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オーセンティシティーが次の目標 [トラウマからの開放]

こんにちは

今のところ、ますます誘導瞑想していても、左の肩が痛くなっています。
あと、母親にも怒りが出るのですが、おなかの中で怒りが爆発するようです。

チャクラがどんどん開いて欲しいです。

今日は、朝、目覚めたときに私が本当にこれまで自分の受け入れられなかったことが分かってきました。
つまり、素直になれず、ひねくれていたということですね。
そして、こんなに自分を受け入れられず、自分を認められなかったことが、自己否定にもなり、それから私が長年苦しんでいた自己不一致の原因になっていいたことが分かりました。
自己不一致では本当に気が狂うかと思うほど苦しんでいた時期がありましたが、まさに、その原因が自分で自分の本当の自分を認められなかったからだ、とわかりました。
認められなかったというのは、本当の自分があまりに弱かったことであり、なぜそんなに弱かったかと言うと、怒った親の感情から取り入れてしまった自分の中の超自我が常に自分を責めてお前は存在してはいけない、と、バッシングしていたからだと分かってきました。

そのバッシングが私の場合は非常に強くて無意識になっていたため、それを解除することができなかったのだということが分かってきました。

こうしてみると、脳の中の働きは本当にコンピューターのプログラムのようだなア、と思えてきます。
古いプログラムを解除しないといけないのですね。
しかしそれは、深い無意識に埋もれているので、そこまで行って解除しないとダメなのです。

そして、先ほど誘導瞑想していて感じたことは、私は自己不一致になっていて、自分を認められず、本来の自分でない自分を演じていたということは、偽の自分を生きていたということであり、オーセンティックでなかったということであり、私のこれからの目標は、オーセンティックな自分になることを目指そうと思ったのです。

コンピュータでも何でも、最近は'セキュリティーでアイデンティティー確認をされますが、オーセンティケーションとは、自分であることを確認することであり、まさにその通りで、自分が自分であること、つまり、偽の自分でない自分を生きることがオーセンティックなので、これまで私はオーセンティックになれなかったのだ、ということが分かったのです。

気に入られるために、自分を殺して自分でない自分を演じていたのです。いい子になって。
親からそうすることが私の価値を高めることだ、と間違った刷り込みをされてしまったのです。
オーセンティックでない自分から、オーセンティックな自分に価値の転換をして、自分の価値観、世界観を完全に180度変えて行かないとダメだと思ったのです。

そうして、私の中に眠っている子供の部分のバイブレーションを、無力感から救って、自信と愛のバイブレーションに高めて行くようにしたいのです。


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覚醒と睡眠の間で異次元へ行きました [サイキック(心霊現象)体験]

おはようございます!

昨晩は、ついに心霊現象を体験してしまいました。
要は、次元移動したようです。

すごく、驚いています。

昨日は、70年代のティーンアイドルだったデービッド・キャシディーが危篤状態だというニュースが一昨日くらいにあり、それもあり、この世とあの世のことが無意識の中にあったのかもしれませんが。。

ともかく、昨晩は、眠ろうとして寝床に入っても、なかなか眠れませんでした。
というのも、最近またまた無意識のほうがたいへん動いているようで、体の中に染み込んだトラウマを突き破って本来の自分が出てこようとしているのだという感じなのですが、身体の左側にそのエネルギーが出てきていて、すごくその辺の筋肉とかが痛いのです。

そして、そこから何かエネルギーが出てこようとしていて、なかなか眠られなかったのです。
これまでも、そいう言うときには、眠られなくなってしまい、これまでだとそこで寝るのを一旦諦めて、起きて、本を読んだりしていたのですが、昨晩は寒いし、再び起きる気にもなれなく、眠気はあったので、そのまま悶々としていたのです。

そうしたら、まずは、私が家の中で小鳥を飼っている場所に行ったのですが、そこは現実とは違って、椅子とか、テーブルとかいろいろ置いてあり、恐らく夢の中のような感じでしたが、何となく夢と現実の間のような感じでした。

ところが、その後気付いたら、別の場所に行っていたのです。
あと、そこへ行く前にまだ目覚めている時に、口の中がものすごく乾いていたのです。
普通、いくら何でもこんなに口の中が乾くということはありません。
それも何かのサインだったのかもしれません。

