず、嘘の自分で演じることで
父からの承認と愛情をえることを覚えてしまい、本来の自己は抑圧されてしまった
ので、本来の自己が正直になって、正直になることで許しと愛情を得る、
という訓練ができなかったことがわかったのです。
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そして、一方でそのありのままの本来の自己というのは、父によって拒絶され
辱められているので、恥の塊になっているのです。自分の本来の感情は
恥によって拘束されてしまって、、出てくることができないのです。
なので、本来の自分は恥ずかしいものだ、という刷り込みがあるためどうしても
正直に自分を出すことができないのです。

まさに、ジョンブラッドショーの「Healing the shame that binds you」
(あなたを拘束する恥からの癒し)の本に書いてある通りに、
毒となる恥ができてしまっていて、本来の恥が出てこられなくなっているのです。

これは、今問題になっている舛添要一東京都知事も、そういう状態なのでは
ないか、と思います。
それは道徳的な問題、というよりも、心理的、精神的な障害なのでしょう。

ともかく、話を戻すと、このジョンブラッドショーの本は今読んでいる最中ですが、
とても参考になります。

私の中でいまだに、父の怒った顔と声で自分を責め続けていることが
わかった、ということは、いまだに私の中で境界線が築かれていない、という
ことで、今も自分を責め続けていることが分かったので、それに対する
反対勢力、つまり、自分のありのままの自分がもっと自己主張できる
ように、その自分を責めてさばくちからに打ち勝っていけるようになることが
必要なのだ、と分かったのです。

そして、それは、頭でいくら理屈をこねてもダメなのです。
自分の無意識の中の問題なので、体と感情が本来の自分のものに
なることしか、解決にならないのだと思います。


Healing the Shame That Binds You (Recovery Classics)

Healing the Shame That Binds You (Recovery Classics)

  • 作者: John Bradshaw
  • 出版社/メーカー: Hci
  • 発売日: 2005/12/30
  • メディア: ペーパーバック



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