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芥川龍之介の夢を見ました [夢日記]

こんにちは

昨晩は、また変わった夢を見ました。

最近、臨死体験の体験談をYouTubeでたくさん見て、聞いているのですが、
(ほぼ、全部が英語のものですが)
そこから発展して、いろいろなスピリットの世界を探検していて
(主に、YouTubeの海外のインタビューなど、英語のものですが)
色々なことが分かってきました。

クリスチャンであることは、そういう霊媒とか、スピリットとかニューエイジ
っぽいものは、禁止されていて避けなければならないと思って
恐れていたのですが、実際に調べてみると、化学的にも、実際の事実や
体験としても、たくさんの証拠が挙がっており、しかも、
そんなに悪いものばかりではなく、気を付けて探求すればよいことが
だんだんと分かってきました。

以前よりも識別眼が出てきたのではないかと思います。

ともかく、そういう風に調べていくと、死後の世界が今のこの世の世界と
それほど隔離されているのではないことが分かってきました。

そして、神様の世界がこの今のこの世の中に介入してくることも
分かってきました。
そしてそれは、化学的にもどんどん実証されてきているし、経験的にも
それが明らかになってきているようです。

そんなことを考えていたら、先日芥川龍之介の、「蜘蛛の糸」
を思い出したりしていました。
芥川龍之介に興味が少しだけ湧いていました。

そのせいかは知りませんが、昨晩の夢では、何か、私が「芥川龍之介」
の見本市のような、展示会のようなお店にはいって、いろいろ物色して、
そこで、芥川龍之介のことを学んだり、買い物をしたりして、
それをどこかの喫茶店で人に見せて、その展示会をしているお店が
どこか、国立のあたりにあり、地下鉄の駅を降りるとすぐのところの
地下にあることを教えているのです。
(現実には、国立には地下鉄がないので夢の中の世界の話です。)

ともかく、芥川のことを考えていたのが、潜在意識に残っていたのか、
あちらの世界から芥川のスピリットが何かを伝えようとしているのか、
興味深いです。

夢も、あちらの世界からの介入があるようなので、そういう目でみると、
興味深いかもしれません。

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母から受けた感情的虐待が浮上 [母との関係]

おはようございます

最近、本当にトラウマの根底にどんどんと入り込んでいる感じです。

そして、昨晩は、またすごい鮮明で、変わった夢を見ました。

それは、私が海外(多分アメリカ)に留学しているという夢です。
場所は正確にはわかりませんが、これまでにも夢の中で登場していて、
私が何度か訪れている町のようです。

その町の中の大学に行っているようですが、その町は結構、
道が何本もあり、それが平行になっているので、ビルからの出口を間違えたり、
道を間違えると自分の行きたいところにたどり着くことができません。

ですので、なかなか自分の行きたいところへ行く道を見つけるのが大変なのです。
そして、建物の中を通って行ったりして道を探すのにも一苦労なのです。

そこには、ビルの二階あたりに、レストランとかショップがあり、
私はそこへ行くのが好きなようですが、なかなかたどり着くのが難しいのです。

そして、昨日はそうやって迷っているうちに一つの出口から出て歩いて
みると、平地がありそこが公園の様に整備された散歩道になっていて
雪が降ったのか真っ白なのですが、そこを歩いて行くと非常に
鮮やかな景色で、きれいな花のようなのも咲いているようですし、
面白い動物もいるようで、とても鮮明でした。

また昨晩は、なぜかあまり眠られなかったのですが、潜在意識が動いて
いるせいのようでもあります。

そして又左の肩と背中がすごく痛くなったのですが、それと同時に
先日書いたように、子供のころ、母からいつも聞かされていた
母の自分が被害者だというような色々な発言を思い出していて、
それが私の自我にどのようなマイナスの影響を与えているか
がだんだんと分かってきたのです。

そのような母の自分を哀れな存在だと訴えるような刷り込みをされた
ことが私の中に残っていて、それが私の自我を育てるチャンスを
奪ってきていることに気づいたのです。
私の中の子どもの部分(自己アイデンティティー)が母にハイジャック
されていることに気付いたのです。

本来なら、母から子どもとしての私がされる言葉は、私を
励まし、肯定的な方向に向かうようなプラスの言葉をかけて
もらうべきだったにもかかわらず、私のアイデンティティーは
無視され、母の被害者としてのアイデンティティーを刷り込まれていることが
分かったのです。

そして、私は母から受け入れられるために、母の被害者のアイデンティティーを
受け入れざるを得なかったのです。
私が反発して、自分を受け入れられようとして自己主張すると、それは
我がままだと言って受け入れられなかったのです。

全く一方的な母の態度が分かったのです。。
そして、それに反発する自分が私の中に取り込んだ母のメッセージを
跳ね返して、母から分化して、母は私の中から追い出さなければならない
ことに気付いたのです。

父と母が私の中に巣くっているので、それよりも強い自分の中の
本来の自分が出てくるしかないのだ、ということが分かったのです。











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母からの否定的な言葉が判明 [母との関係]

おはようございます

またこのところ、前回のブログからすこし間が空いてしまいましたが、
その間もいろいろなことが起こっていました。

少しスピリチュアルと科学のつながりに関することを勉強していました。

そのきっかけは、たまたまYouTubeで見たビデオですが、瞑想のこととか
マニフェステーションのこととか、生物学のこととか面白くて
色々ビデオを見ているうちに、臨死体験の証についての話に出会って、