ともかく、行っていた別の場所は、何か、大きな広間のような場所の大きなガラス張りの壁の開いたところにいて、外を見ています。外は、何か広々とした草原の中の空地のようなところで、青空がきれいに見えます。
周りの景色も、自然の中できれいに見えて、まるで現実の世界と同じようなカラーでくっきりと鮮やかに見えるのです。
そして、私は、これは夢ではない、と思うのです。何故なら、総てはっきり見えるし、意識もはっきりしていて、これは夢ではない、と思って、色々調べていて、自分の足もちゃんとあるし、身体もちゃんとあるのです。

それに、そこには大勢の人がいて、その人たちの顔もはっきり見えるし、表情まで見えるし、中には見覚えのある人のような顔もあるのです。みんな生き生きしているし、周りの景色もはっきりしているし、青空まできれいに見えるのです。それでここはどこなのだろう、夢ではないぞ、と思ってチェックしているのです。

そして、少し別のところに、人々が集まり始めていて、そこで何かセレモニーかイベントがあるようなので、私も近づいて行ったのです。そこに行ったら、知っている女性がいたのです。しかし、その女性は、数年前に亡くなっている人なのです。私は彼女のことは時々、考えることもありますが、ともかく、彼女が生前のようにきれいな姿で立っていました。でも、彼女が亡くなっていることを思い出して、ちょっと怖くなってしまったのです。ここは、あの世なのか、と思ったからです。
私はあの世に来てしまったのか、と。そして、帰れなくなったら困る、と思ったのです。

ともかく、怖くなったので彼女を本人かどうか確認するためにじっと見ていると、どうやら、別人のような感じに見えてきたのです。私はそこで彼女に、本人かどうか聞くためにつかみかかったようですが、返事はなく、彼女は通り過ぎて行きました。
それで、今度は横にいる別の女性を見ると、その人は、「私は今、寝たきり状態なの。(昏睡状態?)」ということでした。つまり、生と死の間をさまよっているということでしょうか。

それで、私は自分は、特に病気でもないし、死にそうになる理由もないから、きっと帰れるだろう、と思ったのですが、このまま死んだらいやだ、と思って怖くなったので、身体に戻りたい、と思い、そう思っていると、視界が暗くなり、だんだんと次元移動状態になりました。
本当に、次元移動している感じになったのです。何といえばよいのか、少しぐぐーっとなる感じで移動している感じなのです。じっとして耐えていると、最後にぐらぐらーっときて、ガーッという音のようなざわざわした音とすごいぐらぐらーっと振動がきて、戻って来た感じでした。

しばらくは、真っ暗のままそこに留まって落ち着くのを待っていましたが、それから徐々に自分の身体に戻っていることが分かって安心したというわけです。

そして、意識が身体に戻ると、ものすごく口が乾いていたのです。
それから、尾てい骨のところが、しびれたような感じで、暖かくなっているのかな?と言う感じと言うなのです。そこに丸い暖かいしびれのような感覚があって、しばらく続いていました。
そこは、クンダリーニの第一チャクラの場所なので、もしかしたら、クンダリーニの覚醒がいくらか、あったのかもしれない、と思ったのです。
その場所が暖かいそんな感じになったのも初めてですが、それだけで、そこから上に上がってくる感じはなかったですが、今後、変化が起こる可能性もあるかもしれません。

しかし、こんな体験は初めてでした。
ただ、時々、次元移動しそうな感じの振動が眠っているときに来たことはあるのです。
ですが、実際に次元移動したのは初めてなので、凄い体験でした。

それに、口の中が異常にかわくことと、第一チャクラ(尾てい骨の所)が暖かくてしびれた感じになっていたのは初めてなので、本当に興味深い体験だったと思います。

これからの展開も、注意深く見守りたいと思います。

あと、書き忘れましたが、どんどんと自分の深い傷の部分に入っているのですが、ついに、本当に自分の傷ついた部分に入って行った時に、イエス様がそこにいることに気付いたのも事実です。

というのは、私は自分をクソのように扱われ自分でもそうしていたことが分かって、だから、便所の肥溜めの中に自分のチャイルドがいたのですが、そのチャイルドは、金の卵だったのです。

そして、飼い葉おけの中で生まれた、イエス様も金の卵だったのです。
そして、イエス様は人々から拒絶され、さげすまれ、屈辱的な目に遭って、十字架で殺されたのです。
しかし、そんな屈辱的な人生のイエス様が実は金の卵だったのです。

