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愛着の欲求を満たすことが大切 [母との関係]

こんにちは

昨年の年末から実家の方に戻っており、それから
1月31日に富士山麓の自宅に戻ってきました。

その間に、いいこともあれば、とっても最悪のことも
あり、とてもこのブログにても書く気力もないほど
打ちのめされていました。

それで、やっと今少しだけ書く力が湧いてきたところですが

その最悪のこととは、私が6~7年前にブルガリアから
輸入したバラ(ブルガリアローズ)の苗を実家の庭に植えて
いつかその花を楽しむのを楽しみにしていたバラの枝を
めちゃめちゃにその木の根元から切られてしまっていたことです。

母はその枝を切りたくてたまらなかったようで
いつも私にそのバラが広がってきた琴の苦情を
言っていたのですが母に勝手に切らないでほしいと
懇願していたにもかかわらず、、帰ってみたら私に
何の断りもなくめちゃめちゃに根元から全部切りまくって
しまっていて、残ったのはひょろよろの枝が何本か
残っているだけになっていたのです。
もう取り返しのつかない状態になっていて、生命力を
奪われた状態になっていたのです。

私が母に勝手に切らないでほしいと懇願してたのも
実は、そのバラはもともと二株植えていたのですが、
そのうちの一株はすでに数年前、やっと大きくなりかけた
頃に、しかも私が実家に帰っているときに、
勝手に母がめちゃめちゃに枝をやはり根元から
切り取ってしまって、それ以上大きくならないほどに
されてしまって、取り返しのつかない状態にされていたからです。

その時に私はものすごくショックで怒って、あとの一本は
絶対に勝手に手を掛けないでほしいと懇願していたからです。
そして母も私がものすごい怒りになったので、後の一本は
絶対に手を出さないと、常々言っていたのでした。

なので、余計に二本目まで勝手にやられてしまい、
しかも、母が切ると言ったら、徹底的に根元から切って
そこ木自体をダメにしてしまうのです。

今もこうして書いていると思い出してとてもつらくなるので、
この件についてはこの辺にしておきます。

今日のこのブログに書こうと思ったのは、そのことではなくて、
そのことがあって以来、私の中で母からずっと幼少期から
受けてきたすごいトラウマの記憶がよみがえっており、
さらに、前回このブログの記事に書いている、妹のことも
そのトラウマと一緒にいろいろな私の思い込みとか、親からの
擦り込みによる私の中で身に着けてしまった役割とか
が意識に昇っているのですが、

今朝の目覚めで気づいたことを1つ書き留めておこうと思ったのです。

それは、身体の左側に相変わらず入って行っているのですが、
そこで、気づいたことは、私はそこに「愛着」できなかったための
愛着障害があるということです。

つまり、人の生きようとする力の本元には「愛着」があるようです。
それは、生まれた赤ん坊が母親に愛着してそこで、愛着欲求が
満たされて、母親との信頼関係ができて、自己の確認をして
そこから自我意識が生まれて、自分の核ができていくと思うのです。

それが、分かったのです。頭のレベルではずっと分かっていたのですが、
それが、体の中からエネルギーとして左に行こうとするエネルギーが
出ているのが愛着欲求なのだと気づいたのです。

そして、その愛着の欲求が途中で止められていたようです。
それが、抑圧だったのでしょう。
つまり、母親(および父親)に愛着していないと、自分の核が育たないので、
自己意識が持てないのです。

愛着ということが即ち「甘え」ともいえると思いますが。

「甘え」というと、日本語ではマイナスの意味にも取られるので、
「愛着」というほうがいいかもしれませんが、やっと私にその
「愛着」の意味が分かってきました。
私がこれまで、幼児期に甘えられなかった、という意味で「甘え」と言っていた
のは、「愛着」という言葉で表現されているものだということです。

赤ん坊の母親への「愛着」です。
それが根本にないと、愛着というものが何なのかわからないのです。

私はその「愛着」が阻害されていたものと思われます。
その愛着対象へ向かうエネルギーが「恐怖」や「恥」などのために疎外されていたのです。

それが、身体が左を向くことなのですが、私は左を向くことが
出来なくなっていたのです。
そこにものすごいブロックができていたものと思われます。

それが、自分の欲求でもあり、意志でもあり、感情でもあったのです。
それが、幼児期に親から認められなくて、親の意志や欲求や感情が絶対、みたいな
扱いを受けていたために自分の出て行こうとするエネルギーが逆流して
右に向かって行ってしまっていたのです。

右は、頭の世界です。それで頭の世界で、親に適応するような
脳の回路ができてしまったものと思われます。
そして、左側にはものすごい痛みが残って、その痛みを避けるような
かたちで右側にエネルギーが言ったものと思われます。
それは、自分の欲求や意志や感情を出すと、親から拒絶され、怒られたり
して痛い目に合うのでその痛みを避けるために、自分を出すのを
抑えて我慢するようになってしまったのだと思われます。

しかし、その元々は、愛着欲求なのです。
母親への愛着欲求が根本にあると思うのですが、その愛着欲求が
満たされなかったがために、というか答えられず放置されたため、
あるいは、拒絶されたために自分の中で欲求の解放が与えられなかった
ものと思われます。

そこにブロックができていたのです。

それが自分のエネルギーの断絶です。
それが自己意識の乖離の始まりです。

それが自己矛盾、自己不一致の始まりです。

それがアンビバレンスと不安の始まりです。

ともかく、自分の中の愛着欲求を満たさないといけない
ことに気付きました。









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