それ以後は、あまりにその臨死体験の話が素晴らしいのでビデオでずっと
臨死体験の証を聞いていました。

そうしている間も、夜、眠っているときには私の過去の記憶が
子供時代や幼児期や、色々な時期のこれまで忘れていたような記憶が
出て来て、それがどんどんと過去にさかのぼって、赤ちゃんの時の
記憶にまでたどり着きました。

そして、臨死体験のビデオをずっと見ていると、臨死体験から戻った人たちの
うちの多くが、心霊的な体験をしたり、死者の霊と話をするようになったり、
いろいろな不思議な体験をするようになったということが分かってきました。

また、輪廻転生がやはり実際にあるだろう、ということや、身体は死んでも
魂は永遠に生き続けることがだんだんと明らかになっていることが分かってきました。

そのことは、量子力学からも、生物学からもだんだんとそいう言う風に
なっていっているようです。

そこで、あちらの世界では、神様に出会ったり、イエス様に出会ったり、
自分に関係のある過去の人の霊に出会ったりできることが分かってきました。

また、あの世とこの世との境目も往々にして超えられていることが分かってきました。

それで、だんだんと私の中で意識に昇って来たのが、母方の祖父母のことで、
特に今は、母の母つまり、私にとって祖母に当たる人のことです。

母の両親は母が19歳くらいの時に二人ともなくなっており私は実際には
あったことがありません。

しかし、母から少しは話を聞いています。
母の両親はカナダに移住していたので、母はカナダで生まれており、
母が2~3歳のときに、家族そろって日本に戻ってきたのです。

その後、母の姉が若い時に結核になり、自分の娘(母の姉)を看病していた
母の母も結核になってしまい、二人ともなくなったということです。

母は、いまだに、母よりも母の姉の方が頭もよくて、良くできた娘だったので
母が姉の代わりに死んだ方がよかったのだ、と私に言うのです。

そしてそれは、、私が子供のころから母から聞かされていたのです。
また、そのため、両親が亡くなった後は、兄と兄嫁の家族と一緒に住んでいたのですが、
その時に兄嫁からいじめられたりして、肩身の狭い思いをした、
というようなことも聞かされていたのです。

ともかく、母はそういう自分の身の上の不幸について子供のわたしに
何度も言い聞かせていたのです。

その他にも父の愚痴も聞かされていたし、ともかく、母は自分が不幸だ
というようなこととか、不遇だというようなこととか、マイナスなことばを
いつも子供の私に聞かせていたのです。

母がこういう性格になったのも、母自身、自分の母親との間に確執があったのかな、
と思っていたのですが、母自身は、自分はお母さんに逆らったりはしなかった、
と言っていました。

しかし、そいうい愚痴を私に言うのはやはり、母の母との関係にゆがみがあったのでは
ないか、と思ったのです。

また、世の中では、子供が生まれたときにその子が自分の親の親(子供の祖父母)の
生まれ変わりだと主張することが現実的にあり、実際にそれが事実であるという
有力な証拠もあるようです。

で、私は母の母に会ったことはありませんが、もしかしたら、私がその生まれ変わり
かな、なんて思ったのです。

それは、ともかくとしても、考えてみたら、母は私に母自身の悩みというか、そいうい
愚痴を平気でこぼしていたのです。

ですが、、そういう愚痴をこぼす相手として子供の私が選ばれるというのはとっても、
不自然なことです。
親子が逆転していたのです。

それが、分かってきたのです。
そして、例のしつこく私にまとわりついて自分の話をしたがるアメリカ人女性のこと
が、そんな母の愚痴を聞く相手にされていたこととダブってきたのです。

つまり、私は、自分よりずっと年上の相手、自分が依存するべき相手の
愚痴を聞く相手にされていたのだということに。

特に母の場合は、自分でもなぜ母がそんなに私に依存してそんな話をするのか
自分の心の中の悩みや愚痴を私に話すのか理解できなかったのです。

子どもの私は自分の心の悲しみや依存心は拒絶されてしまうのに、母の
悩みの受け皿をさせられていたのです。

そのことについて、これまでは何故なんだ、という思いしかなく、おかしいとは
思いつつも、答えが出なかったのですが、昨晩眠っているときにやっとわかって
きたのです。

つまり、母は自分の悩みを黙って聞いてくれる相手を子どもの私に求めていたのです。
そして、子供の私が母のことをありのままに受け止めることを期待していたのです。

それが、アメリカ人の女性と重なって来て、私はそんな母の悩みを聞く相手に
される必要はないし、それは、私にとっては児童虐待に値すると思ったのです。

つまり、母からそうやって心理的な虐待を受けていたのだ、ということが分かったのです。
それが、はっきりと子どもにとっては心理的な虐待だ、ということが分かったのです。
母が自分のお姉さんよりも自分(母自身)が死んでいた方がよかった、と子供の私に言っていたのですから。
そして、いまでもいうのですから。

わたしから見れば、母が生きていなければ私も生まれていないのですから(普通に考えれば)、
私の存在自体も否定されていることを感じざるを得ないわけです。

母はそういう非常に否定的なセルフイメージを私に移転していたわけです。
それを、子供の私はどう受け止めたらいいのかいまだにわかっていなかったのです。

しかし、それが虐待だ、ということが分かったので心の中でそのような母の
不用意な言葉に対して、はっきりと言い返すべきであることに気付いたのです。

これまではどう受け止めたらいいのかもわからず、戸惑っておろおろしていただけで、
そこで、私の心は凍り付いてしまって反応することができなかったようです。

ともかく、そういう風に、母は微妙な言葉や態度で、私を心理的に虐待して、
母に私が縛り付けられるようにしていたものと思われます。

今後もどんどんとそんなトリックを発見して本当の自分を発見して
本当の自分を育てるようにしたいのです。



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