私は屈辱的な人生だ、と思ったのですが、イエス様の人生も屈辱的な人生だったことが分かったのですが、不思議なことに、そこから金の卵が産まれたのです。

そして、今朝目覚めて、フェイスブックを開くと、それと同じようなメッセージが一番に出てきたのです。それは、ユングの言葉でした。

「どんな木も、その根が地獄にとどかずして天国に届くまで育つことはない。」

シャドーを通らずに光に届くことはない、ということだそうです。

"Embark on a visionary journey through the fragmented unconscious of the west, and with courage face the Shadow. From Shadow into Light.
“No tree, it is said, can grow to heaven unless its roots reach down to hell.”
-C.G. Jung"



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夢で北の邪悪な魔女になりたい願望がでてきましたぁ~ [夢日記]

おはようございます!

今朝の目覚め前に見た夢が画期的だったので書き留めておきたいと思います。

その夢は全体像はあまりはっきりと記憶には残っていないのですが、何となく何か仮装パーティーか、あるいはそんな感じの軽いノリで何人かがそこにいて、私たちのところに誰かが何となく攻撃的な人物となて私たちと遭遇したようです。

そこで、私は、今度は自分が仮想してなりたいものは、「wicked witch of the North(北の邪悪な魔女)」だよ、と言っている、という夢です。

「wicked witch of the North(北の邪悪な魔女)」はオズの魔法使いの中で出てくる邪悪な魔女で、この前、フライングモンキー(空飛ぶ猿」を調べていて出て来て、動画も見たところだったので、それも記憶に残ってたようです。

夢の他の部分は忘れてしまったのですが、この私が「wicked witch of the North(北の邪悪な魔女)」に紛争してやる!と言っている部分だけは、自分の強い意志が出ていて記憶に残っているのです。

自分が相手からやられたことに対して、「邪悪な魔女になってやる」ということに対して、すごく強い意志を持っていたからです。しかしこれは本当に相手に仕返ししようとしているというよりは、すべてお遊びの中でそういう風に言っているのですが。

しかし、一生懸命英語で「wicked witch of the North」と言おうとしていたようです。
言いにくい言葉だから。
ともかく、目覚めて思ったのは、私の中で、攻撃性が無意識の中に埋もれていて、自分の人格の中の攻撃的な部分を抑圧していたのが、意識に浮上してきているのだろう、ということです。

つまり、幼児期からの親の擦り込みで自分は「いい子」で、やさしくて、親のいいなりにならなければ生きて行かれないと思って、「いい子」の自己イメージを誇示していたために、怒りを抑圧して、攻撃性を抑圧して自分は優しい人物だという風に自分を作っていたので、自分の中の攻撃性というものは完全に自分の人格から疎外されて、無意識の中に入っていたものだと思います。

攻撃性はあってはならない自分の要素として自己否定していたものと思われます。
それがやっと、自分の中で認められるほどに自己受容が進んでいるのだ、と思ったのです。
つまり、攻撃性が自分の中にあることが認められるとその攻撃性は、遊びになるのです。
つまり、攻撃性のなか角が取れていく、ということだと思います。それが無意識の中にある限り、自分でそれを否定しているので、自己認識ができず、自己否定に陥っており、その分だけ角がでて凶悪になって来るのではないか、と思うのです。

だからまさに、これはシャドーワークの部分に入ったことがわかります。
ティールスワンさんのビデオで昨日、シャドーワークについてみていたのでそれも丁度私の入って行こうとしている段階に合致しているかと思います。

しかし、ナルシストの親に育てられたアダルトチルドレンの場合、ここまでたどり着くまでに、凄い防御があるのでその防御を突破するのがとても大変なことが分かります。

ただ、そこまでたどり着いたので、今度はもっと自分の中のさらに「よいこ」の自分のイメージを突破して、「攻撃性」とか、そういう前に進んでいくエネルギーを回復していくことが必要なのだと思います。



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さらにコアビリーフが浮上 [目覚めの気づき]

おはようございます!

前回書いた通り、中核的な部分で自分嫌悪があることが分かったのですが。、幼児期に父親から叩き込まれた恐怖によって、怒られて自分を責めている父親を取り入れて、罪悪感に陥っているチャイルドの部分が次第に意識化されてきているようです。

また、ティールスワンさんが言っている節を基にすると、自己嫌悪というコアビリーフがあるということは、自分の希望するものはその対極にあるので、つまり自分が希望する者は、自分を愛することだ、ということが分かるのです。

そして、今生において私が体験したい(学びたい)と願っているものは、自分を愛することだと思います。それはともかく、誘導瞑想により、そこに到達する前に昨日もものすごい恐怖が出ていたのです。

だから、本当に恐怖によって自分の核の部分が怯えて、隠れてしまって出られなくなっていたことが分かるのです。しかし、そこにフォーカスしてエネルギーを与えているうちにだんだんと無意識の中から色々な自分の中の忘れていた記憶とか、記憶の中でもプラスの部分とか、これまで気付かなかった自分のプラスの側面とか、記憶とかも出て来て、だんだんとマイナスの記憶の中にもプラスの面があったことなどが意識に浮上しているようで、統合されてきているのだろうなと思います。

しかし、中核にあるコアビリーフが非常に根深くて今もまだうずいているようです。
そして、昨日はまた別のYouTubeビデオで、ナルシスト(自己愛性人格障害)の親に育てられると、幼児期に親自身の中の解決されていない恥などがすべて子供に対して投げかけられて、子供を責めるのですが、それは親自身が自分の恥を子供になすりつけているのだ、ということでした。

つまり、子供はただありのままの自分であるにすぎなく、そこには善悪はないのですが、それに対して親は自分の中のよいこが反応して、自分が責められていると感じて、自分の中に解決されていない恥があり、それを子供に投影して、子供に対して批判的になり、怒って「お前は悪い」と判決をくだすのですが、それは、親が自分の「クソ」を子供に投げつけてなすりつけているのだ、ということでした。

そして、ティールスワンさんもものすごく深い話をしていて、本当に今のところの私はティールスワンさんのビデオはとても参考になります。
例えば、恥について、罪悪感について、フラグメンテーション(自己の分裂)、等々、彼女の分析はとてもユニークで、真を突いています。

私は彼女のビデオが理解できるまでになるまえに、誘導瞑想でもっと厚い壁を取り除く必要があったのだと思います。その壁が取れてきたので理解できるようになったのかと思います。

それから、今朝の目覚めの時に気付いたのは、上記の親が自分の「クソ」を私に擦り付けていたのだ、ということです。つまり、私は幼少期に繰り返し見ていた夢があり、それは私が汲み取り式の便所の下の部分の肥溜めの部分に一人でぽつねんと座っているという風景なのです。

そこは、広大な肥溜めの中で、上はトイレなのですが、その下の部分は広大な肥溜めの海のような場所で、周り中にクソがあるのです。

それがどうういうことがやって明確になったのです。
つまり、文字通りそれは親のクソだったのです。
私がその親のクソの大会の中に投入されていたのです。

夢の中でイメージとして何故トイレなのか、やっとわかったのです。
それは、親のトイレだったのです。私は親から、まるでトイレの中の住人のように扱われていた、と感じていた、ということです。

ともかく、そのことがやっと意識の中で納得して、そういうわけでそういう夢を見ていたのであり、それが私の自己像になり、それが親からの、怒りや批判や父親からの恥の擦り付けによって、罪悪感になり、恐怖になり、親のクソの中に投入されたのだ、という風に因果関係が分かってきたのです。

やっと、そこにたどり着いているのだと分かったのです。

なので、そこにいる自分のセルフイメージを変えて、メッセージを変えていくことが必要なのです。


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自己憎悪が中核的な思い/感情になっていたことが判明 [目覚めの気づき]

おはようございます!

しばらく間が空きましたが、その間、ものすごく色々な中核に迫った記憶と感情(怒り、悲しみ、痛み、落ち込み、恥、罪悪感、恐怖、等々)が続々と続けざまに出ていたために、ブログを書くほど余裕がなかったのです。

夢もいろいろ見たのですが、記録する余裕がありませんでした。
それから、ものすごく急ぎの仕事もあったのもありますかね。。。

ここ数日で、ものすごく色々な感情が出ていましたが、恐らくどんどんと中核に近づいているのだろうと思います。

私の場合はすごく、もう本当に幼い、乳幼児期からの父親(および母親?)からの批判的態度によって、また、おそらく親の未熟的な感情から来る、感情的謹慎相関によって私の本来の核の部分がつぶされてしまい、完全に私が親と一体化させられて、自己が出せなくなってしまい、逆に「いい子」にさせられて、自己否定してしまう(恐怖が根底にある)エゴができてしまっていてその擦り込みがあまりに強くて、そこから脱却できなくなっていたために、本当にそこに近づくことさえできないくらいの自己防衛ができてしまっていたので、それに対処するのは本当に大変なことだと思います。

ともかく、自分がそういう価値判断をするように、自分の中にシステムを作っていたのでそれが自我となって、よいこの自分のシステムが出来上がっていたものと思われます。

そして、そこには、良いこと、悪いこと、の価値判断を親から強制的に植え付けられて、自分は「よいこ」であることが絶対的な善として、よいこのセルフイメージを自分で作りだし、そこから外れた自分は、最もひどい人間で受け入れがたいクズの人間であるとして、自分で自分を拒否して嫌悪していたものと思われます。

そして、その自分を親から強制された基準によってさばいて、嫌悪して、否定していたことが、恥の感情そして、罪悪感を生み出していたものと思われます。

ともかく、そういう風にいろいろな感情が出てきているのですが、今朝の目覚めのときに出てきたのが、ものすごい自己憎悪の感情だったのです。セルフヘイトの感情です。
セルフヘイトは、自己嫌悪と訳されていますが、自己嫌悪だったら、軽い感じがします。
むしろ、自己憎悪というものすごく強い自己を憎み嫌う感情です。

それが根底にあったことが分かったのです。
どんどん皮がむけて下にある感情が出てきているのですが、コアビリーフ(中核的な思い)が、セルフヘイトだったのだ、と分かったのです。

それは、まさに、幼児期に私が親に期待される通りにできなかったときや、何か失敗したときにものすごい恐怖と罪悪感に陥って、信じられないくらいの落ち込みを感じていた時の感情に似ていました。

幼児期に感じていた罪悪感が出てきたのだと思います。
ものすごい深い罪悪感でその中核にこのセルフヘイトがあったものと思われます。
それは、何か私が親がの期待通りにならない時、親が私をものすごくせっかんしていたものと思われます。そこから、私は反射的に親の期待どおりにならないことが起こると、自分を責めて落ち込んで罪悪感にさいなまれていたものと思われます。
それが1~5歳ころにすでに始まっていたのです。

ひどい、あまりにひどい幼児期だったと思います。

ともかく、その自分をかわいそうに思うのですが、あまりにひどい扱いを受けて、愛情のない親にひどい扱いを受けて、愛のない扱いによって、ものすごい痛みを味わっていて、それを誰にも慰められることなく、一人で耐えていたことが分かってきたのです。

ともかく、その根底に、自己憎悪感が横たわっていたことが、今朝の目覚めの時に分かったのです。
そのわかった、というのは、頭で分かったのではなく、本当に感情としてそのままの感情が出てきた、ということです。そうでないと、癒されないことが本当に分かってきました。
しかもそれは繰り返し繰りでないと癒されないことも分かってきました。

ともかく、今朝の目覚めの時にその自己嫌悪の感情が幼児期からの特に父親から常に怒られて、批判されていたことから自己嫌悪と自己否定の感情を繰り返し味わって、もう本当に核のところで自己否定と自己嫌悪と罪悪感と、自分は悪い、父親から否定され、嫌われている、という思い込みがものすごく強く刷り込まれていることが分かってきたのです。

ともかく、この辺のところはすごく自分の中できつく埋め込まれているので、引き続き誘導催眠によって、意識の力を緩めて、無意識の部分を活性化して、無意識に埋もれている感情と記憶を呼び覚まして、自分の中に眠っているコアな思い込みと刷り込まれた価値観を意識化して、再検討して価値システム自体を作り直さなければならないのだ、と思います。

これがまさに、乳幼児期に刷り込まれたプログラムをやり直して、新しいプログラムを入れなおすことになるのだと思いますが、あまりに、古いプログラムが深く埋め込まれているので、まずそれを掘り返すことがどれだけ大変か、そして防衛がひどいので、それを打ち壊すのは、無意識の部分に入って行かなければ壊せないことが分かってきたのです。

それには、私にとっては誘導瞑想しかないです。












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